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ヨハネの福音書

どこから読めばいいか迷ったら、まずはヨハネの福音書から。イエスさまがどんな方で、何を語り、何をなさったのかが、目撃者の目線でまっすぐに書かれています。「初めに言葉があった」という一行から始まり、十字架と、からになった墓と、よみがえったイエスさまとの朝ごはんまで。昔から「最初に読む一冊」として勧められてきた理由が、読めばきっとわかります。

書いた本人も、目的をはっきり言っています。「これらのことが記されたのは、イエスがキリスト、神の子であるとあなたがたが信じ、信じることによってイエスの名にあって命を得るためである」(20章31節)。一日一章、21日で読み切れます。

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本文は現代語の「フリーダム・バイブル」(草案)です。1910年のカトリック訳(ラゲ訳、明治の文語体)にも切り替えられます。

第1章

「言葉」って何? → 解説ガイド

1初めに言葉があった。言葉は神とともにあり、言葉は神であった。 2この方は初めに神とともにおられた。 3すべてのものはこの方を通して造られた。造られたもののうち、この方によらずに造られたものは一つもなかった。 4この方のうちに命があり、その命は人々の光であった。 5光は闇の中に輝いている。闇は光に打ち勝たなかった。 6神から遣わされた一人の人が現れた。その名はヨハネであった。 7彼は証人として来た。光についてあかしし、彼を通してすべての人が信じるためであった。 8彼は光ではなかった。光についてあかしするために遣わされたのである。 9すべての人を照らすまことの光が、世に来ようとしていた。 10この方は世におられ、世はこの方を通して造られたのに、世はこの方を認めなかった。 11この方はご自分のところに来られたが、ご自分の民は受け入れなかった。 12しかし、この方を受け入れたすべての人、すなわちその名を信じる人々には、神の子どもとなる権利を与えられた。 13彼らは血によらず、肉の意志によらず、人の意志によらず、神によって生まれたのである。 14言葉は肉となり、われわれの間に住まわれた。われわれはその栄光を見た。それは、恵みと真理に満ちた、父のひとり子としての栄光であった。 15ヨハネはこの方についてあかしし、声を上げて言った。「『私の後から来られる方は、私より先におられたので、私より優れた方である』と私が言ったのは、この方のことである。」 16われわれは皆、この方の満ちあふれる豊かさから、恵みの上にさらに恵みを受けた。 17律法はモーセを通して与えられた。恵みと真理はイエス・キリストを通して実現した。 18いまだかつて神を見た者はいない。父の懐におられるひとり子、この方が神を明らかにされたのである。 19さて、ユダヤ人たちがエルサレムから祭司とレビ人を遣わして、「あなたはだれですか」と尋ねさせた時、ヨハネはこうあかしした。 20彼は隠さず、はっきりと「私はキリストではない」と告白した。 21彼らは尋ねた。「では、何ですか。あなたはエリヤですか。」彼は「違う」と答えた。「あの預言者ですか。」彼は「そうではない」と答えた。 22そこで彼らは言った。「あなたはだれなのですか。私たちを遣わした人々に答えを持ち帰らせてください。あなたは自分を何者だと言うのですか。」 23彼は言った。「私は、預言者イザヤが言ったように、『荒野で叫ぶ者の声、主の道をまっすぐにせよ』という者である。」 24遣わされた者たちはパリサイ人であった。 25彼らはヨハネに尋ねた。「あなたがキリストでもエリヤでもあの預言者でもないなら、なぜバプテスマを授けるのですか。」 26ヨハネは答えた。「私は水でバプテスマを授けている。しかし、あなたがたの中に、あなたがたの知らない方が立っておられる。 27その方は私の後から来られるが、私より先におられたので、私にまさる方である。私はその方の履物のひもを解く資格さえない。」 28これは、ヨハネがバプテスマを授けていた、ヨルダン川の向こう側のベタニアで起こった。 29翌日、ヨハネはイエスが自分の方へ来られるのを見て言った。「見よ、世の罪を取り除く神の小羊だ。 30『私の後から一人の方が来られる。その方は私より先におられたので、私にまさる方である』と私が言ったのは、この方のことである。 31私もこの方を知らなかった。しかし、この方がイスラエルに現されるために、私は水でバプテスマを授けに来たのである。」 32ヨハネはさらにこうあかしした。「私は、聖霊が鳩のように天から降り、この方の上にとどまるのを見た。 33私もこの方を知らなかった。しかし、水でバプテスマを授けるように私を遣わされた方が、『聖霊が降って、ある人の上にとどまるのを見たなら、その人こそ聖霊によってバプテスマを授ける者である』と私に言われた。 34私はそれを見た。そして、この方が神の子であるとあかししている。」 35その翌日、ヨハネはまた二人の弟子とともに立っていた。 36そして歩いておられるイエスを見つめて、「見よ、神の小羊だ」と言った。 37二人の弟子はその言葉を聞いて、イエスについて行った。 38イエスは振り向き、彼らがついて来るのを見て、「何を求めているのですか」と言われた。彼らは「ラビ(訳すと『先生』)、どこに泊まっておられるのですか」と尋ねた。 39イエスは「来て、見なさい」と言われた。そこで彼らは行って、イエスが泊まっておられる所を見、その日はイエスとともに過ごした。時刻は第十時ごろであった。 40ヨハネの言葉を聞いてイエスについて行った二人のうちの一人は、シモン・ペテロの兄弟アンデレであった。 41彼はまず自分の兄弟シモンを見つけ、「私たちはメシアを見つけた」と言った。メシアとは、訳すとキリストである。 42そしてシモンをイエスのもとに連れて来た。イエスは彼を見つめて、「あなたはヨナの子シモンです。あなたはケファと呼ばれるでしょう」と言われた。ケファとは、訳すとペテロである。 43翌日、イエスはガリラヤへ出て行こうと決め、フィリポを見つけて、「私に従いなさい」と言われた。 44フィリポは、アンデレとペテロの町ベツサイダの出身であった。 45フィリポはナタナエルを見つけて言った。「モーセが律法に書き、預言者たちも書いた方を私たちは見つけた。ヨセフの子、ナザレのイエスだ。」 46ナタナエルは彼に言った。「ナザレから何か良いものが出るだろうか。」フィリポは「来て、見なさい」と言った。 47イエスはナタナエルがご自分の方へ来るのを見て、彼について「見よ、まことのイスラエル人だ。この人には偽りがない」と言われた。 48ナタナエルは「どうして私をご存じなのですか」と尋ねた。イエスは「フィリポがあなたを呼ぶ前、あなたがいちじくの木の下にいた時、私はあなたを見ました」と答えられた。 49ナタナエルは答えた。「ラビ、あなたは神の子です。あなたはイスラエルの王です。」 50イエスは彼に答えられた。「あなたがいちじくの木の下にいるのを見たと言ったので、信じるのですか。あなたはこれよりも大きなことを見るでしょう。」 51また言われた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。これからあなたがたは、天が開け、神の御使いたちが人の子の上を上り下りするのを見るでしょう。」

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第2章

1三日目、ガリラヤのカナで婚礼があり、イエスの母もそこにいた。 2イエスも弟子たちとともに婚礼に招かれていた。 3ぶどう酒がなくなった時、イエスの母は「ぶどう酒がありません」と言った。 4イエスは母に言われた。「婦人よ、それはあなたと私に何の関わりがありますか。私の時はまだ来ていません。」 5母は召使いたちに、「この方が言うことは何でもしてください」と言った。 6そこには、ユダヤ人の清めの習慣のために、二、三メトレテスずつ入る石の水がめが六つ置かれていた。 7イエスが彼らに「水がめを水で満たしなさい」と言われると、彼らは縁までいっぱいにした。 8イエスは「さあ、くんで、宴会の世話役のところへ持って行きなさい」と言われた。そこで彼らは持って行った。 9宴会の世話役は、ぶどう酒になった水を味わったが、それがどこから来たのか知らなかった。しかし、水をくんだ召使いたちは知っていた。そこで世話役は花婿を呼び、 10言った。「だれでも初めに良いぶどう酒を出し、客が十分飲んだころに質の劣るものを出します。それなのに、あなたは良いぶどう酒を今まで取っておきました。」 11イエスはガリラヤのカナでこの最初のしるしを行い、ご自分の栄光を現された。弟子たちはイエスを信じた。 12この後、イエスは母、兄弟たち、弟子たちとともにカペナウムへ下り、そこに数日滞在された。 13ユダヤ人の過越祭が近づいたので、イエスはエルサレムへ上られた。 14そして神殿で、牛、羊、鳩を売る者たちや、座っている両替人たちをご覧になった。 15イエスは縄でむちを作り、羊も牛もすべて神殿から追い出された。また両替人の金をまき散らし、その台を倒された。 16鳩を売る者たちには、「これらをここから運び出しなさい。私の父の家を市場にしてはなりません」と言われた。 17弟子たちは、「あなたの家を思う熱心が私を食い尽くす」と書かれていることを思い出した。 18そこでユダヤ人たちはイエスに言った。「こうしたことをするからには、私たちにどんなしるしを見せるのですか。」 19イエスは答えられた。「この神殿を壊しなさい。私は三日でこれを建て直します。」 20ユダヤ人たちは言った。「この神殿を建てるのに四十六年かかりました。それを三日で起こすのですか。」 21しかし、イエスはご自分の体という神殿について語っておられたのである。 22それで、イエスが死者の中からよみがえられた時、弟子たちはイエスがこう言われたことを思い出し、聖書とイエスの言葉を信じた。 23イエスが過越祭の祝いの間エルサレムにおられた時、多くの人が、その行われたしるしを見て、イエスの名を信じた。 24しかし、イエスはご自分を彼らにお任せにならなかった。すべての人を知っておられ、 25人についてだれかにあかししてもらう必要はなかった。イエスご自身、人の内に何があるかを知っておられたからである。

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第3章

1さて、パリサイ人の中にニコデモという人がいた。ユダヤ人の指導者であった。 2この人が夜、イエスのもとに来て言った。「ラビ、私たちは、あなたが神から来られた教師であることを知っています。神がともにおられなければ、あなたが行っておられるようなしるしを行える者はいないからです。」 3イエスは答えられた。「まことに、まことに、あなたに告げます。人は新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。」 4ニコデモは言った。「人は年を取ってから、どうして生まれることができるでしょう。もう一度母の胎内に入って生まれることができるでしょうか。」 5イエスは答えられた。「まことに、まことに、あなたに告げます。人は水と霊から生まれなければ、神の国に入ることはできません。 6肉から生まれるものは肉であり、霊から生まれるものは霊です。 7『あなたがたは新しく生まれなければならない』と私が言ったことを、不思議に思ってはなりません。 8風は思いのままに吹きます。あなたはその音を聞いても、どこから来てどこへ行くのか知りません。霊から生まれる者も皆、そのようです。」 9ニコデモは「どうしてそのようなことがあり得るのですか」と尋ねた。 10イエスは答えられた。「あなたはイスラエルの教師なのに、これらのことが分からないのですか。 11まことに、まことに、あなたに告げます。われわれは知っていることを語り、見たことをあかししているのに、あなたがたはわれわれのあかしを受け入れません。 12私が地上のことを話してもあなたがたが信じないなら、天上のことを話した時、どうして信じるでしょう。 13天から下って来た者、すなわち天にいる人の子のほかには、だれも天に上ったことはありません。 14モーセが荒野で蛇を上げたように、人の子も上げられなければなりません。 15それは、この方を信じる者がだれも滅びることなく、永遠の命を持つためです。 16神は世をこれほどまでに愛し、そのひとり子をお与えになりました。それは、この方を信じる者がだれも滅びることなく、永遠の命を持つためです。 17神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子を通して世が救われるためです。 18御子を信じる者は裁かれません。信じない者はすでに裁かれています。神のひとり子の名を信じていないからです。 19その裁きとは、光が世に来たのに、人々が光よりも闇を愛したということです。彼らの行いが悪かったからです。 20悪を行う者は皆、光を憎み、自分の行いが明るみに出されないように、光のもとへ来ません。 21しかし、真理を行う者は、自分の行いが神にあってなされたことが明らかになるように、光のもとへ来ます。」 22この後、イエスは弟子たちとユダヤ地方へ行き、彼らとともにそこに滞在して、バプテスマを授けておられた。 23ヨハネもサリムに近いアイノンでバプテスマを授けていた。そこには水が豊かにあったからである。人々は来てバプテスマを受けた。 24ヨハネはまだ投獄されていなかった。 25ところが、ヨハネの弟子たちとあるユダヤ人たちとの間で、清めについての議論が起こった。 26彼らはヨハネのもとに来て言った。「ラビ、見よ、ヨルダン川の向こうであなたと一緒にいて、あなたがあかしされた方が、バプテスマを授けています。皆がその方のところへ行っています。」 27ヨハネは答えた。「人は、天から与えられなければ、何も受けることができない。 28『私はキリストではなく、その方より先に遣わされた者である』と私が言ったことについて、あなたがた自身が私の証人である。 29花嫁を持つ者が花婿である。花婿の友人はそばに立ってその声を聞き、花婿の声を聞いて大いに喜ぶ。こうして、私の喜びは満ちた。 30あの方はますます栄え、私は衰えなければならない。 31上から来る方はすべてのものの上におられる。地から出た者は地に属し、地のことを語る。天から来る方はすべてのものの上におられる。 32この方は見聞きしたことをあかしされるが、だれもそのあかしを受け入れない。 33そのあかしを受け入れた者は、神が真実であることに、自ら証印を押したのである。 34神が遣わされた方は神の言葉を語られる。神は限りなく聖霊をお与えになるからである。 35父は御子を愛し、すべてのものをその手に委ねられた。 36御子を信じる者には永遠の命がある。しかし、御子に従わない者は命を見ることがなく、神の怒りがその上にとどまる。」

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第4章

1さて、イエスがヨハネよりも多くの弟子を作り、バプテスマを授けておられるとパリサイ人たちが聞いたことを、主が知った時、 2(実際には、イエスご自身ではなく、弟子たちがバプテスマを授けていたのだが、) 3イエスはユダヤを去り、再びガリラヤへ向かわれた。 4イエスはサマリアを通らなければならなかった。 5こうしてイエスは、スカルというサマリアの町に来られた。そこはヤコブが息子ヨセフに与えた土地の近くであった。 6そこにはヤコブの井戸があった。旅に疲れたイエスは、そのまま井戸のそばに腰を下ろされた。第六時ごろであった。 7一人のサマリア人の女が水をくみに来た。イエスは彼女に「水を飲ませてください」と言われた。 8弟子たちは食物を買うために町へ出かけていた。 9そこでサマリア人の女は言った。「あなたはユダヤ人なのに、どうしてサマリア人の女である私に、飲ませてくれと頼むのですか。」ユダヤ人はサマリア人と交際しないからである。 10イエスは答えられた。「もしあなたが神の賜物を知り、また『水を飲ませてください』と言っているのがだれかを知っていたなら、あなたの方からその人に求め、その人はあなたに生ける水を与えたでしょう。」 11女は言った。「先生、あなたはくむ物を持っておらず、井戸は深いのです。その生ける水をどこから手に入れるのですか。 12あなたは、私たちにこの井戸を与え、自分も、子どもたちも、家畜も、この井戸から飲んだ父祖ヤコブより偉いのですか。」 13イエスは答えられた。「この水を飲む者は皆、また渇きます。 14しかし、私が与える水を飲む者は、決して再び渇きません。私が与える水は、その人の中で、永遠の命へと湧き上がる水の泉となります。」 15女は言った。「先生、私が渇くことも、ここまで水をくみに来ることもないように、その水をください。」 16イエスは「行って、あなたの夫を呼び、ここへ戻って来なさい」と言われた。 17女は「私には夫がいません」と答えた。イエスは言われた。「『夫はいません』とは、よく言いました。 18あなたには五人の夫がいました。そして今一緒にいる人は、あなたの夫ではありません。あなたの言ったことは本当です。」 19女は言った。「先生、あなたは預言者だとお見受けします。 20私たちの先祖はこの山で礼拝しましたが、あなたがたユダヤ人は、礼拝すべき場所はエルサレムにあると言っています。」 21イエスは言われた。「婦人よ、私を信じなさい。この山でもエルサレムでもなく、あなたがたが父を礼拝する時が来ます。 22あなたがたは知らないものを礼拝しています。私たちは知っているものを礼拝しています。救いはユダヤ人から来るからです。 23しかし、まことの礼拝者たちが、霊と真理によって父を礼拝する時が来ます。今がその時です。父はそのような人々を、ご自分を礼拝する者として求めておられるからです。 24神は霊です。神を礼拝する者は、霊と真理によって礼拝しなければなりません。」 25女は言った。「キリストと呼ばれるメシアが来られることは知っています。その方が来られれば、すべてのことを私たちに明らかにしてくださるでしょう。」 26イエスは彼女に「あなたと話している私が、その者です」と言われた。 27ちょうどその時、弟子たちが戻って来た。彼らはイエスが女と話しておられることに驚いた。しかし、「何を求めておられるのですか」とも、「なぜ彼女と話しておられるのですか」とも尋ねる者はいなかった。 28そこで女は水がめを置いたまま町へ行き、人々に言った。 29「来て、見てください。私がしたことを何もかも言い当てた人がいます。この人がキリストなのでしょうか。」 30人々は町を出て、イエスのもとへ向かった。 31その間、弟子たちは「ラビ、食べてください」と勧めた。 32しかし、イエスは「私には、あなたがたの知らない食物があります」と言われた。 33そこで弟子たちは互いに、「だれかが食べ物を持って来たのだろうか」と言った。 34イエスは言われた。「私の食物は、私を遣わされた方の御心を行い、その働きを成し遂げることです。 35あなたがたは、『刈り入れまでまだ四か月ある』と言っているではありませんか。見よ、あなたがたに言います。目を上げて畑を見なさい。すでに白くなり、刈り入れを待っています。 36刈る者は報酬を受け、永遠の命に至る実を集めています。それは、まく者と刈る者がともに喜ぶためです。 37このことで、『一人がまき、別の者が刈る』という言葉は真実です。 38私は、あなたがたが労苦しなかったものを刈るために、あなたがたを遣わしました。ほかの人々が労苦し、あなたがたはその労苦に加わったのです。」 39その町の多くのサマリア人が、「私がしたことを何もかも言い当てました」とあかしした女の言葉によって、イエスを信じた。 40そこでサマリア人たちはイエスのもとに来ると、自分たちのところに滞在してくださるよう願った。イエスはそこに二日滞在された。 41そして、さらに多くの人がイエスの言葉によって信じた。 42彼らは女に言った。「今、私たちが信じるのは、あなたの話によるのではありません。自分たちで聞いて、この方が本当にキリスト、世の救い主であることが分かったからです。」 43二日の後、イエスはそこを出てガリラヤへ行かれた。 44イエスご自身、預言者は故郷では尊ばれないとあかししておられた。 45それでもガリラヤに着くと、ガリラヤの人々はイエスを迎えた。彼らも祭りに行っていて、イエスが祭りの間にエルサレムで行われたすべてのことを見ていたからである。 46こうしてイエスは再び、以前水をぶどう酒に変えたガリラヤのカナに来られた。さて、カペナウムに息子が病気である一人の王室の役人がいた。 47この人は、イエスがユダヤからガリラヤへ来られたと聞いて、イエスのもとへ行き、下って来て息子を癒やしてくださるよう願った。息子が死にかかっていたからである。 48そこでイエスは彼に言われた。「あなたがたは、しるしと不思議を見なければ、決して信じません。」 49王室の役人は「先生、子どもが死なないうちに下って来てください」と言った。 50イエスは「帰りなさい。あなたの息子は生きています」と言われた。その人はイエスが語られた言葉を信じ、帰って行った。 51彼が下って行く途中、召使いたちが迎えに来て、「お子さんは生きています」と知らせた。 52そこで彼は、息子が良くなり始めた時刻を尋ねた。彼らは「昨日、第七時に熱が引きました」と答えた。 53父親は、それがイエスに「あなたの息子は生きています」と言われた時刻であったと分かった。そして彼も、その家の者も皆、信じた。 54これは、イエスがユダヤからガリラヤに来て行われた、二番目のしるしである。

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第5章

1これらのことの後、ユダヤ人の祭りがあり、イエスはエルサレムへ上られた。 2エルサレムの羊の門のそばに、ヘブル語で「ベテスダ」と呼ばれる池があり、五つの回廊があった。 3その回廊には、病人、目の見えない人、足の不自由な人、体の麻痺した人が大勢横たわり、水が動くのを待っていた。 4それは、ある時になると御使いが池に降りて水をかき動かし、水が動いた後、最初に入った者は、どんな病気にかかっていても癒やされたからである。 5そこに、三十八年間病気に苦しんでいる人がいた。 6イエスはその人が横たわっているのを見て、すでに長い間病んでいることを知り、「治りたいですか」と尋ねられた。 7病人は答えた。「先生、水がかき動かされた時、私を池に入れてくれる人がいません。私が行こうとしている間に、ほかの人が先に入ってしまうのです。」 8イエスは彼に「起き上がり、敷物を取り上げて歩きなさい」と言われた。 9すると、その人はすぐに良くなり、敷物を取り上げて歩き始めた。その日は安息日であった。 10そこでユダヤ人たちは、癒やされた人に言った。「今日は安息日だ。敷物を運ぶことは律法で許されていない。」 11彼は答えた。「私を良くしてくださった方が、『敷物を取り上げて歩きなさい』と言われたのです。」 12彼らは尋ねた。「あなたに『敷物を取り上げて歩きなさい』と言ったのは、だれだ。」 13しかし、癒やされた人は、それがだれか知らなかった。その場所には群衆がいて、イエスは人々の間から立ち去っておられたからである。 14その後、イエスは宮で彼を見つけて言われた。「見なさい。あなたはもう治りました。これからは罪を犯してはなりません。さもないと、もっと悪いことがあなたの身に起こるでしょう。」 15その人は立ち去り、自分を良くしてくださったのはイエスだとユダヤ人たちに告げた。 16そのためユダヤ人たちはイエスを迫害し、殺そうとした。イエスが安息日にこのようなことを行われたからである。 17しかし、イエスは彼らに答えられた。「私の父は今も働いておられます。ですから、私も働いています。」 18このためユダヤ人たちは、ますますイエスを殺そうとした。イエスが安息日を破っただけでなく、神をご自分の父と呼び、ご自分を神と等しい者とされたからである。 19そこでイエスは彼らに答えられた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。御子は自分からは何もできず、ただ父がなさるのを見るとおりに行います。父がなさることは何でも、御子も同じように行うからです。 20父は御子を愛し、ご自分がなさるすべてのことを御子に示されます。そして、あなたがたが驚くように、これらよりもさらに大きな業を御子に示されます。 21父が死者をよみがえらせて命を与えられるように、御子もまた、ご自分が望む者に命を与えます。 22父はだれをも裁かず、すべての裁きを御子に委ねられました。 23それは、すべての人が父を敬うのと同じように、御子をも敬うためです。御子を敬わない者は、御子を遣わされた父をも敬っていません。 24まことに、まことに、あなたがたに告げます。私の言葉を聞いて、私を遣わされた方を信じる者には永遠の命があり、裁きを受けることがなく、すでに死から命へ移っています。 25まことに、まことに、あなたがたに告げます。死者が神の子の声を聞く時が来ます。今がその時です。そして、聞く者は生きます。 26父がご自分のうちに命を持っておられるように、御子にもご自分のうちに命を持つことをお与えになりました。 27また、人の子であるため、裁きを行う権威を御子にお与えになりました。 28このことに驚いてはなりません。墓の中にいるすべての者が御子の声を聞く時が来るからです。 29彼らは墓から出て来ます。良いことを行った者は命の復活へ、悪いことを行った者は裁きの復活へと出て来るのです。 30私は自分からは何もできません。私は聞いたとおりに裁きます。そして私の裁きは正しいのです。自分の意志ではなく、私を遣わされた父の御心を求めるからです。 31もし私が自分についてあかしするなら、私のあかしは真実とは認められません。 32私についてあかしする別の方がおられます。私は、その方が私についてなさるあかしが真実であることを知っています。 33あなたがたはヨハネのもとに人を遣わし、彼は真理についてあかししました。 34しかし、私が受けるあかしは人からのものではありません。それでも、あなたがたが救われるために、私はこれらのことを言うのです。 35ヨハネは燃えて輝くともしびでした。あなたがたは、しばらくの間、その光の中で喜ぶことを望みました。 36しかし、私にはヨハネのあかしよりも偉大なあかしがあります。父が私に成し遂げるように与えられた業、すなわち私が行っているその業自体が、父が私を遣わされたことをあかししているからです。 37また、私を遣わされた父ご自身が、私についてあかしされました。あなたがたは、これまで一度もその声を聞いたことも、その姿を見たこともありません。 38また、父の言葉があなたがたのうちにとどまっていません。父が遣わされた方を、あなたがたは信じていないからです。 39あなたがたは、聖書の中に永遠の命があると考えて、聖書を調べています。その聖書こそ、私についてあかしするものです。 40それなのに、あなたがたは命を得るために私のもとへ来ようとしません。 41私は人からの栄誉を受けません。 42しかし、私はあなたがたを知っています。あなたがたのうちには神の愛がありません。 43私は父の名によって来たのに、あなたがたは私を受け入れません。ほかの者が自分の名によって来れば、あなたがたはその者を受け入れるでしょう。 44互いに栄誉を受けながら、唯一の神から来る栄誉を求めないあなたがたが、どうして信じることができるでしょうか。 45私が父の前であなたがたを訴えると思ってはなりません。あなたがたを訴える者がいます。あなたがたが望みを置いているモーセです。 46もしあなたがたがモーセを信じていたなら、私をも信じたでしょう。モーセは私について書いたからです。 47しかし、モーセの書いたものを信じないなら、どうして私の言葉を信じるでしょうか。」

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第6章

1これらのことの後、イエスはガリラヤの湖、すなわちティベリアス湖の向こう岸へ行かれた。 2大勢の群衆がイエスについて行った。イエスが病人たちに行われたしるしを見たからである。 3イエスは山に上り、弟子たちとともにそこに座られた。 4さて、ユダヤ人の祭りである過越の祭りが近づいていた。 5イエスは目を上げ、大勢の群衆がご自分のもとに来るのを見て、フィリポに「この人たちに食べさせるパンを、どこで買いましょうか」と言われた。 6イエスがこう言われたのは、フィリポを試すためであった。ご自分では、何をしようとしているか分かっておられたからである。 7フィリポは答えた。「一人ひとりが少しずつ取るとしても、二百デナリのパンでは足りません。」 8弟子の一人で、シモン・ペテロの兄弟アンデレがイエスに言った。 9「ここに、大麦のパン五つと魚二匹を持っている少年がいます。しかし、これほど大勢の人に、それが何になるでしょう。」 10イエスは「人々を座らせなさい」と言われた。その場所には草がたくさん生えていた。そこで人々は座った。男の数はおよそ五千人であった。 11イエスはパンを取り、感謝をささげてから弟子たちに分け、弟子たちは座っている人々に分けた。魚も同じように、彼らが望むだけ分け与えた。 12人々が満腹になると、イエスは弟子たちに「何も無駄にならないように、残ったパン切れを集めなさい」と言われた。 13そこで彼らが集めると、人々が食べた後に残った五つの大麦のパンの切れ端で、十二の籠がいっぱいになった。 14人々はイエスが行われたしるしを見て、「この方こそ、まことに世に来るあの預言者だ」と言った。 15イエスは、人々が来てご自分を無理やり王にしようとしていることを察し、再びただ一人で山へ退かれた。 16夕方になると、弟子たちは湖へ下りた。 17そして舟に乗り、湖を渡ってカペナウムへ向かった。すでに暗くなっていたが、イエスはまだ彼らのところに来ておられなかった。 18激しい風が吹き、湖は荒れていた。 19弟子たちが二十五ないし三十スタディオンほどこぎ出した時、イエスが湖の上を歩き、舟に近づいて来られるのを見て、恐れた。 20しかし、イエスは彼らに「私です。恐れてはなりません」と言われた。 21そこで彼らは喜んでイエスを舟に迎え入れた。すると舟はすぐに、彼らが目指していた岸に着いた。 22翌日、湖の向こう岸にとどまっていた群衆は、そこには弟子たちが乗った一そうの舟のほかに舟がなかったこと、またイエスが弟子たちと一緒に舟に乗らず、弟子たちだけで出発したことに気づいた。 23ところが、主が感謝をささげられた後、人々がパンを食べた場所の近くに、ティベリアスから来た舟が何そうか着いた。 24群衆は、そこにイエスも弟子たちもいないことを知ると、自分たちも舟に乗り、イエスを捜してカペナウムへ行った。 25そして湖の向こう岸でイエスを見つけると、「ラビ、いつここに来られたのですか」と尋ねた。 26イエスは彼らに答えられた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。あなたがたが私を捜しているのは、しるしを見たからではなく、パンを食べて満腹したからです。 27朽ちる食物のためではなく、永遠の命に至るまで残る食物のために働きなさい。それは人の子があなたがたに与えるものです。父なる神が、人の子に証印を押されたからです。」 28そこで彼らは尋ねた。「神の業を行うために、私たちは何をしなければなりませんか。」 29イエスは答えられた。「神の業とは、神が遣わされた者をあなたがたが信じることです。」 30そこで彼らは言った。「それでは、私たちが見てあなたを信じられるように、どんなしるしを行うのですか。どのような業をするのですか。 31私たちの先祖は荒野でマナを食べました。『彼は天からパンを与えて彼らに食べさせた』と書かれているとおりです。」 32そこでイエスは彼らに言われた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。天からのパンをあなたがたに与えたのはモーセではありません。私の父が、天からのまことのパンをあなたがたに与えておられるのです。 33神のパンとは、天から下って来て、世に命を与えるものです。」 34そこで彼らは言った。「主よ、そのパンをいつも私たちに与えてください。」 35イエスは彼らに言われた。「私が命のパンです。私のもとに来る者は決して飢えず、私を信じる者は決して渇きません。 36しかし、私はあなたがたに言いました。あなたがたは私を見たのに、それでも信じません。 37父が私に与えてくださる者は皆、私のもとに来ます。そして、私のもとに来る者を、私は決して追い出しません。 38私が天から下って来たのは、自分の意志を行うためではなく、私を遣わされた方の御心を行うためだからです。 39私を遣わされた父の御心は、父が私に与えてくださったすべての者を一人も失わず、終わりの日によみがえらせることです。 40私を遣わされた方の御心は、御子を見て信じる者が皆、永遠の命を持つことです。私はその人を終わりの日によみがえらせます。」 41ユダヤ人たちは、イエスが「私は天から下って来たパンです」と言われたので、イエスについて不平を言った。 42彼らは言った。「これはヨセフの子イエスではないか。われわれはその父も母も知っている。それなのに、どうして今、『私は天から下って来た』と言うのか。」 43そこでイエスは彼らに答えられた。「互いに不平を言うのはやめなさい。 44私を遣わされた父が引き寄せてくださらなければ、だれも私のもとに来ることはできません。そして私は、その人を終わりの日によみがえらせます。 45預言者たちの書に、『彼らは皆、神に教えられる』と書かれています。ですから、父から聞いて学んだ者は皆、私のもとに来ます。 46神から来た者のほかに、父を見た者がいるということではありません。その方は父を見ました。 47まことに、まことに、あなたがたに告げます。私を信じる者には永遠の命があります。 48私が命のパンです。 49あなたがたの先祖は荒野でマナを食べましたが、死にました。 50しかし、これは天から下って来るパンであり、だれでもこれを食べる者は死にません。 51私は天から下って来た生けるパンです。だれでもこのパンを食べるなら、永遠に生きます。私が世の命のために与えるパンは、私の肉です。」 52そこでユダヤ人たちは、「この人は、どうして自分の肉をわれわれに与えて食べさせることができるのか」と互いに激しく議論した。 53そこでイエスは彼らに言われた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。人の子の肉を食べ、その血を飲まなければ、あなたがたのうちに命はありません。 54私の肉を食べ、私の血を飲む者には永遠の命があります。私はその人を終わりの日によみがえらせます。 55私の肉はまことの食物であり、私の血はまことの飲み物だからです。 56私の肉を食べ、私の血を飲む者は私のうちにとどまり、私もその人のうちにとどまります。 57生ける父が私を遣わされ、私が父によって生きているように、私を食べる者も私によって生きます。 58これは天から下って来たパンです。私たちの先祖がマナを食べて死んだのとは違います。このパンを食べる者は永遠に生きます。」 59イエスはカペナウムの会堂で教えておられた時、これらのことを言われた。 60そこで弟子たちの多くは、これを聞いて言った。「これは厳しい言葉だ。だれが聞いていられるだろう。」 61しかしイエスは、弟子たちがこのことで不平を言っているのをご自分のうちで知り、彼らに言われた。「このことがあなたがたをつまずかせるのですか。 62それでは、人の子が以前いた所へ上って行くのを見たら、どうでしょう。 63命を与えるのは霊です。肉は何の役にも立ちません。私があなたがたに語る言葉は霊であり、命です。 64しかし、あなたがたの中には信じない者がいます。」イエスは初めから、信じない者たちがだれであるか、またご自分を裏切る者がだれであるかを知っておられたからである。 65そして言われた。「ですから私は、父から与えられなければ、だれも私のもとに来ることはできないと、あなたがたに言ったのです。」 66このことを境に、弟子たちの多くが離れ去り、もはやイエスとともに歩まなくなった。 67そこでイエスは十二人に言われた。「あなたがたも去って行きたいのですか。」 68シモン・ペテロが答えた。「主よ、私たちはだれのところへ行けばよいのでしょう。あなたは永遠の命の言葉を持っておられます。 69私たちは、あなたがキリスト、生ける神の子であると信じ、知っています。」 70イエスは彼らに答えられた。「私があなたがた十二人を選んだのではありませんか。それなのに、あなたがたのうちの一人は悪魔です。」 71イエスはシモン・イスカリオテの子ユダについて言われたのである。このユダが、十二人の一人でありながら、イエスを裏切ろうとしていたからである。

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第7章

1これらのことの後、イエスはガリラヤを巡っておられた。ユダヤ人たちがイエスを殺そうとしていたので、ユダヤを巡ろうとはされなかったのである。 2さて、ユダヤ人の祭りである仮庵の祭りが近づいていた。 3そこでイエスの兄弟たちは言った。「ここを去ってユダヤへ行き、あなたが行っている業を弟子たちにも見せたらどうですか。 4公に知られようとしながら、ひそかに事を行う人はいません。このようなことを行うのなら、自分を世に示しなさい。」 5兄弟たちさえ、イエスを信じていなかったからである。 6そこでイエスは彼らに言われた。「私の時はまだ来ていません。しかし、あなたがたの時はいつでも整っています。 7世はあなたがたを憎むことができません。しかし、私を憎みます。私が世について、その行いが悪いとあかしするからです。 8あなたがたは祭りに上って行きなさい。私はまだこの祭りには上りません。私の時はまだ満ちていないからです。」 9こう言って、イエスはガリラヤにとどまられた。 10しかし兄弟たちが祭りに上って行った後、イエスご自身も、人目につくようにではなく、いわばひそかに上って行かれた。 11そこでユダヤ人たちは祭りでイエスを捜し、「あの人はどこにいるのか」と言っていた。 12群衆の間では、イエスについて盛んにささやかれていた。ある者は「良い人だ」と言い、ほかの者は「いや、群衆を惑わしている」と言った。 13しかし、ユダヤ人たちを恐れて、イエスについて公然と語る者はいなかった。 14祭りも半ばになったころ、イエスは宮に上って教えられた。 15そこでユダヤ人たちは驚いて言った。「この人は正式に学んだこともないのに、どうしてこれほど学識があるのか。」 16イエスは彼らに答えられた。「私の教えは私のものではなく、私を遣わされた方のものです。 17だれでもその方の御心を行おうと望むなら、この教えが神から出たものか、それとも私が自分から語っているのかが分かります。 18自分から語る者は自分の栄誉を求めます。しかし、自分を遣わした方の栄誉を求める者は真実であり、その人のうちに不義はありません。 19モーセはあなたがたに律法を与えたのではありませんか。それなのに、あなたがたのうち、だれ一人として律法を守っていません。なぜ私を殺そうとするのですか。」 20群衆は答えた。「あなたは悪霊に取りつかれている。だれがあなたを殺そうとしているのか。」 21イエスは彼らに答えられた。「私が一つの業を行ったので、あなたがたは皆、そのことで驚いています。 22モーセはあなたがたに割礼を与えました。もっとも、割礼はモーセからではなく、父祖たちから始まったものです。そのため、あなたがたは安息日にも男の子に割礼を施します。 23モーセの律法が破られないように安息日にも男の子が割礼を受けるのなら、私が安息日に一人の人を完全に健康にしたからといって、私に腹を立てるのですか。 24うわべによって裁かず、正しい裁きをしなさい。」 25そこでエルサレムの人々の中には、こう言う者がいた。「この人は、彼らが殺そうとしている者ではないか。 26見よ、彼は公然と話しているのに、彼らは何も言わない。もしかすると、指導者たちは、この人が本当にキリストだと知っているのだろうか。 27しかし、われわれはこの人がどこから来たか知っている。キリストが来る時には、どこから来たかを知る者はいないはずだ。」 28そこでイエスは、宮で教えながら大声で言われた。「あなたがたは私を知っており、私がどこから来たかも知っています。しかし、私は自分から来たのではありません。私を遣わされた方は真実ですが、あなたがたはその方を知りません。 29私はその方を知っています。私はその方から来た者であり、その方が私を遣わされたからです。」 30そこで彼らはイエスを捕らえようとした。しかし、だれもイエスに手をかけなかった。イエスの時がまだ来ていなかったからである。 31しかし、群衆の中の多くの人がイエスを信じて言った。「キリストが来られても、この方が行ったより多くのしるしを行うことはないだろう。」 32パリサイ人たちは、群衆がイエスについてこのようにささやいているのを聞いた。そこで祭司長たちとパリサイ人たちは、イエスを捕らえるために役人たちを遣わした。 33そこでイエスは言われた。「私はもうしばらくあなたがたとともにいて、それから私を遣わされた方のもとへ行きます。 34あなたがたは私を捜しても見つけられません。また、私がいる所に、あなたがたは来ることができません。」 35そこでユダヤ人たちは互いに言った。「この人はどこへ行こうとしているので、われわれには見つけられないというのか。ギリシャ人の間に離散している人々のところへ行って、ギリシャ人を教えようというのか。 36彼が言った、『あなたがたは私を捜しても見つけられない』、また『私がいる所に、あなたがたは来ることができない』という言葉は、どういう意味なのか。」 37祭りの最後の大いなる日に、イエスは立って大声で言われた。「だれでも渇いているなら、私のもとに来て飲みなさい。 38私を信じる者は、聖書が言っているとおり、その人の内から生ける水の川が流れ出ます。」 39イエスは、ご自分を信じる者たちが受けようとしていた聖霊について、こう言われたのである。イエスがまだ栄光を受けておられなかったので、聖霊はまだ与えられていなかった。 40群衆の多くはこれらの言葉を聞いて、「この方こそ、まことにあの預言者だ」と言った。 41ほかの者たちは「この方はキリストだ」と言った。しかし、ある者たちは言った。「まさか、キリストがガリラヤから出ることはないだろう。 42聖書には、キリストはダビデの子孫から出て、ダビデの村ベツレヘムから来ると書かれているではないか。」 43こうして、イエスのことで群衆の間に分裂が生じた。 44彼らの中にはイエスを捕らえようとする者もいたが、だれもイエスに手をかけなかった。 45役人たちは祭司長たちとパリサイ人たちのもとへ戻った。彼らは役人たちに「なぜあの人を連れて来なかったのか」と尋ねた。 46役人たちは答えた。「あの人のように語った人は、これまで一人もいません。」 47そこでパリサイ人たちは彼らに答えた。「あなたがたまで惑わされたのか。 48指導者たちやパリサイ人たちの中に、あの男を信じた者がいるか。 49だが、律法を知らないこの群衆は呪われている。」 50彼らの一人であり、以前、夜にイエスのもとへ来たニコデモが言った。 51「われわれの律法は、まず本人から話を聞き、その人が何をしているかを知る前に、その人を裁くだろうか。」 52彼らは答えた。「あなたもガリラヤ出身なのか。調べてみなさい。ガリラヤから預言者が起こったことはないと分かるだろう。」 53人々はそれぞれ自分の家へ帰って行った。

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第8章

1しかし、イエスはオリーブ山へ行かれた。 2朝早く、イエスは再び宮に来られた。民は皆、イエスのもとに来た。イエスは座って、彼らを教えられた。 3律法学者たちとパリサイ人たちは、姦淫の現場で捕らえられた一人の女を連れて来た。そして彼女を真ん中に立たせ、 4イエスに言った。「先生、この女は姦淫をしている現場で捕らえられました。 5律法の中で、モーセはこのような女を石打ちにするよう、われわれに命じています。それでは、あなたは彼女について何と言いますか。」 6彼らがこう言ったのは、イエスを試し、訴える口実を得るためであった。しかし、イエスは身をかがめ、指で地面に書いておられた。 7それでも彼らが問い続けたので、イエスは身を起こして言われた。「あなたがたの中で罪のない者が、まずこの女に石を投げなさい。」 8そして再び身をかがめ、指で地面に書かれた。 9彼らはそれを聞くと、良心に責められ、年長者から始めて最後の者に至るまで、一人また一人と出て行った。イエスだけが残され、女はその場の真ん中に残っていた。 10イエスは立ち上がって彼女を見て、「婦人よ、あなたを訴えた人たちはどこにいますか。だれもあなたを罪に定めなかったのですか」と言われた。 11彼女は「主よ、だれも」と答えた。イエスは言われた。「私もあなたを罪に定めません。行きなさい。これからは、もう罪を犯してはなりません。」 12そこでイエスは再び人々に語られた。「私は世の光です。私に従う者は闇の中を歩むことがなく、命の光を持ちます。」 13そこでパリサイ人たちはイエスに言った。「あなたは自分についてあかししている。あなたのあかしは有効ではない。」 14イエスは彼らに答えられた。「たとえ私が自分についてあかししても、私のあかしは真実です。私はどこから来て、どこへ行くのかを知っています。しかし、あなたがたは私がどこから来て、どこへ行くのかを知りません。 15あなたがたは肉に従って裁きます。私はだれも裁きません。 16しかし、たとえ私が裁いても、私の裁きは真実です。私だけではなく、私を遣わされた父がともにおられるからです。 17あなたがたの律法にも、二人の人のあかしは有効であると書かれています。 18私は自分についてあかしする者であり、私を遣わされた父も私についてあかしされます。」 19そこで彼らはイエスに「あなたの父はどこにいるのか」と尋ねた。イエスは答えられた。「あなたがたは私も、私の父も知りません。もし私を知っていたなら、私の父をも知っていたでしょう。」 20イエスは宮で教えておられた時、宝物庫でこれらの言葉を語られた。それでも、だれもイエスを捕らえなかった。イエスの時がまだ来ていなかったからである。 21そこでイエスは再び彼らに言われた。「私は去って行きます。あなたがたは私を捜しますが、自分の罪のうちに死にます。私が行く所に、あなたがたは来ることができません。」 22そこでユダヤ人たちは言った。「彼は『私が行く所に、あなたがたは来ることができない』と言っている。自殺するつもりなのか。」 23イエスは彼らに言われた。「あなたがたは下から来た者です。私は上から来た者です。あなたがたはこの世に属しています。私はこの世に属していません。 24ですから私は、あなたがたは自分の罪のうちに死ぬと言ったのです。私がその者であると信じなければ、あなたがたは自分の罪のうちに死ぬからです。」 25そこで彼らはイエスに「あなたはだれなのか」と尋ねた。イエスは彼らに言われた。「初めからあなたがたに言っているとおりの者です。 26私には、あなたがたについて語り、裁くべきことが多くあります。しかし、私を遣わされた方は真実です。私はその方から聞いたことを世に語ります。」 27彼らは、イエスが父について語っておられることを理解しなかった。 28そこでイエスは彼らに言われた。「あなたがたが人の子を上げた時、私がその者であること、また私が自分からは何もせず、父が私に教えられたとおりにこれらのことを語っていることが分かります。 29私を遣わされた方は私とともにおられます。父は私を一人にされません。私はいつも父に喜ばれることを行うからです。」 30イエスがこれらのことを語られると、多くの人がイエスを信じた。 31そこでイエスは、ご自分を信じたユダヤ人たちに言われた。「あなたがたが私の言葉にとどまるなら、本当に私の弟子です。 32あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。」 33彼らはイエスに答えた。「われわれはアブラハムの子孫であり、これまでだれの奴隷になったこともない。それなのに、どうしてあなたは『あなたがたは自由にされる』と言うのか。」 34イエスは彼らに答えられた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。罪を犯す者は皆、罪の奴隷です。 35奴隷はいつまでも家にいるわけではありません。しかし、子はいつまでもいます。 36ですから、御子があなたがたを自由にするなら、あなたがたは本当に自由になります。 37あなたがたがアブラハムの子孫であることは知っています。それでもあなたがたは私を殺そうとしています。私の言葉があなたがたのうちに入る余地がないからです。 38私は父のもとで見たことを語っています。あなたがたも、自分の父のもとで見たことを行っています。」 39彼らはイエスに「われわれの父はアブラハムだ」と答えた。イエスは彼らに言われた。「もしあなたがたがアブラハムの子どもなら、アブラハムの行いをするはずです。 40ところが今、あなたがたは、神から聞いた真理をあなたがたに告げた者である私を殺そうとしています。アブラハムはそのようなことをしませんでした。 41あなたがたは、自分の父の行いをしているのです。」彼らはイエスに言った。「われわれは淫らな関係から生まれたのではない。われわれにはただ一人の父、神がおられる。」 42そこでイエスは彼らに言われた。「もし神があなたがたの父であったなら、あなたがたは私を愛したでしょう。私は神から出て、ここに来たからです。私は自分から来たのではなく、神が私を遣わされたのです。 43なぜあなたがたは私の話すことを理解しないのですか。それは、私の言葉を聞き入れることができないからです。 44あなたがたは、あなたがたの父である悪魔から出た者であり、自分の父の欲望を行いたいのです。悪魔は初めから人殺しであり、真理のうちに立っていません。彼のうちに真理がないからです。彼が偽りを語る時、自分の本性から語ります。彼は偽り者であり、偽りの父だからです。 45しかし、私が真理を語るので、あなたがたは私を信じません。 46あなたがたのうち、だれが私に罪があると証明できますか。私が真理を語っているなら、なぜ私を信じないのですか。 47神から出た者は神の言葉を聞きます。あなたがたが聞かないのは、神から出た者ではないからです。」 48そこでユダヤ人たちはイエスに答えた。「あなたはサマリア人で、悪霊に取りつかれていると、われわれが言うのは正しいではないか。」 49イエスは答えられた。「私は悪霊に取りつかれてはいません。私は父を敬っていますが、あなたがたは私を辱めています。 50しかし、私は自分の栄光を求めません。それを求め、裁く方がおられます。 51まことに、まことに、あなたがたに告げます。だれでも私の言葉を守るなら、その人は決して死を見ることがありません。」 52そこでユダヤ人たちはイエスに言った。「今、あなたが悪霊に取りつかれていることが分かった。アブラハムも預言者たちも死んだ。それなのにあなたは、『だれでも私の言葉を守るなら、その人は決して死を味わうことがない』と言う。 53あなたは、死んだわれわれの父アブラハムより偉いのか。預言者たちも死んだ。あなたは自分を何者だと言うのか。」 54イエスは答えられた。「もし私が自分に栄光を与えるなら、私の栄光には何の意味もありません。私に栄光を与えてくださるのは私の父です。あなたがたが『われわれの神だ』と言っている方です。 55あなたがたはその方を知りませんが、私は知っています。もし『その方を知らない』と言えば、私もあなたがたと同じく偽り者になるでしょう。しかし、私はその方を知り、その言葉を守っています。 56あなたがたの父アブラハムは、私の日を見ることを喜びました。彼はそれを見て喜んだのです。」 57そこでユダヤ人たちはイエスに言った。「あなたはまだ五十歳にもなっていない。それなのに、アブラハムを見たのか。」 58イエスは彼らに言われた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。アブラハムが存在する前から、私はある。」 59そこで彼らは、イエスに投げつけようと石を拾った。しかし、イエスは身を隠し、彼らの真ん中を通り抜けて宮から出て行き、そのまま立ち去られた。

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第9章

1イエスは通りすがりに、生まれつき目の見えない人を見かけられた。 2弟子たちはイエスに尋ねた。「ラビ、この人が目の見えない者として生まれたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか、それとも両親ですか。」 3イエスは答えられた。「この人が罪を犯したのでも、両親が罪を犯したのでもありません。神の業がこの人に現されるためです。 4昼の間に、私は私を遣わされた方の業を行わなければなりません。だれも働くことのできない夜が来ます。 5私が世にいる間、私は世の光です。」 6こう言ってから、イエスは地面につばを吐き、そのつばで泥を作り、その泥を目の見えない人の目に塗って、 7「行って、シロアムの池で洗いなさい」と言われた。シロアムとは「遣わされた」という意味である。そこで彼は行って洗い、目が見えるようになって帰って来た。 8近所の人々や、以前彼が目の見えない者であったのを見ていた人々は、「これは座って物乞いをしていた人ではないか」と言った。 9ある者たちは「その人だ」と言い、ほかの者たちは「その人に似ている」と言った。本人は「私がその人です」と言った。 10そこで人々は彼に尋ねた。「では、どうして目が開いたのですか。」 11彼は答えた。「イエスという方が泥を作って私の目に塗り、『シロアムの池へ行って洗いなさい』と言われました。それで行って洗うと、見えるようになったのです。」 12彼らは「その人はどこにいるのですか」と尋ねた。彼は「知りません」と答えた。 13人々は、以前目の見えなかったその人をパリサイ人たちのところへ連れて行った。 14イエスが泥を作って彼の目を開かれた日は、安息日であった。 15そこでパリサイ人たちもまた、どのようにして見えるようになったのかを彼に尋ねた。彼は「その方が私の目に泥を塗り、私が洗うと、見えるようになりました」と答えた。 16そこでパリサイ人のある者たちは言った。「この人は神から来た者ではない。安息日を守らないからだ。」ほかの者たちは言った。「罪人がどうしてこのようなしるしを行えるだろう。」こうして彼らの間に分裂が生じた。 17そこで彼らは、目の見えなかった人に再び尋ねた。「あの人があなたの目を開いたことについて、あなたは彼を何者だと言うのか。」彼は「預言者です」と答えた。 18しかしユダヤ人たちは、彼が目の見えない者であったのに見えるようになったことを信じず、ついには見えるようになった人の両親を呼び出して、 19尋ねた。「これは、生まれつき目が見えなかったとあなたがたが言っている息子か。それでは、どうして今は見えるようになったのか。」 20両親は答えた。「これが私たちの息子であり、生まれつき目が見えなかったことは知っています。 21しかし、どうして今は見えるようになったのか、まただれが目を開いたのかは知りません。もう大人です。本人に聞いてください。自分のことは自分で話すでしょう。」 22両親がこう言ったのは、ユダヤ人たちを恐れていたからである。ユダヤ人たちはすでに、イエスをキリストだと告白する者がいれば、会堂から追放すると決めていた。 23そのため両親は、「もう大人です。本人に聞いてください」と言ったのである。 24そこで彼らは、目の見えなかった人をもう一度呼び出し、「神に栄光を帰しなさい。われわれは、あの人が罪人だと知っている」と言った。 25彼は答えた。「あの方が罪人かどうかは知りません。ただ一つ知っているのは、私は目が見えなかったのに、今は見えるということです。」 26彼らは再び尋ねた。「あの人はあなたに何をしたのか。どうやってあなたの目を開いたのか。」 27彼は答えた。「もう話したのに、あなたがたは聞こうとしませんでした。なぜもう一度聞きたいのですか。あなたがたもあの方の弟子になりたいのではありませんか。」 28すると彼らは彼をののしって言った。「おまえはあの男の弟子だが、われわれはモーセの弟子だ。 29神がモーセに語られたことは知っている。しかし、あの男がどこから来たかは知らない。」 30その人は彼らに答えた。「これは実に驚くべきことです。あの方がどこから来たかをあなたがたは知らないのに、あの方は私の目を開いてくださいました。 31神が罪人の言うことを聞かれないことを、私たちは知っています。しかし、神を礼拝し、その御心を行う者がいれば、神はその人の言うことを聞かれます。 32生まれつき目の見えない人の目を開いた者がいるということは、世が始まって以来、聞いたことがありません。 33あの方が神から来たのでなければ、何もできなかったはずです。」 34彼らは答えた。「おまえは全く罪の中に生まれたのに、われわれを教えるのか。」そして彼を外へ追い出した。 35イエスは、彼が外へ追い出されたと聞き、彼を見つけて、「あなたは神の子を信じますか」と言われた。 36彼は答えた。「主よ、その方はどなたですか。私がその方を信じることができるように、教えてください。」 37イエスは彼に言われた。「あなたはもうその人を見ています。あなたと話している者が、その人です。」 38彼は「主よ、信じます」と言い、イエスを礼拝した。 39イエスは言われた。「私は裁きのためにこの世へ来ました。それは、見えない者が見えるようになり、見える者が目の見えない者となるためです。」 40イエスとともにいたパリサイ人たちがこれを聞き、「われわれも目が見えないというのか」と言った。 41イエスは彼らに言われた。「もしあなたがたの目が見えなかったなら、あなたがたに罪はなかったでしょう。しかし今、あなたがたは『見える』と言っています。ですから、あなたがたの罪は残っています。」

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第10章

1「まことに、まことに、あなたがたに告げます。羊の囲いに戸口から入らず、ほかの所を乗り越えて入る者は、盗人であり強盗です。 2しかし、戸口から入る者は羊の牧者です。 3門番は牧者のために門を開き、羊はその声を聞きます。牧者は自分の羊を一匹ずつ名を呼んで連れ出します。 4自分の羊をすべて外に出すと、その先頭に立って進みます。羊はその声を知っているので、牧者について行きます。 5しかし、知らない者には決してついて行かず、かえって逃げます。知らない者たちの声を知らないからです。」 6イエスはこのたとえを彼らに話されたが、彼らはイエスが何を言っておられるのか理解しなかった。 7そこでイエスは再び彼らに言われた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。私が羊の戸口です。 8私より前に来た者は皆、盗人であり強盗です。しかし、羊は彼らの言うことを聞きませんでした。 9私が戸口です。だれでも私を通って入るなら救われ、出入りして牧草を見つけます。 10盗人が来るのは、盗み、殺し、滅ぼすためにほかなりません。私が来たのは、羊たちが命を得、しかも豊かに得るためです。 11私は良い牧者です。良い牧者は羊のために自分の命を捨てます。 12雇われ人は牧者ではなく、羊も自分のものではありません。そのため、狼が来るのを見ると、羊を残して逃げてしまいます。狼は羊を奪い、散らします。 13雇われ人が逃げるのは、雇われ人であって、羊のことを心にかけていないからです。 14私は良い牧者です。私は自分の羊を知っており、私の羊も私を知っています。 15それは、父が私を知り、私が父を知っているのと同じです。私は羊のために自分の命を捨てます。 16私には、この囲いに属していないほかの羊もいます。私はその羊たちをも連れて来なければなりません。彼らは私の声を聞き、一つの群れ、一人の牧者となります。 17父が私を愛してくださるのは、私が自分の命を捨てるからです。それは、私が再び命を得るためです。 18だれも私から命を奪うのではありません。私が自分から命を捨てるのです。私にはそれを捨てる権威があり、再び得る権威もあります。私はこの命令を父から受けました。」 19これらの言葉のため、ユダヤ人たちの間に再び分裂が生じた。 20彼らの多くは言った。「彼は悪霊に取りつかれ、気が狂っている。なぜ彼の言うことを聞くのか。」 21ほかの者たちは言った。「これは悪霊に取りつかれた者の言葉ではない。悪霊に目の見えない人の目を開くことができるだろうか。」 22そのころ、エルサレムでは宮きよめの祭りが行われた。 23冬であった。イエスは宮の中のソロモンの回廊を歩いておられた。 24するとユダヤ人たちがイエスを取り囲み、言った。「いつまでわれわれを迷わせておくのか。あなたがキリストなら、はっきり言ってくれ。」 25イエスは彼らに答えられた。「私はあなたがたに言いましたが、あなたがたは信じません。私が父の名によって行う業が、私についてあかししています。 26しかし、私が言ったように、あなたがたは私の羊ではないので信じません。 27私の羊は私の声を聞きます。私は彼らを知っており、彼らは私に従います。 28私は彼らに永遠の命を与えます。彼らは決して滅びず、だれも彼らを私の手から奪い去ることはできません。 29彼らを私に与えてくださった私の父は、すべてのものより偉大です。だれも彼らを父の手から奪い去ることはできません。 30私と父とは一つです。」 31そこでユダヤ人たちは、イエスを石打ちにしようとして、再び石を拾った。 32イエスは彼らに答えられた。「私は父から出た多くの良い業をあなたがたに示しました。そのうちのどの業のために、私を石打ちにするのですか。」 33ユダヤ人たちは答えた。「良い業のために石打ちにするのではない。冒涜のためだ。あなたは人間でありながら、自分を神としているからだ。」 34イエスは彼らに答えられた。「あなたがたの律法に、『私は言った。あなたがたは神々である』と書かれているではありませんか。 35神の言葉を受けた人々を神々と呼んだのであれば、そして聖書が無効にされることはないのですから、 36父が聖別して世に遣わされた者が『私は神の子です』と言ったからといって、あなたがたは『神を冒涜している』と言うのですか。 37もし私が父の業を行っていないなら、私を信じてはなりません。 38しかし、行っているなら、たとえ私を信じなくても、その業を信じなさい。それは、父が私のうちにおられ、私が父のうちにいることを、あなたがたが知って信じるためです。」 39そこで彼らは再びイエスを捕らえようとした。しかし、イエスは彼らの手を逃れられた。 40イエスは再びヨルダン川の向こう側へ行き、ヨハネが初めにバプテスマを授けていた場所に滞在された。 41多くの人がイエスのもとに来て言った。「ヨハネは一つもしるしを行わなかったが、この方についてヨハネが言ったことはすべて真実だった。」 42そこで多くの人がイエスを信じた。

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第11章

1さて、ある人が病気にかかっていた。マリアとその姉妹マルタの村ベタニアに住むラザロであった。 2このマリアは、主に香油を塗り、自分の髪でその足をぬぐった人である。病気になったラザロは彼女の兄弟であった。 3そこで姉妹たちは、イエスのもとに人を遣わし、「主よ、見よ、あなたが深く愛しておられる者が病気です」と伝えた。 4しかしイエスはそれを聞いて言われた。「この病気は死に至るものではなく、神の栄光のためのものです。それによって神の子が栄光を受けるためです。」 5イエスはマルタとその姉妹とラザロを愛しておられた。 6それで、ラザロが病気だと聞いても、イエスはおられた場所にさらに二日とどまられた。 7その後、弟子たちに「もう一度ユダヤへ行きましょう」と言われた。 8弟子たちは尋ねた。「ラビ、つい先ほどユダヤ人たちがあなたを石打ちにしようとしたのに、またそこへ行かれるのですか。」 9イエスは答えられた。「昼は十二時間ではありませんか。昼間に歩く人は、この世の光を見るので、つまずきません。 10しかし、夜に歩く人は、その人のうちに光がないので、つまずきます。」 11こう言った後、さらに彼らに言われた。「私たちの友ラザロは眠っています。しかし、私は彼を眠りから起こすために行きます。」 12そこで弟子たちは言った。「主よ、眠っているのなら、良くなるでしょう。」 13イエスはラザロの死について語られたのだが、弟子たちは眠って休んでいることを語られたと思ったのである。 14そこでイエスは、彼らにはっきりと言われた。「ラザロは死にました。 15私がそこにいなかったことを、あなたがたのために喜んでいます。それは、あなたがたが信じるためです。さあ、彼のところへ行きましょう。」 16そこで、ディディモと呼ばれるトマスが、仲間の弟子たちに言った。「私たちも行って、イエスと一緒に死のう。」 17イエスが着くと、ラザロはすでに四日間、墓の中にいた。 18ベタニアはエルサレムに近く、約十五スタディオン離れていた。 19多くのユダヤ人が、兄弟を亡くしたマルタとマリアを慰めるため、二人のもとに来ていた。 20マルタは、イエスが来られると聞くと迎えに出たが、マリアは家に座っていた。 21そこでマルタはイエスに言った。「主よ、もしここにいてくださったなら、私の兄弟は死ななかったでしょう。 22しかし今でも、あなたが神に求めることは何でも、神があなたに与えてくださると知っています。」 23イエスは彼女に「あなたの兄弟はよみがえります」と言われた。 24マルタは言った。「終わりの日の復活の時に、彼がよみがえることは知っています。」 25イエスは彼女に言われた。「私が復活であり、命です。私を信じる者は、たとえ死んでも生きます。 26生きていて私を信じる者は皆、決して死にません。あなたはこのことを信じますか。」 27彼女は言った。「はい、主よ。あなたがキリスト、神の子、世に来られる方であると、私は信じています。」 28こう言うと、マルタは帰って行き、姉妹マリアをひそかに呼んで、「先生が来て、あなたを呼んでおられます」と言った。 29マリアはそれを聞くと、すぐに立ち上がり、イエスのもとへ向かった。 30イエスはまだ村に入らず、マルタが出迎えた場所におられた。 31家でマリアと一緒にいて彼女を慰めていたユダヤ人たちは、マリアが急いで立ち上がって出て行くのを見ると、「墓へ泣きに行くのだろう」と思い、彼女について行った。 32マリアはイエスのおられる所に来て、イエスを見ると、その足もとにひれ伏して言った。「主よ、もしここにいてくださったなら、私の兄弟は死ななかったでしょう。」 33イエスは、マリアが泣き、一緒に来たユダヤ人たちも泣いているのを見て、霊の内に深くうめき、心を揺さぶられ、 34「彼をどこに置きましたか」と言われた。彼らは「主よ、来て、ご覧ください」と答えた。 35イエスは涙を流された。 36そこでユダヤ人たちは言った。「見なさい。どれほどラザロを深く愛しておられたことか。」 37しかし、彼らの中にはこう言う者もいた。「目の見えなかった人の目を開いたこの人が、ラザロを死なせないようにすることはできなかったのか。」 38イエスは再び深くうめきながら、墓へ来られた。それは洞穴で、入り口には石が置かれていた。 39イエスは「石を取りのけなさい」と言われた。死んだ人の姉妹マルタは、「主よ、もう臭くなっています。死んで四日になりますから」と言った。 40イエスは彼女に言われた。「信じるなら神の栄光を見ると、あなたに言ったではありませんか。」 41そこで人々は、死んだ人が横たわっていた場所から石を取りのけた。イエスは目を上げて言われた。「父よ、私の願いを聞いてくださったことを感謝します。 42あなたがいつも私の願いを聞いてくださることを、私は知っています。しかし、周りに立っている群衆のために、私はこう言いました。あなたが私を遣わされたことを、彼らが信じるためです。」 43こう言うと、イエスは大声で叫ばれた。「ラザロ、出て来なさい。」 44死んでいた人が出て来た。その手足は布で巻かれ、顔も布で包まれていた。イエスは人々に「彼をほどいて、行かせなさい」と言われた。 45そこで、マリアのもとに来て、イエスが行われたことを見たユダヤ人の多くが、イエスを信じた。 46しかし、彼らの中にはパリサイ人たちのところへ行き、イエスが行われたことを知らせる者もいた。 47そこで祭司長たちとパリサイ人たちは最高法院を招集して言った。「われわれは何をしているのか。この人は多くのしるしを行っている。 48このままにしておけば、皆が彼を信じるだろう。そうなればローマ人が来て、われわれの場所も国民も奪うだろう。」 49しかし、その年の大祭司であったカヤパという一人が、彼らに言った。「あなたがたは何も分かっていない。 50一人の人が民のために死に、国民全体が滅びない方が、われわれにとって有益だということを考えてもいない。」 51彼はこれを自分から言ったのではない。その年の大祭司であったので、イエスが国民のために死ぬことを預言したのである。 52しかも国民のためだけではなく、各地に散らされている神の子どもたちを一つに集めるためでもあった。 53そこで彼らは、その日からイエスを殺そうと相談した。 54そのためイエスは、もはやユダヤ人たちの間を公然とは歩かず、そこを去って荒野に近い地方へ行き、エフライムという町で弟子たちとともに滞在された。 55さて、ユダヤ人の過越の祭りが近づいていた。多くの人が自分を清めるため、過越の祭りの前に地方からエルサレムへ上った。 56彼らはイエスを捜し、宮に立ちながら互いに言った。「どう思うか。あの人は祭りに全く来ないのだろうか。」 57祭司長たちとパリサイ人たちは、イエスがどこにいるか知っている者は届け出るようにと命じていた。イエスを捕らえるためであった。

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第12章

1過越の祭りの六日前、イエスはベタニアに来られた。そこには、死んでいたのをイエスが死者の中からよみがえらせたラザロがいた。 2人々はそこでイエスのために夕食を用意した。マルタが給仕し、ラザロはイエスとともに食卓に着いている人々の一人であった。 3そこでマリアは、非常に高価な純粋なナルドの香油一ローマ・ポンドを取り、イエスの足に塗り、自分の髪でその足をぬぐった。家は香油の香りでいっぱいになった。 4すると、弟子の一人で、イエスを裏切ろうとしていたシモンの子ユダ・イスカリオテが言った。 5「なぜこの香油を三百デナリで売って、貧しい人々に施さなかったのか。」 6彼がこう言ったのは、貧しい人々を心にかけていたからではなく、彼が盗人だったからである。彼は金入れを預かり、その中に入れられたものを盗んでいた。 7しかしイエスは言われた。「彼女をそのままにしておきなさい。彼女は私の埋葬の日のために、これを取っておいたのです。 8貧しい人々はいつもあなたがたとともにいますが、私はいつもあなたがたとともにいるわけではありません。」 9さて、大勢のユダヤ人が、イエスがそこにおられることを知ってやって来た。イエスのためだけではなく、イエスが死者の中からよみがえらせたラザロを見るためでもあった。 10ところが祭司長たちは、ラザロも殺そうと相談した。 11ラザロのために、多くのユダヤ人が去ってイエスを信じたからである。 12翌日、祭りに来ていた大勢の群衆は、イエスがエルサレムに来られると聞いて、 13なつめやしの枝を手に取り、イエスを迎えに出て叫んだ。「ホサナ。主の名によって来られる方、イスラエルの王は幸いである。」 14イエスは一頭の若いろばを見つけ、それに乗られた。こう書かれているとおりである。 15「シオンの娘よ、恐れてはならない。見よ、あなたの王が、ろばの子に乗って来られる。」 16弟子たちは初め、これらのことを理解しなかった。しかし、イエスが栄光を受けられた時、これらのことがイエスについて書かれていたこと、また人々がイエスにこのようにしたことを思い出した。 17イエスがラザロを墓から呼び出し、死者の中からよみがえらせた時に一緒にいた群衆は、そのことをあかししていた。 18群衆がイエスを迎えに出たのも、イエスがこのしるしを行われたと聞いたからである。 19そこでパリサイ人たちは互いに言った。「見なさい。何をしても無駄だ。見よ、世全体が彼について行った。」 20さて、祭りで礼拝するために上って来た人々の中に、何人かのギリシャ人がいた。 21彼らはガリラヤのベツサイダ出身のフィリポのところへ来て、「先生、イエスにお会いしたいのです」と頼んだ。 22フィリポはアンデレのところへ行って伝えた。それからアンデレとフィリポはイエスのところへ行って伝えた。 23イエスは彼らに答えられた。「人の子が栄光を受ける時が来ました。 24まことに、まことに、あなたがたに告げます。一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままです。しかし、死ぬなら、多くの実を結びます。 25自分の命を愛する者は、それを失います。この世で自分の命を憎む者は、それを保って永遠の命に至ります。 26私に仕える者は、私に従いなさい。私がいる所に、私に仕える者もいます。だれでも私に仕えるなら、父はその人を重んじてくださいます。 27今、私の心は騒いでいます。私は何と言えばよいのでしょう。『父よ、この時から私を救ってください』と言うべきでしょうか。しかし、私はこのために、この時に来たのです。 28父よ、あなたの御名の栄光を現してください。」すると天から、「私はすでに御名の栄光を現した。再び現す」という声がした。 29そばに立っていてその声を聞いた群衆は、「雷が鳴ったのだ」と言った。ほかの者たちは「御使いがイエスに話しかけたのだ」と言った。 30イエスは答えられた。「この声がしたのは、私のためではなく、あなたがたのためです。 31今、この世が裁かれます。今、この世の支配者が追い出されます。 32そして私は、地から上げられる時、すべての人を自分のもとに引き寄せます。」 33イエスは、ご自分がどのような死に方で死ぬかを示すために、こう言われたのである。 34群衆はイエスに答えた。「私たちは、キリストは永遠にとどまると律法から聞いている。それなのに、どうしてあなたは『人の子は上げられなければならない』と言うのか。その人の子とはだれなのか。」 35そこでイエスは彼らに言われた。「光はもうしばらく、あなたがたとともにあります。闇に追いつかれないよう、光がある間に歩きなさい。闇の中を歩く者は、自分がどこへ行くのか分かりません。 36光がある間に光を信じ、光の子どもとなりなさい。」イエスはこう言うと、立ち去って彼らから身を隠された。 37イエスが彼らの前でこれほど多くのしるしを行われたのに、彼らはイエスを信じなかった。 38それは、預言者イザヤが語った言葉が実現するためであった。「主よ、だれがわれわれの知らせを信じたのか。主の御腕はだれに現されたのか。」 39彼らが信じることができなかったのは、イザヤがさらにこう言っているからである。 40「神は彼らの目を見えなくし、彼らの心をかたくなにされた。それは、彼らが目で見ることも、心で悟ることも、立ち返ることもなく、私が彼らを癒やすこともないためである。」 41イザヤがこれらのことを言ったのは、イエスの栄光を見て、イエスについて語ったからである。 42それでも、指導者たちの中でさえ多くの者がイエスを信じた。しかし、会堂から追放されないように、パリサイ人たちを恐れて告白しなかった。 43彼らは神からの称賛よりも、人からの称賛を愛したからである。 44イエスは大声で言われた。「私を信じる者は、私だけでなく、私を遣わされた方を信じるのです。 45私を見る者は、私を遣わされた方を見ます。 46私は光として世に来ました。それは、私を信じる者がだれも闇の中にとどまらないためです。 47だれかが私の言葉を聞いて信じなくても、私はその人を裁きません。私は世を裁くためではなく、世を救うために来たからです。 48私を拒み、私の言葉を受け入れない者には、その人を裁くものがあります。私が語った言葉が、終わりの日にその人を裁きます。 49私は自分から語ったのではありません。私を遣わされた父が、何を言い、何を語るべきかを私に命じられました。 50私は、父の命令が永遠の命であることを知っています。ですから私は、父が私に言われたとおりに語るのです。」

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第13章

1さて、過越の祭りの前、イエスはこの世を去って父のもとへ行くご自分の時が来たことを知り、世にいるご自分の者たちを愛して、最後まで彼らを愛し抜かれた。 2夕食の最中、悪魔はすでに、シモンの子ユダ・イスカリオテの心に、イエスを裏切る思いを植えつけていた。 3イエスは、父がすべてのものをご自分の手に与えられたこと、ご自分が神から来て神のもとへ行くことを知って、 4夕食の席から立ち上がり、上着を脱がれた。そして手ぬぐいを取り、腰に巻かれた。 5それから、たらいに水を注ぎ、弟子たちの足を洗い、腰に巻いた手ぬぐいで拭き始められた。 6こうしてシモン・ペテロのところに来られた。ペテロはイエスに言った。「主よ、あなたが私の足を洗われるのですか。」 7イエスは彼に答えられた。「私がしていることは、今はあなたには分かりませんが、後で分かるようになります。」 8ペテロはイエスに言った。「決して私の足をお洗いにならないでください。」イエスは彼に答えられた。「私があなたを洗わなければ、あなたは私と何の関わりもありません。」 9シモン・ペテロはイエスに言った。「主よ、足だけでなく、手も頭も洗ってください。」 10イエスは彼に言われた。「すでに体を洗った者は、足を洗うだけでよく、全身が清いのです。あなたがたは清いのですが、全員が清いわけではありません。」 11イエスは、ご自分を裏切ろうとしている者を知っておられた。それで、「あなたがた全員が清いわけではありません」と言われたのである。 12イエスは弟子たちの足を洗い、上着を着て、再び席に着くと、彼らに言われた。「私があなたがたにしたことが分かりますか。 13あなたがたは私を『先生』また『主』と呼びます。そう言うのは正しい。私はそのとおりだからです。 14主であり先生である私があなたがたの足を洗ったのですから、あなたがたも互いに足を洗い合うべきです。 15私があなたがたにしたとおり、あなたがたもするようにと、私は模範を示したのです。 16まことに、まことに、あなたがたに告げます。僕はその主人より偉大ではなく、遣わされた者は遣わした者より偉大ではありません。 17これらのことを知り、それを行うなら、あなたがたは幸いです。 18私はあなたがた全員について言っているのではありません。私は自分が選んだ者たちを知っています。しかし、それは『私とともにパンを食べる者が、私に向かってかかとを上げた』という聖書の言葉が実現するためです。 19今、そのことが起こる前に、あなたがたに告げておきます。それが起こった時、私がその者であるとあなたがたが信じるためです。 20まことに、まことに、あなたがたに告げます。私が遣わす者を受け入れる者は、私を受け入れます。私を受け入れる者は、私を遣わされた方を受け入れるのです。」 21イエスはこう言われると、霊の内に心を騒がせ、はっきりと言われた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。あなたがたのうちの一人が私を裏切ります。」 22弟子たちは、だれのことを言われたのか分からず、戸惑いながら互いに顔を見合わせた。 23弟子の一人で、イエスが愛しておられた者が、食卓でイエスの胸もとに寄りかかっていた。 24そこでシモン・ペテロは彼に合図をして、「だれのことを言っておられるのか、尋ねてくれ」と言った。 25彼はそのままイエスの胸もとに寄りかかり、「主よ、それはだれですか」と尋ねた。 26そこでイエスは答えられた。「私がパン切れを浸して与える者が、その人です。」そしてパン切れを浸すと、シモン・イスカリオテの子ユダに与えられた。 27ユダがそのパン切れを受け取ると、サタンが彼の中に入った。そこでイエスは彼に言われた。「しようとしていることを、早くしなさい。」 28しかし、食卓に着いていた者のうち、なぜイエスが彼にそう言われたのか分かる者は一人もいなかった。 29ある者たちは、ユダが金入れを預かっていたので、イエスが「祭りに必要なものを買いなさい」と言われたか、貧しい人々に何か施すように言われたのだと思った。 30そこでユダはそのパン切れを受け取ると、すぐに出て行った。夜であった。 31ユダが出て行くと、イエスは言われた。「今、人の子は栄光を受け、神も人の子によって栄光を受けられました。 32神が人の子によって栄光を受けられたのなら、神もご自身によって人の子に栄光を与え、しかもすぐにお与えになります。 33子どもたちよ、私はもうしばらくあなたがたとともにいます。あなたがたは私を捜すでしょう。私はユダヤ人たちに、『私が行く所に、あなたがたは来ることができない』と言いましたが、今、あなたがたにも同じことを言います。 34私はあなたがたに新しい戒めを与えます。互いに愛し合いなさい。私があなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。 35あなたがたが互いに愛し合うなら、それによって、すべての人はあなたがたが私の弟子であることを知ります。」 36シモン・ペテロがイエスに言った。「主よ、どこへ行かれるのですか。」イエスは答えられた。「私が行く所に、あなたは今ついて来ることはできません。しかし、後にはついて来ます。」 37ペテロはイエスに言った。「主よ、なぜ今はついて行けないのですか。私はあなたのためなら命を捨てます。」 38イエスは彼に答えられた。「私のために命を捨てるのですか。まことに、まことに、あなたに告げます。あなたが三度私を否むまで、鶏は鳴きません。」

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第14章

1「あなたがたは心を騒がせてはなりません。神を信じ、私をも信じなさい。 2私の父の家には住まいがたくさんあります。もしそうでなければ、私はあなたがたに言っておいたでしょう。私はあなたがたのために場所を備えに行きます。 3私が行ってあなたがたのために場所を備えたなら、再び来て、あなたがたを私のもとに迎えます。私がいる所に、あなたがたもいるためです。 4あなたがたは、私が行く所も、その道も知っています。」 5トマスがイエスに言った。「主よ、私たちはあなたがどこへ行かれるのか分かりません。どうしてその道が分かるでしょうか。」 6イエスは彼に言われた。「私は道であり、真理であり、命です。私を通してでなければ、だれも父のもとに来ることはありません。 7あなたがたが私を知っていたなら、私の父をも知っていたでしょう。今からあなたがたは父を知り、すでに父を見たのです。」 8フィリポがイエスに言った。「主よ、私たちに父をお示しください。そうすれば十分です。」 9イエスは彼に言われた。「フィリポ、こんなに長い間あなたがたとともにいるのに、あなたは私を知らないのですか。私を見た者は父を見たのです。どうして『私たちに父を示してください』と言うのですか。 10私が父のうちにいて、父が私のうちにおられることを信じないのですか。私があなたがたに告げる言葉は、自分から語っているのではありません。私のうちに住んでおられる父が、ご自分の業を行っておられるのです。 11私が父のうちにいて、父が私のうちにおられると信じなさい。そうでなければ、業そのもののゆえに信じなさい。 12まことに、まことに、あなたがたに告げます。私を信じる者は、私が行う業をその人も行い、これらよりもさらに大きな業を行います。私が父のもとへ行くからです。 13あなたがたが私の名によって求めることは何でも、私はそれを行います。父が子によって栄光を受けられるためです。 14あなたがたが私の名によって何かを求めるなら、私はそれを行います。 15あなたがたが私を愛するなら、私の戒めを守りなさい。 16私は父にお願いします。父はもう一人の助け主をあなたがたに与えてくださいます。その方が永遠にあなたがたとともにいるためです。 17その方は真理の霊です。世はその方を見ることも知ることもないので、受け入れることができません。あなたがたはその方を知っています。その方はあなたがたとともに住み、あなたがたのうちにおられるようになるからです。 18私はあなたがたを孤児のままにはしておきません。あなたがたのところに来ます。 19もうしばらくすると、世はもはや私を見なくなります。しかし、あなたがたは私を見ます。私が生きているので、あなたがたも生きるのです。 20その日には、私が父のうちにいて、あなたがたが私のうちに、私があなたがたのうちにいることが分かります。 21私の戒めを持って、それを守る人こそ、私を愛する人です。私を愛する人は私の父に愛され、私もその人を愛し、私自身をその人に現します。」 22イスカリオテでないほうのユダがイエスに言った。「主よ、私たちにはご自分を現そうとされるのに、世には現そうとされないとは、どういうことですか。」 23イエスは彼に答えられた。「だれでも私を愛するなら、私の言葉を守ります。私の父はその人を愛し、私たちはその人のところに来て、ともに住みます。 24私を愛さない者は、私の言葉を守りません。あなたがたが聞いている言葉は私のものではなく、私を遣わされた父のものです。」 25「私は、あなたがたとともに住んでいる間に、これらのことを話しました。 26しかし、助け主、すなわち父が私の名によって遣わされる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、私があなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。 27私はあなたがたに平安を残します。私の平安をあなたがたに与えます。世が与えるように、私は与えるのではありません。心を騒がせてはなりません。恐れてもなりません。 28『私は去って行きますが、あなたがたのところに戻って来ます』と私が言ったのを、あなたがたは聞きました。私を愛しているなら、私が『父のもとへ行く』と言ったことを喜んだでしょう。父は私より偉大だからです。 29今、私はそれが起こる前に、あなたがたに告げました。それが起こった時、あなたがたが信じるためです。 30私はもう、あなたがたと多くは語りません。この世の支配者が来るからです。彼は私に対して何の権利も持っていません。 31しかし、私が父を愛し、父が私に命じられたとおりに行っていることを世が知るためです。立ちなさい。ここから出て行きましょう。」

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第15章

1「私はまことのぶどうの木であり、私の父は農夫です。 2父は、私につながっていて実を結ばない枝をすべて取り除き、実を結ぶ枝をすべて刈り込んで、さらに多くの実を結ぶようにされます。 3あなたがたは、私が語った言葉によって、すでに刈り込まれて清くなっています。 4私のうちにとどまりなさい。そうすれば、私もあなたがたのうちにとどまります。枝がぶどうの木につながっていなければ、自分では実を結ぶことができないように、あなたがたも私のうちにとどまっていなければ、実を結ぶことができません。 5私はぶどうの木、あなたがたは枝です。私のうちにとどまり、私もその人のうちにとどまるなら、その人は多くの実を結びます。私から離れては、あなたがたは何もできないからです。 6だれでも私のうちにとどまらないなら、枝のように外へ投げ捨てられて枯れます。人々はそれらを集めて火に投げ入れ、それらは焼かれます。 7あなたがたが私のうちにとどまり、私の言葉があなたがたのうちにとどまるなら、望むことを何でも求めなさい。そうすれば、あなたがたのためにそれが行われます。」 8「あなたがたが多くの実を結ぶことによって、私の父は栄光を受けられ、あなたがたは私の弟子となります。 9父が私を愛されたように、私もあなたがたを愛しました。私の愛のうちにとどまりなさい。 10あなたがたが私の戒めを守るなら、私の愛のうちにとどまります。私が父の戒めを守って、その愛のうちにとどまっているのと同じです。 11私がこれらのことをあなたがたに話したのは、私の喜びがあなたがたのうちにとどまり、あなたがたの喜びが満ちあふれるためです。」 12「私の戒めはこれです。私があなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。 13人が友のために自分の命を捨てること、これより大きな愛はありません。 14私が命じることを何でも行うなら、あなたがたは私の友です。 15私はもう、あなたがたを僕とは呼びません。僕は主人がしていることを知らないからです。私はあなたがたを友と呼びました。父から聞いたことをすべて、あなたがたに知らせたからです。 16あなたがたが私を選んだのではありません。私があなたがたを選び、任命しました。それは、あなたがたが行って実を結び、その実が残るためです。また、あなたがたが私の名によって父に求めるものを、父が与えてくださるためです。」 17「あなたがたが互いに愛し合うように、私はこれらのことを命じます。 18世があなたがたを憎むなら、あなたがたより先に私を憎んだことを知りなさい。 19あなたがたが世のものであったなら、世は自分のものを愛したでしょう。しかし、あなたがたは世のものではなく、私があなたがたを世から選び出したので、世はあなたがたを憎むのです。 20私があなたがたに言った、『僕はその主人より偉大ではない』という言葉を思い出しなさい。人々が私を迫害したなら、あなたがたをも迫害します。私の言葉を守ったなら、あなたがたの言葉をも守ります。 21しかし、人々は私の名のために、これらのことをすべてあなたがたに行います。私を遣わされた方を知らないからです。 22もし私が来て彼らに語らなかったなら、彼らには罪がなかったでしょう。しかし今では、彼らの罪には弁解の余地がありません。 23私を憎む者は、私の父をも憎みます。 24もし私が、ほかのだれも行わなかった業を彼らの間で行わなかったなら、彼らには罪がなかったでしょう。しかし今、彼らはその業を見たうえで、私と私の父を憎みました。 25しかし、これは彼らの律法に書かれている、『彼らは理由もなく私を憎んだ』という言葉が実現するためです。」 26「私が父のもとからあなたがたに遣わす助け主、すなわち父から出る真理の霊が来る時、その方が私についてあかしします。 27あなたがたもあかしします。初めから私とともにいたからです。」

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第16章

1「私がこれらのことをあなたがたに話したのは、あなたがたがつまずかないためです。 2人々はあなたがたを会堂から追放します。実際、あなたがたを殺す者が皆、それによって神に奉仕していると思う時が来ます。 3人々がこれらのことをするのは、父も私も知らなかったからです。 4しかし、私がこれらのことをあなたがたに話したのは、その時が来た時、私が話しておいたことをあなたがたが思い出すためです。初めからこれらのことを話さなかったのは、私があなたがたとともにいたからです。 5しかし今、私は私を遣わされた方のもとへ行きます。それでも、あなたがたのうちだれも『どこへ行くのですか』とは尋ねません。 6むしろ、私がこれらのことを話したために、あなたがたの心は悲しみで満たされています。 7しかし、私はあなたがたに真実を告げます。私が去って行くことは、あなたがたのためになるのです。私が去って行かなければ、助け主はあなたがたのところに来ません。しかし、私が行けば、その方をあなたがたに遣わします。 8その方が来ると、罪について、義について、裁きについて、世にその誤りを悟らせます。 9罪についてとは、彼らが私を信じないからです。 10義についてとは、私が父のもとへ行き、あなたがたがもはや私を見なくなるからです。 11裁きについてとは、この世の支配者が裁かれたからです。」 12「私にはまだ、あなたがたに話すことがたくさんありますが、あなたがたは今、それに耐えることができません。 13しかし、真理の霊であるその方が来ると、あなたがたをすべての真理へと導きます。その方は自分から語るのではなく、聞いたことを語り、これから起こることをあなたがたに告げるからです。 14その方は私に栄光を与えます。私のものを受けて、あなたがたに告げるからです。 15父が持っておられるものはすべて私のものです。それで、その方が私のものを受けてあなたがたに告げると、私は言ったのです。」 16「もうしばらくすると、あなたがたは私を見なくなります。そして、さらにしばらくすると、私を見ます。」 17そこで弟子たちの何人かが互いに言った。「私たちに、『もうしばらくすると、あなたがたは私を見なくなる。そして、さらにしばらくすると、私を見る』、また『私が父のもとへ行くからだ』と言われるが、これはどういうことだろう。」 18彼らは言った。「『もうしばらくすると』と言われるのは、どういうことだろう。何を言っておられるのか分からない。」 19イエスは、彼らが尋ねたがっていることに気づいて、彼らに言われた。「私が『もうしばらくすると、あなたがたは私を見なくなり、さらにしばらくすると、私を見る』と言ったことについて、互いに尋ね合っているのですか。 20まことに、まことに、あなたがたに告げます。あなたがたは泣き悲しみますが、世は喜びます。あなたがたは悲しみますが、その悲しみは喜びに変わります。 21女は出産する時、その時が来たので苦しみます。しかし子どもを産むと、人がこの世に生まれた喜びのために、その苦痛をもう覚えていません。 22ですから、あなたがたも今は悲しんでいます。しかし、私は再びあなたがたに会います。そうすれば、あなたがたの心は喜び、だれもその喜びをあなたがたから奪いません。」 23「その日には、あなたがたは私に何も尋ねません。まことに、まことに、あなたがたに告げます。あなたがたが私の名によって父に求めるものは何でも、父は与えてくださいます。 24今まで、あなたがたは私の名によって何も求めませんでした。求めなさい。そうすれば受けます。あなたがたの喜びが満ちあふれるためです。」 25「私はこれらのことを比喩であなたがたに話しました。しかし、もはや比喩では話さず、父についてはっきり告げる時が来ます。 26その日には、あなたがたは私の名によって求めます。私があなたがたのために父にお願いするとは言いません。 27父ご自身があなたがたを愛しておられるからです。それは、あなたがたが私を愛し、私が神から来たと信じたからです。 28私は父から出て、この世に来ました。そして再び世を去り、父のもとへ行きます。」 29弟子たちはイエスに言った。「見よ、今ははっきりと話し、比喩を使っておられません。 30今、私たちは、あなたがすべてをご存じで、だれかに尋ねてもらう必要がないことを知っています。それによって、あなたが神から来られたと信じます。」 31イエスは彼らに答えられた。「今、信じているのですか。 32見よ、あなたがたがそれぞれ自分の所へ散らされ、私を一人残す時が来ます。いや、すでに来ています。しかし私は一人ではありません。父が私とともにおられるからです。 33私がこれらのことをあなたがたに話したのは、あなたがたが私にあって平安を得るためです。世にあって、あなたがたには苦難があります。しかし、勇気を出しなさい。私は世に勝ったのです。」

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第17章

1イエスはこれらのことを話すと、目を天に上げて言われた。「父よ、時が来ました。あなたの子に栄光を与えてください。子もあなたに栄光を与えるためです。 2あなたは子にすべての人を治める権威を与えられました。それは、あなたが子に与えられたすべての者に、子が永遠の命を与えるためです。 3永遠の命とは、唯一のまことの神であるあなたと、あなたが遣わされたイエス・キリストを知ることです。 4私は地上であなたの栄光を現しました。あなたが私に行うように与えられた業を成し遂げました。 5父よ、今、世が存在する前にあなたとともに持っていたあの栄光をもって、あなたのみもとで私に栄光を与えてください。」 6「私は、あなたが世から選んで私に与えてくださった人々に、あなたの名を現しました。彼らはあなたのものでしたが、あなたは彼らを私に与えてくださいました。彼らはあなたの言葉を守りました。 7今、彼らは、あなたが私に与えてくださったものがすべてあなたから来たことを知っています。 8あなたが私に与えてくださった言葉を、私は彼らに与えたからです。彼らはそれを受け入れ、私があなたから来たことを確かに知り、あなたが私を遣わされたことを信じました。 9私は彼らのためにお願いします。世のためにお願いするのではなく、あなたが私に与えてくださった者たちのためにお願いします。彼らはあなたのものだからです。 10私のものはすべてあなたのものであり、あなたのものは私のものです。そして私は彼らによって栄光を受けています。 11私はもはや世にはいません。しかし彼らは世におり、私はあなたのもとへ行きます。聖なる父よ、あなたが私に与えてくださった御名によって、彼らを守ってください。私たちと同じように、彼らも一つとなるためです。 12私が彼らとともに世にいた間、私はあなたの名によって彼らを守りました。あなたが私に与えてくださった者たちを守ったので、滅びの子のほかには、だれも失われませんでした。それは聖書の言葉が実現するためでした。 13しかし今、私はあなたのもとへ行きます。彼らのうちに私の喜びが満ちあふれるように、私は世にいてこれらのことを話しています。 14私は彼らにあなたの言葉を与えました。世は彼らを憎みました。私が世のものではないのと同じように、彼らも世のものではないからです。 15私は、彼らを世から取り去るようにではなく、悪い者から守ってくださるようにお願いします。 16私が世のものではないのと同じように、彼らも世のものではありません。 17あなたの真理によって彼らを聖別してください。あなたの言葉は真理です。 18あなたが私を世に遣わされたように、私も彼らを世に遣わしました。 19彼らのために、私は自分自身を聖別します。彼ら自身も真理によって聖別されるためです。」 20「私はこの人々のためだけでなく、彼らの言葉によって私を信じる人々のためにもお願いします。 21父よ、あなたが私のうちにおられ、私があなたのうちにいるように、彼らが皆一つとなり、彼らも私たちのうちに一つとなるためです。それは、あなたが私を遣わされたことを世が信じるためです。 22あなたが私に与えてくださった栄光を、私は彼らに与えました。私たちが一つであるように、彼らも一つとなるためです。 23私が彼らのうちに、あなたが私のうちにおられるのは、彼らが完全に一つとなるためです。それによって、あなたが私を遣わされ、私を愛されたように彼らをも愛されたことを、世が知るためです。 24父よ、あなたが私に与えてくださった者たちも、私のいる所に私とともにいることを、私は望みます。あなたが私に与えてくださった私の栄光を、彼らが見るためです。世の基が据えられる前から、あなたは私を愛してくださったからです。 25義なる父よ、世はあなたを知りませんでしたが、私はあなたを知っていました。そしてこの人々は、あなたが私を遣わされたことを知っています。 26私は彼らにあなたの名を知らせました。これからも知らせます。それは、あなたが私を愛してくださった愛が彼らのうちにあり、私も彼らのうちにいるためです。」

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第18章

1イエスはこれらのことを話し終えると、弟子たちとともにキデロンの小川の向こうへ出て行かれた。そこには園があり、イエスと弟子たちはその中に入った。 2イエスを裏切ったユダもその場所を知っていた。イエスがたびたび弟子たちとそこで集まっておられたからである。 3そこでユダは、一隊の兵士と、祭司長たちやパリサイ人たちから遣わされた下役たちを引き連れ、灯火やたいまつや武器を持ってそこへ来た。 4イエスは、ご自分の身に起ころうとしていることをすべて知っておられたので、進み出て彼らに言われた。「だれを捜しているのですか。」 5彼らは「ナザレのイエスだ」と答えた。イエスは彼らに言われた。「私がその者です。」イエスを裏切ったユダも、彼らと一緒に立っていた。 6イエスが彼らに「私がその者です」と言われると、彼らは後ずさりして地に倒れた。 7そこでイエスはもう一度、彼らに尋ねられた。「だれを捜しているのですか。」彼らは「ナザレのイエスだ」と言った。 8イエスは答えられた。「私がその者だと言ったではありませんか。私を捜しているのなら、この人たちは行かせなさい。」 9これは、イエスが語られた「あなたが私に与えてくださった者たちのうち、一人も失いませんでした」という言葉が実現するためであった。 10するとシモン・ペテロは剣を持っていたので、それを抜き、大祭司の僕に打ちかかって、その右の耳を切り落とした。その僕の名はマルコスであった。 11そこでイエスはペテロに言われた。「剣をさやに収めなさい。父が私に与えられた杯を、どうして飲まずにいられるでしょうか。」 12そこで一隊の兵士と千人隊長、ユダヤ人たちの下役たちはイエスを捕らえて縛り、 13まずアンナスのもとへ連れて行った。アンナスは、その年の大祭司カヤパのしゅうとだったからである。 14カヤパは、一人の人が民のために死ぬほうがよいとユダヤ人たちに助言した者であった。 15シモン・ペテロともう一人の弟子が、イエスについて行った。その弟子は大祭司に知られていたので、イエスとともに大祭司の屋敷の中庭に入った。 16しかし、ペテロは外で門のところに立っていた。そこで、大祭司に知られていたもう一人の弟子が出て来て、門番の女に話し、ペテロを中に入れた。 17すると門番の女中がペテロに言った。「あなたもこの人の弟子の一人ではありませんか。」ペテロは「違う」と言った。 18寒かったので、僕たちと下役たちは炭火を起こし、立って暖まっていた。ペテロも彼らと一緒に立って暖まっていた。 19そこで大祭司はイエスに、弟子たちのことと教えのことを尋ねた。 20イエスは彼に答えられた。「私は世に向かって公然と語りました。いつも会堂や宮で、すべてのユダヤ人が集まる所で教えました。隠れて語ったことは何もありません。 21なぜ私に尋ねるのですか。私が彼らに何を話したか、聞いた人々に尋ねなさい。見よ、彼らは私が話したことを知っています。」 22イエスがこう言われると、そばに立っていた下役の一人がイエスを平手で打ち、「大祭司にそのように答えるのか」と言った。 23イエスは彼に答えられた。「私が悪いことを言ったのなら、何が悪いのかを示しなさい。しかし正しいことを言ったのなら、なぜ私を打つのですか。」 24アンナスはイエスを縛ったまま、大祭司カヤパのもとへ送った。 25シモン・ペテロは立って暖まっていた。すると人々は彼に言った。「あなたもあの人の弟子の一人ではないだろうな。」ペテロはそれを否み、「違う」と言った。 26大祭司の僕の一人で、ペテロに耳を切り落とされた者の親族が言った。「あなたがあの人と一緒に園にいるのを、私は見なかったか。」 27ペテロは再び否んだ。するとすぐに鶏が鳴いた。 28人々はイエスをカヤパのもとから総督官邸へ連れて行った。早朝であった。彼ら自身は汚れずに過越の食事をするため、総督官邸には入らなかった。 29そこでピラトは彼らのところへ出て来て言った。「この人に対して、どのような訴えを起こすのか。」 30彼らは答えた。「この男が悪事を働く者でなかったなら、あなたに引き渡しはしませんでした。」 31そこでピラトは彼らに言った。「あなたがたがこの男を引き取り、自分たちの律法に従って裁きなさい。」するとユダヤ人たちは彼に言った。「私たちには、だれかを死刑にすることは許されていません。」 32これは、ご自分がどのような死に方で死ぬかを示して語られた、イエスの言葉が実現するためであった。 33そこでピラトは再び総督官邸に入り、イエスを呼んで言った。「あなたはユダヤ人の王なのか。」 34イエスは彼に答えられた。「あなたは自分からそう言うのですか。それとも、ほかの人々が私についてあなたに話したのですか。」 35ピラトは答えた。「私はユダヤ人ではない。あなたの同胞と祭司長たちが、あなたを私に引き渡したのだ。あなたは何をしたのか。」 36イエスは答えられた。「私の国はこの世のものではありません。もし私の国がこの世のものであったなら、私がユダヤ人たちに引き渡されないように、私の僕たちは戦ったでしょう。しかし今、私の国はここから来たものではありません。」 37そこでピラトはイエスに言った。「それでは、あなたは王なのか。」イエスは答えられた。「あなたの言うとおり、私は王です。私はこのために生まれ、このために世に来ました。真理についてあかしするためです。真理に属する者は皆、私の声を聞きます。」 38ピラトはイエスに言った。「真理とは何か。」こう言ってから、ピラトは再びユダヤ人たちのところへ出て行き、彼らに言った。「私はこの男に何の罪状も認めない。 39しかし、過越の祭りには、私があなたがたのために一人を釈放する慣例がある。それで、ユダヤ人の王を釈放してほしいか。」 40すると彼らは皆、再び叫んだ。「この男ではない。バラバを釈放しろ。」バラバは強盗であった。

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第19章

1そこでピラトはイエスを引き取り、むちで打たせた。 2兵士たちは茨を編んで冠を作り、イエスの頭にかぶせ、紫の衣を着せた。 3そして「ユダヤ人の王、万歳」と繰り返し言いながら、イエスを平手で打ち続けた。 4ピラトは再び外へ出て行き、彼らに言った。「見よ、私はこの男をあなたがたの前に連れ出す。私がこの男に何の罪状も認めないことを、あなたがたに知らせるためだ。」 5そこでイエスは、茨の冠をかぶり、紫の衣を着て、外へ出て来られた。ピラトは彼らに言った。「見よ、この人だ。」 6祭司長たちと下役たちはイエスを見ると、「十字架につけろ。十字架につけろ」と叫んだ。ピラトは彼らに言った。「あなたがたがこの男を引き取り、十字架につけなさい。私はこの男に何の罪状も認めない。」 7ユダヤ人たちは彼に答えた。「私たちには律法があり、私たちの律法によれば、この男は死ななければなりません。自分を神の子としたからです。」 8ピラトはこの言葉を聞くと、ますます恐れた。 9そして再び総督官邸に入り、イエスに「あなたはどこから来たのか」と言った。しかし、イエスは何もお答えにならなかった。 10そこでピラトはイエスに言った。「私に答えないのか。私にはあなたを釈放する権力も、十字架につける権力もあることを知らないのか。」 11イエスは答えられた。「上から与えられていなければ、あなたには私に対する何の権限もないでしょう。ですから、私をあなたに引き渡した者には、より大きな罪があります。」 12これを聞いて、ピラトはイエスを釈放しようと努めた。しかしユダヤ人たちは叫んだ。「この男を釈放するなら、あなたはカエサルの友ではない。自分を王とする者は皆、カエサルに逆らう者だ。」 13そこでピラトはこれらの言葉を聞くと、イエスを外へ連れ出し、「敷石」と呼ばれ、ヘブル語では「ガバタ」と呼ばれる場所で、裁判の席に着いた。 14その日は過越の祭りの備えの日で、時刻は第六時ごろであった。ピラトはユダヤ人たちに言った。「見よ、あなたがたの王だ。」 15彼らは叫んだ。「連れて行け。連れて行け。十字架につけろ。」ピラトは彼らに言った。「あなたがたの王を十字架につけるのか。」祭司長たちは答えた。「私たちにはカエサルのほかに王はいません。」 16そこでピラトは、イエスを十字架につけさせるために彼らに引き渡した。彼らはイエスを引き取り、連れて行った。 17イエスはご自分で十字架を背負い、「どくろの場所」と呼ばれ、ヘブル語で「ゴルゴタ」と呼ばれる所へ出て行かれた。 18そこで彼らはイエスを十字架につけ、イエスとともにほかの二人を、一人ずつ両側に、イエスを真ん中にして十字架につけた。 19ピラトは罪状書きも書いて、十字架の上に掲げた。そこには「ナザレのイエス、ユダヤ人の王」と書かれていた。 20多くのユダヤ人がこの罪状書きを読んだ。イエスが十字架につけられた場所は都に近く、それがヘブル語、ラテン語、ギリシャ語で書かれていたからである。 21そこでユダヤ人の祭司長たちはピラトに言った。「『ユダヤ人の王』と書かず、『この男は「私はユダヤ人の王だ」と言った』と書いてください。」 22ピラトは答えた。「私が書いたことは、書いたままにしておく。」 23兵士たちはイエスを十字架につけると、その衣を取って四つに分け、それぞれの兵士に一つずつ与えた。下着も取ったが、その下着には縫い目がなく、上から下まで一枚織りであった。 24そこで彼らは互いに言った。「これは裂かずに、だれのものになるか、くじを引いて決めよう。」これは、次の聖書の言葉が実現するためであった。「彼らは私の衣を分け合い、私の服をくじ引きにした。」兵士たちはこのように行った。 25イエスの十字架のそばには、イエスの母、その母の姉妹、クロパの妻マリア、マグダラのマリアが立っていた。 26イエスは母と、ご自分が愛しておられた弟子がそばに立っているのを見て、母に言われた。「婦人よ、見よ、あなたの息子です。」 27それから、その弟子に言われた。「見よ、あなたの母です。」その時から、その弟子は彼女を自分の家に迎えた。 28この後、イエスはすべてのことがすでに終わったのを見て、聖書の言葉が実現するために、「渇く。」と言われた。 29そこには酸いぶどう酒をいっぱい入れた器が置いてあった。そこで人々は、そのぶどう酒をたっぷり含ませた海綿をヒソプにつけ、イエスの口もとに差し出した。 30イエスはその酸いぶどう酒を受けると、「成し遂げられた。」と言われた。そして頭を垂れ、ご自分の霊をお渡しになった。 31その日は備えの日であった。その安息日は特別な日だったので、ユダヤ人たちは安息日に遺体を十字架に残しておかないため、彼らの脚を折って、遺体を取り降ろすようピラトに願った。 32そこで兵士たちが来て、イエスとともに十字架につけられた最初の者と、もう一人の者の脚を折った。 33しかしイエスのところに来て、すでに死んでおられるのを見ると、その脚は折らなかった。 34けれども、兵士の一人が槍でイエスの脇腹を突き刺すと、すぐに血と水が流れ出た。 35それを見た者があかしした。そのあかしは真実である。彼は自分が真実を語っていることを知っている。それは、あなたがたも信じるためである。 36これらのことが起こったのは、「その骨は一本も折られない」という聖書の言葉が実現するためであった。 37また別の聖書の言葉には、「彼らは自分たちが突き刺した者を見上げる」とある。 38これらのことの後、アリマタヤのヨセフが、イエスの体を引き取らせてほしいとピラトに願った。彼はイエスの弟子であったが、ユダヤ人たちを恐れて、そのことを隠していた。ピラトは許可した。そこで彼は来て、イエスの体を引き取った。 39初め夜にイエスのもとへ来たニコデモも、没薬とアロエを混ぜたものを百ローマ・ポンドほど持って来た。 40そこで彼らはイエスの体を取り、ユダヤ人の埋葬の習慣に従って、香料とともに亜麻布で包んだ。 41イエスが十字架につけられた場所には園があり、その園には、まだだれも葬られたことのない新しい墓があった。 42その日はユダヤ人の備えの日であり、その墓が近かったので、彼らはそこにイエスを納めた。

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第20章

1週の初めの日、まだ暗いうちに、マグダラのマリアが墓へ行くと、墓から石が取り除かれているのを見た。 2そこで彼女は走ってシモン・ペテロと、イエスが愛しておられたもう一人の弟子のところへ行き、彼らに言った。「だれかが墓から主を取り去りました。どこに主を置いたのか、私たちには分かりません。」 3そこでペテロともう一人の弟子は外へ出て、墓に向かった。 4二人は一緒に走ったが、もう一人の弟子がペテロより速く走り、先に墓に着いた。 5彼は身をかがめて中をのぞき、亜麻布が置いてあるのを見たが、中には入らなかった。 6その後を追ってシモン・ペテロも来て、墓の中に入った。彼は亜麻布が置いてあるのと、 7イエスの頭に巻かれていた布が、亜麻布と一緒ではなく、別の所に巻いたまま置いてあるのを見た。 8そこで、先に墓に着いたもう一人の弟子も中に入り、見て、信じた。 9彼らはまだ、イエスが死者の中からよみがえらなければならないという聖書の言葉を理解していなかったのである。 10それから弟子たちは、再び自分たちの家へ帰って行った。 11しかしマリアは、墓の外に立って泣いていた。泣きながら身をかがめて墓の中をのぞくと、 12白い衣を着た二人の御使いが、イエスの体が置かれていた所に、一人は頭のほうに、一人は足のほうに座っているのが見えた。 13彼らはマリアに言った。「婦人よ、なぜ泣いているのですか。」彼女は彼らに言った。「だれかが私の主を取り去りました。どこに主を置いたのか、私には分かりません。」 14こう言ってから、彼女は後ろを振り向き、イエスが立っておられるのを見た。しかし、それがイエスだとは分からなかった。 15イエスは彼女に言われた。「婦人よ、なぜ泣いているのですか。だれを捜しているのですか。」彼女は園の番人だと思い、その人に言った。「あなたがあの方を運び去ったのでしたら、どこに置いたのか教えてください。私が引き取ります。」 16イエスは彼女に言われた。「マリア。」彼女は振り向いて、イエスに「ラボニ」と言った。これは「先生」という意味である。 17イエスは彼女に言われた。「私にすがりついていてはなりません。私はまだ父のもとへ上っていないからです。私の兄弟たちのところへ行き、『私は、私の父であり、あなたがたの父である方、私の神であり、あなたがたの神である方のもとへ上ります』と告げなさい。」 18マグダラのマリアは弟子たちのところへ行き、自分が主を見たこと、また主がこれらのことを彼女に言われたことを告げた。 19その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちが集まっていた所の戸は、ユダヤ人たちを恐れて鍵がかけられていた。そこへイエスが来て真ん中に立ち、彼らに言われた。「あなたがたに平安があるように。」 20こう言ってから、イエスは彼らに手と脇腹を見せられた。弟子たちは主を見て喜んだ。 21そこでイエスは再び彼らに言われた。「あなたがたに平安があるように。父が私を遣わされたように、私もあなたがたを遣わします。」 22こう言ってから、彼らに息を吹きかけて言われた。「聖霊を受けなさい。 23あなたがたがだれかの罪を赦すなら、その罪は赦されています。だれかの罪を赦さずにおくなら、その罪は赦されずに残っています。」 24十二人の一人で、ディディモと呼ばれるトマスは、イエスが来られた時、彼らと一緒にいなかった。 25そこで、ほかの弟子たちは彼に言った。「私たちは主を見た。」しかし彼は言った。「私はその手に釘の跡を見て、その釘の跡に指を入れ、その脇腹に手を入れなければ、決して信じない。」 26八日後、弟子たちは再び家の中におり、トマスも彼らと一緒にいた。戸には鍵がかけられていたが、イエスが来て真ん中に立ち、言われた。「あなたがたに平安があるように。」 27それからトマスに言われた。「あなたの指をここに伸ばして、私の手を見なさい。手を伸ばして、私の脇腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」 28トマスはイエスに答えた。「私の主、私の神よ。」 29イエスは彼に言われた。「あなたは私を見たので、信じたのです。見ないで信じた人々は幸いです。」 30イエスは弟子たちの前で、この書に記されていないほかの多くのしるしも行われた。 31しかし、これらのことが記されたのは、イエスがキリスト、神の子であるとあなたがたが信じ、信じることによってイエスの名にあって命を得るためである。

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第21章

1これらのことの後、イエスはティベリアス湖畔で、再び弟子たちにご自分を現された。その現れ方はこうであった。 2シモン・ペテロ、ディディモと呼ばれるトマス、ガリラヤのカナ出身のナタナエル、ゼベダイの息子たち、それにほかの二人の弟子が一緒にいた。 3シモン・ペテロが彼らに「私は漁に行く」と言った。彼らは「私たちも一緒に行こう」と言った。彼らはすぐに出て行って舟に乗り込んだ。しかし、その夜は何も捕れなかった。 4すでに夜が明けたころ、イエスが岸辺に立っておられた。しかし弟子たちには、それがイエスだと分からなかった。 5そこでイエスは彼らに言われた。「子どもたちよ、何か食べる物がありますか。」彼らは「ありません」と答えた。 6イエスは彼らに言われた。「舟の右側に網を投げなさい。そうすれば見つかります。」そこで彼らは網を投げた。すると魚があまりに多く、網を引き上げることができなかった。 7そこで、イエスが愛しておられた弟子がペテロに言った。「主だ。」シモン・ペテロは主だと聞くと、裸だったので上着を身にまとい、湖に飛び込んだ。 8ほかの弟子たちは小舟でやって来た。陸から二百キュビトほどしか離れていなかったので、魚でいっぱいの網を引いて来たのである。 9彼らが陸に上がると、そこに炭火があり、その上に魚とパンが置いてあるのが見えた。 10イエスは彼らに言われた。「今捕った魚を何匹か持って来なさい。」 11シモン・ペテロは舟に上がり、百五十三匹もの大きな魚でいっぱいの網を陸へ引き上げた。それほど多かったのに、網は破れなかった。 12イエスは彼らに言われた。「さあ、朝食を取りなさい。」弟子たちは、主であることが分かっていたので、「あなたはどなたですか」とあえて尋ねる者はいなかった。 13イエスは来てパンを取り、彼らに与えられた。魚も同じようにされた。 14イエスが死者の中からよみがえった後、弟子たちに現れたのは、これで三度目であった。 15彼らが朝食を終えると、イエスはシモン・ペテロに言われた。「ヨナの子シモン、あなたは、これら以上に私を愛していますか。」ペテロはイエスに言った。「はい、主よ。私があなたを慕っていることは、あなたがご存じです。」イエスは彼に言われた。「私の子羊を養いなさい。」 16イエスは再び二度目に彼に言われた。「ヨナの子シモン、私を愛していますか。」ペテロはイエスに言った。「はい、主よ。私があなたを慕っていることは、あなたがご存じです。」イエスは彼に言われた。「私の羊を世話しなさい。」 17イエスは三度目に彼に言われた。「ヨナの子シモン、私を愛していますか。」ペテロは、イエスが三度目に「私を慕っていますか」と尋ねられたので、悲しくなった。そしてイエスに言った。「主よ、あなたはすべてをご存じです。私があなたを慕っていることを、あなたはご存じです。」イエスは彼に言われた。「私の羊を養いなさい。 18まことに、まことに、あなたに告げます。あなたは若かった時、自分で帯を締め、行きたい所を歩きました。しかし年を取ると、あなたは両手を伸ばし、ほかの人があなたに帯を締め、行きたくない所へ連れて行きます。」 19イエスは、ペテロがどのような死に方で神に栄光を与えるかを示すために、こう言われたのである。そして、こう言ってから彼に言われた。「私に従いなさい。」 20ペテロが振り向くと、一人の弟子がついて来るのが見えた。それはイエスが愛しておられた弟子で、夕食の時にもイエスの胸もとに寄りかかり、「主よ、あなたを裏切ろうとしているのはだれですか」と尋ねた者であった。 21ペテロは彼を見て、イエスに言った。「主よ、この人はどうなるのですか。」 22イエスは彼に言われた。「私が来るまで彼がとどまることを私が望んだとしても、それがあなたに何の関わりがありますか。あなたは私に従いなさい。」 23そこで、この弟子は死なないという言葉が兄弟たちの間に広まった。しかしイエスは、彼が死なないと言われたのではなく、「私が来るまで彼がとどまることを私が望んだとしても、それがあなたに何の関わりがありますか」と言われたのである。 24これらのことについてあかしし、これらのことを書いたのは、この弟子である。われわれは、彼のあかしが真実であることを知っている。 25イエスが行われたことは、ほかにもたくさんある。それを一つ一つ書き記したなら、この世界さえ、書かれる書物を収めきれないだろうと私は思う。

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フリーダム・バイブル(草案・パブリックドメイン・eBible.org)。本文はeBible.orgより、文言を変えずに掲載しています(脚注は省略)。

第1章

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1元始(はじめ)に御言(みことば)あり、御言(みことば)神(かみ)の御許(おんもと)に在(あ)り、御言(みことば)は神(かみ)にてありたり。 2是(これ)元始(はじめ)に神(かみ)の御許(おんもと)に在(あり)たるものにして、 3萬物(ばんぶつ)之(これ)に由(よ)りて成(な)れり、成(な)りしものの一(ひとつ)も、之(これ)に由(よ)らずして成(な)りたるはあらず。 4之(これ)がうちに生命(せいめい)ありて、生命(せいめい)又(また)人間(にんげん)の光(ひかり)たりしが、 5光(ひかり)闇(やみ)に照(て)ると雖(いへど)も、闇(やみ)之(これ)を曉(さと)らざりき。 6神(かみ)より遣(つか)はされて、名(な)をヨハネと云(い)へる人(ひと)ありしが、 7其(その)來(きた)りしは證明(しようめい)の爲(ため)にして、光(ひかり)を證明(しようめい)し、凡(すべ)ての人(ひと)をして己(おのれ)に籍(よ)りて信(しん)ぜしめん爲(ため)なりき。 8彼(かれ)は光(ひかり)に非(あら)ずして、光(ひかり)を證明(しようめい)すべき者(もの)たりしなり。 9[御言(みことば)こそ、]此(この)世(よ)に出來(いできた)る凡(すべ)ての人(ひと)を照(て)らす眞(まこと)の光(ひかり)なりけれ。 10曾(かつ)て世(よ)に在(あ)り、世(よ)又(また)之(これ)に由(よ)りて成(な)りたれども、世(よ)之(これ)を知(し)らず、 11己(おの)が方(かた)に來(きた)りしも、其(その)族(やから)之(これ)を承(う)けざりき。 12然(さ)れど之(これ)を承(う)けし人々(ひとびと)には各(おのおの)神(かみ)の子(こ)となるべき權能(けんのう)を授(さづ)けたり。是(これ)卽(すなは)ち其(その)名(な)を信(しん)ずる者(もの)、 13血統(ちすぢ)に由(よ)らず、肉(にく)の意(い)に由(よ)らず、人(ひと)の意(い)に由(よ)らず、神(かみ)に由(よ)りて生(うま)れ奉(たてまつ)りたる者(もの)なり。 14斯(かく)て御言(みことば)は肉(にく)と成(な)りて、我(われ)等(ら)の中(うち)に宿(やど)り給(たま)へり、我(われ)等(ら)は其(その)光榮(くわうえい)を見(み)奉(たてまつ)りしが、其(そ)は父(ちち)より來(きた)れる獨子(ひとりご)の如(ごと)き光榮(くわうえい)なりき、卽(すなは)ち恩寵(おんちよう)と眞理(しんり)とに滿(み)ち給(たま)ひしなり。 15ヨハネは彼(かれ)に就(つ)きて證明(しようめい)し、呼(よば)はりて曰(いは)く、我(われ)より後(のち)に來(きた)るべき人(ひと)は、我(われ)に先(さきだ)ちて存(そん)したるが故(ゆゑ)に我(われ)より先(さき)にせられたり、と云(い)ひて我(わ)が曾(かつ)て指示(さししめ)ししは是(これ)なり、と。 16斯(かく)て我(われ)等(ら)は皆(みな)其(その)充滿(じゆうまん)せる所(ところ)より授(さづ)かりて、恩寵(おんちよう)に恩寵(おんちよう)を加(くは)へられたり。 17蓋(けだし)律法(りつぱふ)はモイゼを以(もつ)て與(あた)へられたるも、恩寵(おんちよう)と眞理(しんり)とはイエズス、キリストを以(もつ)て成(な)りたるなり。 18誰(たれ)も曾(かつ)て神(かみ)を見(み)奉(たてまつ)りし人(ひと)はあらず、父(ちち)の御(おん)懷(ふところ)に在(ましま)す獨子(ひとりご)の自(みづか)ら說(と)き顯(あらは)し給(たま)ひしなり。 19抑(そもそも)ヨハネの證明(しようめい)は次(つぎ)の如(ごと)し。ユデア人(じん)がエルザレムより司祭(しさい)及(およ)びレヴィ人(じん)等(ら)を彼(かれ)に遣(つか)はして、汝(なんぢ)は誰(たれ)なるぞ、と問(と)はしめし時(とき)、 20彼(かれ)は宣言(せんげん)せしが、否(いな)む事(こと)なくして、我(われ)キリストに非(あら)ずと宣言(せんげん)せり。 21彼等(かれら)、然(しか)らば何(なん)ぞや、汝(なんぢ)はエリアなるか、と問(と)ひしに、彼(かれ)、然(しか)らずと云(い)ひ、[彼(かの)]預言(よげん)者(しや)なるか、と云(い)ひしに、否(いな)と答(こた)へたり。 22斯(かく)て彼等(かれら)、汝(なんぢ)は誰(たれ)なるぞ、我(われ)等(ら)を遣(つか)はしし人々(ひとびと)に答(こた)ふる事(こと)を得(え)しめよ、自(みづか)ら己(おのれ)を何(なん)と稱(しよう)するぞ、と云(い)ひしかば、 23彼(かれ)云(い)ひけるは、我(われ)は預言(よげん)者(しや)イザヤの云(い)ひし如(ごと)く、「汝(なんぢ)等(ら)主(しゆ)の道(みち)を平(たひら)にせよ」と野(の)に呼(よば)はる者(もの)の聲(こゑ)なり、と。 24此(この)遣(つか)はされし人々(ひとびと)はファリザイの徒(ともがら)なりしが、 25又(また)ヨハネに問(と)ひて、然(しか)らば汝(なんぢ)はキリストにも非(あら)ず、エリアにも非(あら)ず、[彼(かの)]預言(よげん)者(しや)にも非(あら)ざるに、何(なん)ぞ洗(せん)するや、と云(い)ひしに 26ヨハネ答(こた)へて云(い)ひけるは、我(われ)は水(みづ)にて洗(せん)すれども、汝(なんぢ)等(ら)の中(うち)に、汝(なんぢ)等(ら)の知(し)らざる一個(ひとり)の人(ひと)立(た)てり、 27是(これ)ぞ我(わが)後(のち)に來(きた)るべき者(もの)、我(われ)より先(さき)にせられたる者(もの)にして、我(われ)は其(その)履(はきもの)の紐(ひも)を解(と)くにだも堪(た)へず、と。 28此(この)等(ら)の事(こと)は、ヨハネの洗(せん)しつつありしヨルダン[河(がは)]の彼方(かなた)、ベタニアにて成(な)りき。 29明日(あくるひ)ヨハネ、イエズスの己(おのれ)に來(きた)り給(たま)ふを見(み)て云(い)ひけるは、看(み)よ神(かみ)の羔(こひつじ)を、看(み)よ世(よ)の罪(つみ)を除(のぞ)き給(たま)ふ者(もの)を。 30我(わ)が曾(かつ)て、我(われ)より後(のち)に來(きた)る者(もの)あり、我(われ)より先(さき)に存(そん)したるが故(ゆゑ)に我(われ)より先(さき)にせられたり、と云(い)ひて指示(さししめ)ししは是(これ)なり。 31我(われ)原(もと)之(これ)を知(し)らざりしかど、水(みづ)にて洗(せん)しつつ來(きた)れるは、彼(かれ)をイスラエルに於(おい)て顯(あらは)れしめん爲(ため)なり、と。 32ヨハネ又(また)證明(しようめい)して云(い)ひけるは、我(われ)は[聖(せい)]靈(れい)が鳩(はと)の如(ごと)く天(てん)より降(くだ)りて彼(かれ)の上(うへ)に止(とどま)り給(たま)ふを見(み)たり。 33我(われ)原(もと)彼(かれ)を知(し)らざりしかど、我(われ)を遣(つか)はして水(みづ)にて洗(せん)せしめ給(たま)へえるもの、我(われ)に曰(のたま)ひけらく、汝(なんぢ)[聖(せい)]靈(れい)の降(くだ)りて人(ひと)の上(うへ)に止(とどま)り給(たま)ふを見(み)ば、是(これ)ぞ聖靈(せいれい)にて洗(せん)する者(もの)なる、と。 34斯(かく)て我(われ)之(これ)を目擊(もくげき)して、彼(かれ)が神(かみ)の御子(おんこ)たる事(こと)を證明(しようめい)したるなり、と。 35翌日(よくじつ)ヨハネ又弟子(またでし)兩人(ふたり)と共(とも)に立(た)ち居(ゐ)て、 36イエズスの步(あゆ)み給(たま)ふを見(み)、看(み)よ神(かみ)の羔(こひつじ)を、と云(い)ひしかば、 37二人(ふたり)の弟子(でし)斯(か)く語(かた)るを聞(き)きて、イエズスに隨(したがひ)行(ゆ)きしに、 38イエズス回顧(ふりかへ)りて其(その)從(したが)へるを見(み)、之(これ)に曰(のたま)ひけるは、汝(なんぢ)等(ら)何(なに)を求(もと)むるぞ、と。彼等(かれら)、ラビ――譯(やく)せば師(し)よ――何處(いづこ)に住(す)み給(たま)ふぞ、と云(い)ひしかば、 39イエズス、來(き)て見(み)よ、と曰(のたま)へり、彼等(かれら)往(ゆ)きてイエズスの住(す)み給(たま)ふ處(ところ)を見(み)、其(その)日(ひ)は其處(そこ)に留(とどま)れり。時(とき)は四時(よじ)頃(ごろ)なりき。 40シモンペトロの兄弟(きやうだい)アンデレアは、ヨハネより聞(き)きてイエズスに從(したが)ひし兩人(ふたり)の其(その)一人(ひとり)なりしが、 41先(まづ)其(その)兄弟(きやうだい)シモンに出(いで)逢(あ)ひて之(これ)に云(い)ひけるは、我(われ)等(ら)メッシア――譯(やく)せばキリスト――に遇(あ)へり、と。 42斯(かく)て之(これ)をイエズスの許(もと)に連(つれ)來(きた)りしに、イエズス之(これ)を熟視(みつ)めて曰(のたま)ひけるは、汝(なんぢ)はヨナの子(こ)シモンなり、ケファ――譯(やく)せばペトロ――と名(なづ)けられん、と。 43次日(つぎのひ)ガリレアに往(ゆ)かんとして、フィリッポに遇(あ)ひ給(たま)ひしかば、イエズス、我(われ)に從(したが)へ、と曰(のたま)ひしが、 44フィリッポは、アンデレアとペトロとの故鄕(こきやう)なる、ベッサイダの人(ひと)なりき。 45フィリッポナタナエルに遇(あ)ひて云(い)ひけるは、我(われ)等(ら)モイゼの律法(りつぱふ)にも預言(よげん)者(しや)等(たち)にも錄(かきしる)されし人(ひと)に遇(あ)へり、卽(すなは)ちナザレトのヨゼフの子(こ)イエズスなり、と。 46ナタナエル、何等(なんら)の善(よ)き者(もの)かナザレトより出(い)づるを得(え)んや、と云(い)ひしかば、フィリッポ、來(き)て見(み)よ、と云(い)へり。 47イエズスナタナエルの己(おのれ)に來(きた)るを見(み)給(たま)ひ、之(これ)を指(さ)して、是(これ)實(げ)に野心(やしん)なきイスラエル人(じん)なり、と曰(のたま)へば、 48ナタナエル、如何(いか)にして我(われ)を知(し)り給(たま)ふぞ、と云(い)ひしに、イエズス答(こた)へて曰(のたま)ひけるは、フィリッポが汝(なんぢ)を呼(よ)ぶ前(まへ)に、我(われ)汝(なんぢ)が無花果(いちじくの)樹(き)の下(した)に居(を)るを見(み)たり、と。 49ナタナエル答(こた)へて、ラビ汝(なんぢ)は神(かみ)の御子(おんこ)なり、イスラエルの王(わう)なり、と云(い)ひしかば、 50イエズス答(こた)へて曰(のたま)ひけるは、汝(なんぢ)が信(しん)じたるは、我(われ)汝(なんぢ)が無花果(いちじくの)樹(き)の下(した)に居(を)るを見(み)たりと告(つ)げしによりてなり。汝(なんぢ)、之(これ)よりも更(さら)に大(おほ)いなる事(こと)を見(み)ん、と。 51又(また)之(これ)に曰(のたま)ひけるは、誠(まこと)に實(まこと)に汝(なんぢ)等(ら)に告(つ)ぐ、汝(なんぢ)等(ら)は天(てん)開(ひら)けて神(かみ)の使(つかひ)等(たち)が人(ひと)の子(こ)の上(うへ)に陟(のぼり)降(くだり)するを見(み)るべし、と。

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第2章

1三日(みつか)目(め)にガリレアのカナに婚筵(こんえん)ありて、イエズスの母(はは)其處(そこ)に居(を)れるに、 2イエズスも弟子(でし)等(たち)と共(とも)に招(まぬ)かれ給(たま)へり。 3酒(さけ)盡(つ)きければ、母(はは)イエズスに向(むか)ひ、彼等(かれら)酒(さけ)なし、と云(い)ひしに、 4イエズス、婦人(ふじん)よ、其(そ)は我(われ)と汝(なんぢ)とに何(なに)かある、我(わが)時(とき)未(いま)だ來(きた)らずと曰(のたま)ひしかば、 5母(はは)は給仕(きふじ)等(ら)に向(むか)ひて、彼(かれ)が汝(なんぢ)等(ら)に言(い)ふ所(ところ)は、何(なに)にもあれ之(これ)を爲(な)せ、と言(いひ)置(お)けり。 6然(さ)てユデア人(じん)が潔(きよめ)の習慣(ならはし)に隨(したが)ひて、其處(そこ)に二三斗(と)入(いり)の石(いし)甕(がめ)六個(むつ)備(そな)へありしが、 7イエズス給仕(きふじ)等(ら)に、水(みづ)を甕(かめ)に滿(み)てよ、と曰(のたま)ひければ、彼等(かれら)口(くち)まで滿(み)たししに、 8イエズス又(また)、今(いま)汲(くみ)取(と)りて筵司(ふるまひつかさ)に持(もち)行(ゆ)け、と曰(のたま)ひしかば卽(すなは)ち持(もち)行(ゆ)けり。 9筵司(ふるまひつかさ)、酒(さけ)に化(くわ)したる水(みづ)を嘗(な)むるや、給仕(きふじ)等(ら)は其(その)由(よ)りて來(きた)る所(ところ)を知(し)れども己(おのれ)は之(これ)を知(し)らざれば、新郞(はなむこ)を呼(よ)び、 10之(これ)に向(むか)ひて、誰(たれ)も先(まづ)佳(よ)酒(さけ)を出(いだ)して、人々(ひとびと)の醉(ゑ)へるに至(いた)りて劣(おと)れる物(もの)を出(いだ)すに、汝(なんぢ)は佳(よき)酒(さけ)を今(いま)まで取(とり)置(お)けるよ、と云(い)へり。 11是(これ)イエズスの奇蹟(きせき)の始(はじめ)にして、之(これ)をガリレアのカナに行(おこな)ひ、己(おの)が光榮(くわうえい)を顯(あらは)し給(たま)ひしかば、弟子(でし)等(たち)之(これ)を信仰(しんかう)せり。 12其(その)後(のち)イエズス、母(はは)、兄弟(きやうだい)、及(およ)び弟子(でし)等(たち)と共(とも)に、カファルナウムに下(くだ)り給(たま)ひしが、皆(みな)其處(そこ)に留(とどま)る事(こと)久(ひさ)しからざりき。 13ユデア人(じん)の過越(すぎこしの)祭(まつり)近(ちか)づきければ、イエズスエルザレムに上(のぼ)り、 14[神(しん)]殿(でん)の内(うち)にて牛(うし)、羊(ひつじ)、鴿(はと)を賣(う)る人々(ひとびと)、及(およ)び坐(ざ)せる兩替(りやうがえ)屋(や)等(とう)を見(み)給(たま)ひしかば、 15繩(なわ)を以(もつ)て鞭(むち)めきたる物(もの)を作(つく)り、彼等(かれら)を悉(ことごと)く[神(しん)]殿(でん)より逐出(おひいだ)し、羊(ひつじ)、牛(うし)をも逐出(おひいだ)し、兩替(りやうがえ)屋(や)の金(かね)を抛(まき)散(ちら)して其(その)案(つくゑ)を覆(くつがへ)し、 16鴿(はと)を賣(う)る人々(ひとびと)に向(むか)ひて、此(この)物(もの)等(ども)を取(とり)退(の)けよ、我(わが)父(ちち)の家(いへ)を商買(あきなひ)の家(いへ)と爲(な)すな、と曰(のたま)へり。 17弟子(でし)等(たち)は、錄(かきしる)して「汝(なんぢ)の家(いへ)に對(たい)する熱心(ねつしん)は我(われ)を食(くひ)盡(つく)せり」とあるを思(おもひ)出(いだ)せり。 18斯(かく)てユデア人(じん)答(こた)へてイエズスに云(い)ひけるは、汝(なんぢ)如何(いか)なる徵(しるし)を現(あらわ)して此(これ)等(ら)の事(こと)を爲(な)すぞ、と。 19イエズス答(こた)へて、汝(なんぢ)等(ら)此(この)[神(しん)]殿(でん)を毀(こぼ)て、我(われ)三日(みつか)の中(うち)に之(これ)を起(おこ)さん、と曰(のたま)ひしかば、 20ユデア人(じん)云(い)ひけるは、此(この)[神(しん)]殿(でん)は、造(つく)るに四十六年(とし)を要(えう)せしに、汝(なんぢ)三日(みつか)の中(うち)に之(これ)を起(おこ)すべきか、と。 21但(ただ)しイエズスは、己(おの)が體(からだ)の[神(しん)]殿(でん)を斥(さ)して曰(のたま)ひしなり。 22然(さ)れば死者(ししや)の中(うち)より復活(ふくくわつ)し給(たま)へる後(のち)、弟子(でし)等(たち)此(この)曰(のたま)ひたりし事(こと)を思(おもひ)出(いだ)して、聖書(せいしよ)とイエズスの曰(のたま)ひし御言(おんことば)とを信(しん)ぜり。 23イエズス過越(すぎこし)の祭日(さいじつ)に當(あた)りてエルザレムに居(ゐ)給(たま)ふ間(あひだ)、多(おほ)くの人(ひと)、其(その)爲(な)し給(たま)へる奇蹟(きせき)を視(み)て、御名(みな)を信(しん)じたり。 24然(さ)れどイエズスは、此(これ)等(ら)に身(み)を打(うち)任(まか)せ給(たま)はざりき、其(そ)は自(みづか)ら凡(すべ)ての人(ひと)を知(し)り、 25又(また)人(ひと)の心(こころ)に在(あ)る事(こと)を知(し)り給(たま)へば、人(ひと)に就(つき)て他人(たにん)の證明(しようめい)を要(えう)し給(たま)はざる故(ゆゑ)なり。

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第3章

1爰(ここ)にファリザイ人(じん)の中(うち)にニコデモと呼(よ)ばれて、ユデア人(じん)の長(かしら)だちたる者(もの)ありしが、 2夜(よる)イエズスの許(もと)に至(いた)りて云(い)ひけるは、ラビ、我(われ)等(ら)は汝(なんぢ)が神(かみ)より來(きた)りたる敎師(けうし)なる事(こと)を知(し)れり、其(そ)は何人(なにびと)も、神(かみ)之(これ)と共(とも)に在(いま)すに非(あら)ざれば、汝(なんぢ)の爲(な)せる如(ごと)き奇蹟(きせき)を行(おこな)ひ得(え)ざればなり。 3イエズス答(こた)へて曰(のたま)ひけるは、誠(まこと)に眞(まこと)に汝(なんぢ)に告(つ)ぐ、人(ひと)新(あらた)に生(うま)るるに非(あら)ずば、神(かみ)の國(くに)を見(み)ること能(あた)はず。 4ニコデモ云(い)ひけるは、人(ひと)既(すで)に老(お)いたるに爭(いか)でか生(うま)るる事(こと)を得(う)べき、豈(あに)再(ふたた)び母(はは)の胎内(たいない)に入(いり)て新(あらた)に生(うま)るるを得(え)んや。 5イエズス答(こた)へ給(たま)ひけるは、誠(まこと)に實(まこと)に汝(なんぢ)に告(つ)ぐ、人(ひと)は水(みづ)と靈(れい)とより新(あらた)に生(うま)るるに非(あら)ずば、神(かみ)の國(くに)に入(い)る事(こと)能(あた)はず。 6肉(にく)より生(うま)れたる者(もの)は肉(にく)なり、靈(れい)より生(うま)れたる者(もの)は靈(れい)なり。 7汝(なんぢ)等(ら)再(ふたた)び生(うま)れざるべからずと我(わ)が汝(なんぢ)に告(つ)げたるを怪(あや)しむこと勿(なか)れ。 8風(かぜ)は己(おの)が儘(まま)なる處(ところ)に吹(ふ)く、汝(なんぢ)其(その)聲(こゑ)を聞(き)くと雖(いへど)も、何處(いづこ)より來(きた)りて何處(いづこ)に往(ゆ)くかを知(し)らず、總(すべ)て靈(れい)より生(うま)れたる者(もの)も亦(また)然(しか)り、と。 9ニコデモ答(こた)へて、此(この)等(ら)の事(こと)如何(いか)にしてか成(な)り得(う)べき、と云(い)ひしかば、 10イエズス答(こた)へて曰(のたま)ひけるは、汝(なんぢ)はイスラエルに於(おい)て師(し)たる者(もの)なるに、是(これ)等(ら)の事(こと)を知(し)らざるか。 11誠(まこと)に實(まこと)に汝(なんぢ)に告(つ)ぐ、我(われ)等(ら)は知(し)れる所(ところ)を語(かた)り、見(み)たる所(ところ)を證(しよう)す、然(さ)れど汝(なんぢ)等(ら)は其(その)證言(しようげん)を承(う)けざるなり。 12我(わ)が地上(ちじやう)の事(こと)を語(かた)りてすら汝(なんぢ)等(ら)は信(しん)ぜざるものを、天上(てんじやう)の事(こと)を語(かた)るとも爭(いか)でか之(これ)を信(しん)ぜんや。 13天(てん)より降(くだ)りたるもの、卽(すなは)ち天(てん)に在(あ)る人(ひと)の子(こ)の外(ほか)は、誰(たれ)も天(てん)に昇(のぼ)りしものなし。 14又(また)モイゼが荒野(あれの)にて蛇(へび)を揚(あ)げし如(ごと)く、人(ひと)の子(こ)も必(かなら)ず揚(あ)げらるべし、 15是(これ)總(すべ)て之(これ)を信仰(しんかう)する人(ひと)の、亡(ほろ)びずして永遠(えいえん)の生命(せいめい)を得(え)ん爲(ため)なり。 16蓋(けだし)神(かみ)の此(この)世(よ)を愛(あい)し給(たま)へる事(こと)は、御(おん)獨子(ひとりご)を賜(たま)ふ程(ほど)にして、是(これ)總(すべ)て之(これ)を信仰(しんかう)する人(ひと)の亡(ほろ)びずして永遠(えいえん)の生命(せいめい)を得(え)ん爲(ため)なり。 17卽(すなは)ち神(かみ)が御子(おんこ)を此(この)世(よ)に遣(つか)はし給(たま)ひしは、世(よ)を審判(しんぱん)せしめん爲(ため)に非(あら)ず、世(よ)が彼(かれ)に由(よ)りて救(すく)はれん爲(ため)なり。 18彼(かれ)を信仰(しんかう)する人(ひと)は審判(しんぱん)せられず、信(しん)ぜざる人(ひと)は既(すで)に審判(しんぱん)せられたり、其(そ)は神(かみ)の御(おん)獨子(ひとりご)の御名(みな)を信(しん)ぜざればなり。 19審判(しんぱん)とは是(これ)なり、卽(すなは)ち光(ひかり)既(すで)に世(よ)に來(きた)りたるに、人(ひと)は己(おのれ)の行(おこなひ)の惡(あし)き爲(ため)に、光(ひかり)よりも寧(むしろ)暗(やみ)を愛(あい)したるなり。 20總(すべ)て惡(あく)を爲(な)す人(ひと)は光(ひかり)を憎(にく)み、己(おの)が行(おこなひ)を責(せ)められじとて光(ひかり)に來(きた)らず。 21然(さ)れど眞理(しんり)を行(おこな)ふ人(ひと)は、己(おの)が行(おこなひ)の顯(あらは)れん爲(ため)に光(ひかり)に來(きた)る、其(そ)は神(かみ)の内(うち)に行(おこな)はれたればなり、と。 22其(その)後(のち)イエズス弟子(でし)等(たち)とユデア地方(ちはう)に至(いた)り、共(とも)に留(とどま)りて洗(せん)し居(ゐ)給(たま)ひしが、 23ヨハネもサリムに近(ちか)きエンノンに水(みづ)多(おほ)かりければ、其處(そこ)にて洗(せん)しつつあり、人々(ひとびと)來(きた)りて洗(せん)せられ居(ゐ)たり。 24卽(すなは)ちヨハネ未(いま)だ監獄(かんごく)に入(い)れられざりしなり。 25然(しか)るにヨハネの弟子(でし)等(たち)とユデア人(じん)との間(あひだ)に、洗禮(せんれい)に就(つ)きて議論(ぎろん)起(おこ)りしかば、 26彼等(かれら)ヨハネの許(もと)に來(きた)りて云(い)ひけるは、ラビ、ヨルダン[河(がは)]の彼方(かなた)に汝(なんぢ)と共(とも)に在(あ)りし時(とき)、汝(なんぢ)より證明(しようめい)せられたる彼(かの)人(ひと)は、今(いま)自(みづか)ら洗(せん)して、人(ひと)皆(みな)之(これ)に趣(おもむ)くなり、と。 27ヨハネ答(こた)へて云(い)ひけるは、人(ひと)は天(てん)より賜(たま)はりたるに非(あら)ずば、何(なに)物(もの)をも自(みづか)ら受(う)くる能(あた)はず、 28汝(なんぢ)等(ら)自(みづか)ら我(われ)に就(つ)きて證(しよう)する如(ごと)く、我(われ)曾(かつ)て、我(われ)はキリストに非(あら)ず、唯(ただ)其(その)先(さき)に遣(つか)はされたるのみ、と告(つ)げたりき。 29新婦(はなよめ)を有(も)てる人(ひと)こそ新郞(はなむこ)なれ。然(さ)て新郞(はなむこ)の友(とも)として立(た)ちて之(これ)に聞(き)く人(ひと)は、新郞(はなむこ)の聲(こゑ)の爲(ため)に喜(よろこ)びに喜(よろこ)ぶ。然(さ)れば我(われ)此(この)喜(よろこび)は圓滿(えんまん)なり。 30彼(かれ)は榮(さか)ゆべく我(われ)は衰(おとろ)ふべし。 31上(うへ)より來(きた)れる人(ひと)は衆人(しゆうじん)に上(かみ)たり、地(ち)よりの人(ひと)は地(ち)に屬(ぞく)して地上(ちじやう)の事(こと)を語(かた)る、天(てん)より來(きた)れる人(ひと)は衆人(しゆうじん)に上(かみ)たるなり。 32彼(かれ)は其(その)親(みづか)ら見(み)且(かつ)聞(き)きし所(ところ)を證(しよう)すと雖(いへど)も、一人(ひとり)も其(その)證言(しようげん)を承(う)けず、 33其(その)證言(しようげん)を承(う)けたる人(ひと)は、神(かみ)の眞實(しんじつ)にて在(ましま)す事(こと)を證(しよう)印(いん)せる者(もの)なり。 34卽(すなは)ち神(かみ)の遣(つか)はし給(たま)ひし者(もの)は神(かみ)の御言(おんことば)を語(かた)る、神(かみ)は[聖(せい)]靈(れい)を賜(たま)ふに制限(せいげん)なければなり。 35父(ちち)は御子(おんこ)を愛(あい)して萬物(ばんぶつ)を其(その)手(て)に賜(たま)へり。 36御子(おんこ)を信仰(しんかう)する人(ひと)は永遠(えいえん)の生命(せいめい)を有(いう)す。然(さ)れど御子(おんこ)を信(しん)ぜざる人(ひと)は生命(せいめい)を見(み)ざるべく、神(かみ)の怒(いかり)却(かえつ)て彼(かれ)が上(うへ)に止(とどま)る、と。

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第4章

1時(とき)にイエズス、己(おの)が弟子(でし)を造(つく)り人(ひと)を洗(せん)する事(こと)、ヨハネよりも多(おほ)き由(よし)の、ファリザイ人(じん)の耳(みみ)に入(い)りしを知(し)り給(たま)ひしかば、 2――但(ただし)洗(せん)せるはイエズスに非(あら)ずして、其(そ)の弟子(でし)等(たち)なりき―― 3ユデアを去(さ)りて再(ふたた)びガリレアに往(ゆ)き給(たま)へり。 4然(しか)るにサマリアを通(とほ)らざるを得(え)ざりしければ、 5ヤコブが其(その)子(こ)ヨゼフに與(あた)へし土地(とち)に近(ちか)き、サマリアのシカルと云(い)へる町(まち)に至(いた)り給(たま)ひしが、 6此處(ここ)にヤコブの井(ゐど)ありけるに、イエズス旅(たび)に疲(つか)れて、其(その)儘(まま)井(ゐど)の上(うへ)に坐(ざ)し給(たま)へり、時(とき)は十二時(じ)頃(ころ)なりき。 7爰(ここ)にサマリアの一人(ひとり)の婦(をんな)、水(みづ)汲(く)みに來(きた)りしかば、イエズス之(これ)に向(むか)ひて、我(われ)に飲(の)ませよ、と曰(のたま)へり。 8是(これ)弟子(でし)等(たち)は食物(しょくもつ)を買(か)はんとて町(まち)に往(ゆ)きたればなり。 9其(その)時(とき)サマリアの婦(をんな)云(い)ひけるは、汝(なんぢ)はユデア人(じん)なるに、何(なん)ぞサマリアの婦(をんな)なる我(われ)に飲物(のみもの)を求(もと)むるや、と。是(これ)ユデア人(じん)はサマリア人(じん)と交(まじは)らざる故(ゆゑ)なり。 10イエズス答(こた)へて曰(のたま)ひけるは、汝(なんぢ)若(もし)神(かみ)の賜(たまもの)を知(し)り、又(また)我(われ)に飲(の)ませよと汝(なんぢ)に云(い)へる者(もの)の誰(たれ)なるかを知(し)らば、必(かなら)ず彼(かれ)に求(もと)め、彼(かれ)は活(い)ける水(みづ)を汝(なんぢ)に與(あた)へしならん。 11婦(をんな)云(い)ひけるは、君(きみ)よ、汝(なんぢ)は汲(く)む物(もの)を有(も)たず、井(ゐど)は深(ふか)し、然(さ)るを何處(いづこ)よりして活(い)ける水(みづ)を有(も)てるぞ。 12我(われ)等(ら)が父(ちち)ヤコブ此(この)井(ゐど)を我(われ)等(ら)に與(あた)へ、自(みづか)らも其(その)子等(こども)も其(その)家畜(かちく)も之(これ)より飲(の)みしが、汝(なんぢ)は彼(かれ)より優(まさ)れる者(もの)なるか。 13イエズス答(こた)へて曰(のたま)ひけるは、總(すべ)て此(この)水(みづ)を飲(の)む者(もの)は復(また)渴(かわ)くべし、然(しか)れども我(わ)が與(あた)へんとする水(みづ)を飲(の)む者(もの)は永遠(えいえん)に渴(かわ)かず、 14我(わ)が之(これ)に與(あた)ふる水(みづ)は、却(かえつ)て彼(かれ)に於(おい)て、永遠(えいえん)の生命(せいめい)に湧出(わきい)づる水(みづ)の源(みなもと)となるべし。 15婦(をんな)云(い)ひけるは、君(きみ)よ、我(わ)が渴(かわ)く事(こと)なく此處(ここ)に汲(く)みにも來(きた)らざる樣(やう)、其水(そのみづ)を我(われ)に與(あた)へよ。 16イエズス曰(のたま)ひけるは、往(ゆ)きて夫(をつと)を呼(よび)來(きた)れ。 17婦(をんな)答(こた)へて、我(われ)は夫(をつと)なし、と云(い)ひしかば、イエズス曰(のたま)ひけるは、善(よ)くこそ夫(をつと)なしと云(い)ひたれ、 18夫(をつと)は五人(にん)まで有(も)ちたりしに、今(いま)あるは汝(なんぢ)の夫(をつと)に非(あら)ず、汝(なんぢ)が然(しか)云(い)ひしは實(まこと)なり。 19婦(をんな)云(い)ひけるは、君(きみ)よ、我(われ)觀(み)るに、汝(なんぢ)は預言(よげん)者(しや)なり。 20我(われ)等(ら)が先祖(せんぞ)は此(この)山(やま)にて禮拜(れいはい)したるに、汝(なんぢ)等(ら)は云(い)ふ、禮拜(れいはい)すべき處(ところ)はエルザレムなりと。 21イエズス曰(のたま)ひけるは、婦(をんな)よ、我(われ)を信(しん)ぜよ、汝(なんぢ)等(ら)が此(この)山(やま)となくエルザレムとなく、父(ちち)を禮拜(れいはい)せん時(とき)來(きた)るなり。 22汝(なんぢ)等(ら)は知(し)らざる者(もの)を禮拜(れいはい)し、我(われ)等(ら)は知(し)りたる者(もの)を禮拜(れいはい)す、救(すくひ)はユデア人(じん)の中(うち)より出(い)づればなり。 23然(さ)て眞(まこと)の禮拜(れいはい)者(しや)が、靈(れい)と實(じつ)とを以(もつ)て父(ちち)を禮拜(れいはい)すべき時(とき)來(きた)る、今(いま)既(すで)に其(その)時(とき)なり。其(そ)は父(ちち)も、斯(か)く己(おのれ)を禮拜(れいはい)する人(ひと)を求(もと)め給(たま)へばなり。 24神(かみ)は靈(れい)にて在(ましま)せば、之(これ)を禮拜(れいはい)する人(ひと)は、靈(れい)と實(じつ)とを以(もつ)て禮拜(れいはい)せざるべからず、と。 25婦(をんな)イエズスに謂(い)ひけるは、我(われ)はメッシア(所謂(いはゆる)キリスト)の來(きた)るを知(し)る。然(さ)れば彼(かれ)來(きた)らば萬事(ばんじ)を我(われ)等(ら)に告(つ)ぐべし。 26イエズス之(これ)に曰(のたま)ひけるは、汝(なんぢ)と語(かた)りつつある我(われ)、卽(すなは)ち其(それ)なり、と。 27軈(やが)て弟子(でし)等(たち)來(きた)り、イエズスの婦(をんな)と語(かた)り給(たま)へるを怪(あや)しみしかど、誰(たれ)も何(なに)をか求(もと)め何故(なにゆゑ)彼(かれ)と語(かた)り給(たま)ふ、と云(い)ふ者(もの)なかりき。 28斯(かく)て婦(をんな)、其(その)水甁(みづがめ)を遺(のこ)して町(まち)に往(ゆ)き、其處(そこ)なる人々(ひとびと)に向(むか)ひ、 29來(き)て見(み)よ、我(わ)が爲(な)しし事(こと)を殘(のこ)らず我(われ)に云(い)ひたる人(ひと)を、是(こ)はキリストならんか、と云(い)ひしかば、 30彼等(かれら)町(まち)より出(い)でてイエズスの許(もと)に來(きた)れり。 31其(その)隙(ひま)に弟子(でし)等(たち)イエズスに請(こ)ひて、ラビ食(しよく)し給(たま)へ、と云(い)ひしに、 32曰(のたま)ひけるは、我(われ)には汝(なんぢ)等(ら)の知(し)らざる食物(しょくもつ)の食(しよく)すべきあり、と。 33弟子(でし)等(たち)、誰(たれ)か食物(しょくもつ)を持(もち)來(きた)りしぞ、と云(い)ひ合(あ)へるを、 34イエズス曰(のたま)ひけるは、我(わが)食物(しょくもつ)は、我(われ)を遣(つか)はし給(たま)ひし者(もの)の御旨(みむね)を行(おこな)ひて其(その)業(げふ)を全(まつた)うする事(こと)是(これ)なり。 35汝(なんぢ)等(ら)は、尙(なほ)四(し)箇月(かげつ)の間(あひだ)あり、其(その)後(のち)收穫(かりいれ)の時(とき)來(きた)る、と云(い)ふに非(あら)ずや。我(われ)汝(なんぢ)等(ら)に告(つ)ぐ、目(め)を翹(あ)げて田畑(たはた)を見(み)よ、最早(もはや)穫(かり)取(と)るべく白(しら)みたり。 36穫(か)る人(ひと)は報(むくい)を受(う)けて永遠(えいえん)の生命(せいめい)に至(いた)るべき果(み)を收(をさ)むれば、捲(ま)く人(ひと)も穫(か)る人(ひと)も共(とも)に喜(よろこ)ぶべし。 37諺(ことわざ)に一人(ひとり)は撒(ま)き一人(ひとり)は穫(か)ると云(い)へる事(こと)、是(ここ)に於(おい)て乎(か)實(まこと)なり。 38我(われ)汝(なんぢ)等(ら)を遣(つか)はして、勞作(らうさ)せざりし物(もの)を穫(か)らしめたり。卽(すなは)ち他(た)の人前(ひとまへ)に勞作(らうさ)して、其(その)勞作(らうさ)したる所(ところ)を、汝(なんぢ)等(ら)が承(うけ)繼(つ)ぎたるなり、と。 39然(さ)て彼(かの)町(まち)にては、彼(かの)人(ひと)我(わ)が爲(な)しし事(こと)を殘(のこ)らず我(われ)に告(つ)げたり、と證(しよう)したる婦(をんな)の言(ことば)によりて、多(おほ)くのサマリア人(じん)イエズスを信(しん)ぜしかば、 40人々(ひとびと)御許(おんもと)に來(きた)りて、此處(ここ)に留(とどま)り給(たま)はんことを請(こ)へり、然(さ)れば此處(ここ)に留(とどま)り給(たま)ふ事(こと)二日(ふつか)にして、 41尙(なほ)多(おほ)くの人(ひと)御言(おんことば)によりて之(これ)を信仰(しんかう)せり。 42斯(かく)て彼(かの)婦(をんな)に向(むか)ひ、我(われ)等(ら)は最早(もはや)汝(なんぢ)の語(かた)る所(ところ)によりて信(しん)ずる者(もの)に非(あら)ず、卽(すなは)ち自(みづか)ら彼(かれ)に聽(き)きて、其(その)眞(まこと)に救世主(きうせいしゆ)たる事(こと)を知(し)れり、と云(い)ひ居(ゐ)たり。 43然(しか)るに二日(ふつか)の後(のち)、イエズス其處(そこ)を出(い)でてガリレアに往(ゆ)き給(たま)へり。 44預言(よげん)者(しや)其(その)本國(ほんごく)に尊(たふと)ばれず、と自(みづか)ら證(しよう)し給(たま)ひしが、 45ガリレアに至(いた)り給(たま)ひしに、ガリレア人(じん)は、曾(かつ)て祭日(さいじつ)にエルザレムにて行(おこな)ひ給(たま)ひし一切(いつさい)の事(こと)を見(み)たりければ、イエズスを歡迎(くわんげい)せり、其(そ)は彼等(かれら)も祭日(さいじつ)に往(ゆ)きてありしなり。 46斯(かく)てイエズス再(ふたた)び、嚮(さき)に水(みづ)を酒(さけ)に化(くわ)し給(たま)ひしガリレアのカナに至(いた)り給(たま)ひしに、一人(ひとり)の王(わう)官(くわん)あり、其(その)子(こ)カファルナウムにて病(や)み居(ゐ)ければ、 47イエズスユデアよりガリレアに來(き)給(たま)ふと聞(き)きて、御許(おんもと)に至(いた)り、下(くだ)りて己(おの)が子(こ)を醫(いや)し給(たま)はん事(こと)を切(せつ)に願(ねが)ひ居(ゐ)たり、彼(かの)將(まさ)に死(し)なんとすればなり。 48イエズス之(これ)に曰(のたま)ひけるは、汝(なんぢ)等(ら)は徵(しるし)と奇蹟(きせき)とを見(み)ざれば信(しん)ぜず、と。 49官(くわん)人(じん)イエズスに向(むか)ひて、主(しゆ)よ、我(わが)子(こ)の死(し)なざる前(まへ)に下(くだ)り來(き)給(たま)へ、と云(い)ひしに、 50イエズス、往(ゆ)け、汝(なんぢ)の子(こ)活(い)く、と曰(のたま)ひしかば、此(この)人(ひと)イエズスの己(おのれ)に曰(のたま)ひし御言(おんことば)を信(しん)じて往(ゆ)きたり。 51然(さ)て下(くだ)る途(みち)に、僕(しもべ)等(ら)行(ゆき)逢(あ)ひて、其(その)子(こ)の活(い)きたる由(よし)を告(つ)げければ、 52其(その)回復(くわいふく)せし時刻(じこく)を問(と)ひしに、彼等(かれら)、昨日(きのう)の午後(ごご)一時(じ)に熱(ねつ)去(さ)れり、と云(い)ふにぞ、 53父(ちち)は恰(あたか)もイエズスが汝(なんぢ)の子(こ)活(い)くと己(おのれ)に曰(のたま)ひしと同時(どうじ)なりしを知(し)り、其(その)身(み)も一家(いつか)も擧(こぞ)りて信仰(しんかう)せり。 54此(この)第(だい)二の奇蹟(きせき)は、イエズスユデアよりガリレアに至(いた)り給(たま)ひし時(とき)に行(おこな)ひ給(たま)ひしなり。

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第5章

1其(その)後(のち)ユデア人(じん)の祭日(さいじつ)ありしかば、イエズスエルザレムに上(のぼ)り給(たま)へり。 2然(さ)てエルザレムには、羊(ひつじ)門(もん)の傍(ほとり)に、ヘブレオ語(ご)にてベテスダと云(い)へる池(いけ)あり、之(これ)に付屬(ふぞく)せる五(いつつ)の廊(らう)ありて、 3其(その)内(うち)に夥(おびただ)しき病人(びやうにん)、瞽者(めしひ)、跛者(あしなへ)、癱瘋(ちゆうぶ)者(しや)等(ども)偃(ふ)して水(みづ)の動(うご)くを待(ま)ち居(を)れり。 4其(そ)は時(とき)として主(しゆ)の使(つかひ)池(いけ)に下(くだ)り、水(みづ)爲(ため)に動(うご)く事(こと)あり、水(みづ)動(うご)きて後(のち)、眞先(まつさき)に池(いけ)に下(くだ)りたる者(もの)は如何(いか)なる病(やまひ)に罹(かか)れるも痊(い)ゆればなり。 5茲(ここ)に卅八年來(ねんらい)病(やまひ)を患(うれ)ふる人(ひと)ありしが、 6イエズス彼(かれ)が偃(ふ)せるを見(み)、且(かつ)其(その)患(うれ)ふる事(こと)の久(ひさ)しきを知(し)り給(たま)ひしかば、汝(なんぢ)痊(い)えん事(こと)を欲(ほつ)するか、と曰(のたま)ひしに、 7病者(びやうしや)答(こた)へけるは、君(きみ)よ、水(みづ)の騷(さわ)ぐ時(とき)に我(われ)を池(いけ)に入(い)るる人(ひと)なし、然(さ)れば我(わ)が往(ゆ)く中(うち)に他(た)の人(ひと)我(われ)に先(さきだ)ちて下(くだ)るなり、と。 8イエズス之(これ)に向(むか)ひ、起(お)きよ、汝(なんぢ)の寢臺(ねだい)を取(と)りて步(あゆ)め、と曰(のたま)へば、 9其(その)人(ひと)忽(たちま)ち痊(い)え、寢臺(ねだい)を取(と)りて步(あゆ)みたり。其(その)日(ひ)は安息日(あんそくじつ)なりければ、 10ユデア人(じん)其(その)痊(い)えたる人(ひと)に向(むか)ひ、安息日(あんそくじつ)なり、汝(なんぢ)寢臺(ねだい)を携(たづさ)ふべからず、と云(い)へるを、 11彼(かれ)は、我(われ)を醫(いや)しし人(ひと)、汝(なんぢ)の寢臺(ねだい)を取(と)りて步(あゆ)めと云(い)ひたるなり、と答(こた)へければ、 12彼等(かれら)、汝(なんぢ)に寢臺(ねだい)を取(と)りて步(あゆ)めと云(い)ひし人(ひと)は誰(たれ)ぞ、と問(と)ひたれど、 13痊(い)えたる人(ひと)は其(その)誰(たれ)なるを知(し)らざりき、其(そ)はイエズス既(すで)に此(この)場(ば)の雜踏(ざつたふ)を避(さ)け給(たま)ひたればなり。 14後(のち)イエズス[神(しん)]殿(でん)にて彼(かれ)に遇(あ)ひ、看(み)よ、汝(なんぢ)は醫(いや)されたり、復(また)罪(つみ)を犯(おか)すこと勿(なか)れ、恐(おそ)らくは尙(なほ)大(おほ)いなる禍(わざはひ)汝(なんぢ)に起(おこ)らん、と曰(のたま)ひけるに、 15彼(かの)人(ひと)往(ゆ)きて、己(おのれ)を醫(いや)ししはイエズスなりとユデア人(じん)に告(つ)げしかば、 16ユデア人(じん)は、安息日(あんそくじつ)に斯(かか)る事(こと)を爲(な)し給(たま)ふとて、イエズスを譴(せ)め居(ゐ)たり。 17イエズス、我(わが)父(ちち)は今(いま)に至(いた)るまで働(はたら)き給(たま)へば、我(われ)も働(はたら)くなり、と答(こた)へ給(たま)ひければ、 18ユデア人(じん)愈(いよいよ)イエズスを殺(ころ)さんと謀(はか)れり、其(そ)は啻(ただ)に安息日(あんそくじつ)を冒(おか)し給(たま)ふのみならず、神(かみ)を我(わが)父(ちち)と稱(しよう)して、己(おのれ)を神(かみ)と等(ひと)しき者(もの)とし給(たま)へばなり。然(さ)ればイエズス答(こた)へて彼等(かれら)に曰(のたま)ひけるは、 19誠(まこと)に實(まこと)に汝(なんぢ)等(ら)に告(つ)ぐ、父(ちち)の爲(な)し給(たま)ふ事(こと)を見(み)る外(ほか)に、子(こ)は自(みづか)ら何事(なにごと)をも爲(な)す能(あた)はず。蓋(けだし)總(すべ)て父(ちち)の爲(な)し給(たま)ふ事(こと)は、子(こ)も亦(また)同(おな)じく之(これ)を爲(な)す。 20卽(すなは)ち父(ちち)は子(こ)を愛(あい)して、自(みづか)ら爲(な)し給(たま)ふ所(ところ)を悉(ことごと)く之(これ)に示(しめ)し給(たま)ふ、又(また)更(さら)に汝(なんぢ)等(ら)が驚(おどろ)くばかり、一層(ひとしほ)大(おほ)いなる業(わざ)を之(これ)に示(しめ)し給(たま)はんとす。 21蓋(けだし)父(ちち)が死人(しにん)を起(おこ)して活(い)かし給(たま)ふ如(ごと)く、子(こ)も亦(また)我(わ)が思(おも)ふ者(もの)を活(い)かすなり。 22又(また)父(ちち)は誰(たれ)をも審判(しんぱん)し給(たま)はず、審判(しんぱん)を悉(ことごと)く子(こ)に賜(たま)ひたり。 23是(これ)人(ひと)皆(みな)父(ちち)を尊(たふと)ぶ如(ごと)く子(こ)を尊(たふと)ばん爲(ため)なり。子(こ)を尊(たふと)ばざる人(ひと)は、之(これ)を遣(つか)はし給(たま)ひし父(ちち)を尊(たふと)ばざる者(もの)なり。 24誠(まこと)に實(まこと)に汝(なんぢ)等(ら)に告(つ)ぐ、我(わが)言(ことば)を聽(き)きて我(われ)を遣(つか)はし給(たま)ひし者(もの)を信(しん)ずる人(ひと)は、永遠(えいえん)の生命(せいめい)を有(いう)し、且(かつ)審判(しんぱん)に至(いた)らずして、死(し)より生(せい)に移(うつ)りたる者(もの)なり。 25誠(まこと)に實(まこと)に汝(なんぢ)等(ら)に告(つ)ぐ、時(とき)は來(きた)る、今(いま)こそ其(それ)よ、卽(すなは)ち死人(しにん)は神(かみ)の子(こ)の聲(こゑ)を聞(き)くべく、之(これ)を聽(き)きたる人(ひと)は活(い)くべし。 26蓋(けだし)父(ちち)は生命(せいめい)を己(おのれ)の衷(うち)に有(いう)し給(たま)ふ如(ごと)く、子(こ)にも亦(また)生命(せいめい)を己(おのれ)の衷(うち)に有(いう)する事(こと)を得(え)させ給(たま)へり。 27且(かつ)人(ひと)の子(こ)たるにより、審判(しんぱん)する權能(けんのう)を之(これ)に賜(たま)ひしなり。 28汝(なんぢ)等(ら)之(これ)を怪(あや)しむ勿(なか)れ、墓(はか)の中(うち)なる人(ひと)悉(ことごと)く神(かみ)の子(こ)の聲(こゑ)を聞(き)く時(とき)來(きた)らんとす。 29斯(かく)て善(ぜん)を爲(な)しし人(ひと)は、出(い)でて生命(せいめい)に至(いた)らんが爲(ため)に復活(ふくくわつ)し、惡(あく)を行(おこな)ひし人(ひと)は、審判(しんぱん)を受(う)けんが爲(ため)に復活(ふくくわつ)せん。 30我(われ)自(みづか)らは何事(なにごと)をも爲(な)す能(あた)はずして、聞(き)くが儘(まま)に審判(しんぱん)す、而(しか)も我(われ)審判(しんぱん)は正當(せいたう)なり、其(そ)は我(われ)己(おの)が意(こころ)を求(もと)めず、我(われ)を遣(つか)はし給(たま)ひし者(もの)の思召(おぼしめし)を求(もと)むればなり。 31我(われ)若(もし)自(みづか)ら己(おのれ)を證明(しようめい)せば、我(わ)が證明(しようめい)は眞(まこと)ならずとも、 32我(わが)爲(ため)に證明(しようめい)する者(もの)他(ほか)にあり、而(しか)して我(われ)其(その)わが爲(ため)に作(な)す證明(しようめい)の眞(まこと)なるを知(し)れり。 33汝(なんぢ)等(ら)曾(かつ)て人(ひと)をヨハネに遣(つか)はししに、彼(かれ)は眞理(しんり)を證明(しようめい)せり。 34我(われ)は人(ひと)よりの證明(しようめい)を受(う)くる者(もの)に非(あら)ざれども、之(これ)を語(かた)るは汝(なんぢ)等(ら)の救(すく)はれん爲(ため)なり。 35彼(かれ)は燃(も)え且(かつ)輝(かがや)ける燈(ともしび)なりしが、汝(なんぢ)等(ら)は暫時(しばらく)其(その)明(あかり)によりて樂(たのしみ)しまんとせり。 36然(しか)れども我(われ)はヨハネのに優(まさ)りて大(おほ)いなる證明(しようめい)を有(いう)す。卽(すなは)ち父(ちち)が全(まつた)うせよとて我(われ)に授(さづ)け給(たま)ひし業(げふ)、我(わ)が爲(な)しつつある業(げふ)其(その)物(もの)が、父(ちち)の我(われ)を遣(つか)はし給(たま)ひし事(こと)を證(しよう)するなり。 37我(われ)を遣(つか)はし給(たま)ひし父(ちち)も、亦(また)自(みづか)ら我(わが)爲(ため)に證(しよう)し給(たま)ひしなり、然(さ)れど汝(なんぢ)等(ら)は曾(かつ)て御(おん)聲(こゑ)を聞(き)きし事(こと)なく、御姿(おんすがた)を見(み)し事(こと)なく、 38又(また)御言(おんことば)を心(こころ)に留(とど)むる事(こと)なし、是(これ)其(その)遣(つか)はし給(たま)ひし者(もの)を信(しん)ぜざればなり。 39汝(なんぢ)等(ら)は聖書(せいしよ)に永遠(えいえん)の生命(せいめい)を有(いう)すと思(おも)ひて之(これ)を探(さぐ)る、彼等(かれら)も亦(また)我(われ)を證明(しようめい)するものなり、 40然(さ)れど汝(なんぢ)等(ら)は生命(せいめい)を得(え)ん爲(ため)我(わが)許(もと)に來(きた)る事(こと)を肯(がへん)ぜず。 41我(われ)は名譽(めいよ)を人(ひと)より受(う)くる者(もの)に非(あら)ず、 42而(しか)も汝(なんぢ)等(ら)を知(し)れり、卽(すなは)ち汝(なんぢ)等(ら)は心(こころ)に神(かみ)を愛(あい)する事(こと)あらざるなり。 43我(われ)は我(わが)父(ちち)の名(な)に由(よ)りて來(きた)れるに、汝(なんぢ)等(ら)は我(われ)を承(う)けず、若(もし)外(ほか)に己(おのれ)の名(な)に由(よ)りて來(きた)る人(ひと)あらば、之(これ)をば承(う)くるならん。 44互(たがひ)に名譽(めいよ)を受(う)けて、而(しか)も唯(ゆゐ)一(いつ)の神(かみ)より出(い)づる名譽(めいよ)を求(もと)めざる汝(なんぢ)等(ら)なれば、豈(あに)信(しん)ずることを得(え)んや。 45我(われ)汝(なんぢ)等(ら)を父(ちち)の御前(みまへ)に訟(うつた)へんとすと思(おも)ふこと勿(なか)れ、汝(なんぢ)等(ら)を訟(うつた)ふる者(もの)あり、汝(なんぢ)等(ら)が恃(たの)めるモイゼ是(これ)なり。 46汝(なんぢ)等(ら)若(もし)モイゼを信(しん)ずるならば、必(かなら)ず我(われ)をも信(しん)ずるならん、其(そ)は彼(かれ)我(わが)事(こと)を錄(かきしる)したればなり。 47然(さ)れど若(もし)彼(かれ)の書(しよ)を信(しん)ぜずば、爭(いか)でか我(わが)言(ことば)を信(しん)ぜんや、[と曰(のたま)へり]。

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第6章

1其(その)後(のち)イエズス往(ゆ)きて、ガリレアの湖(うみ)、卽(すなは)ちチベリアデの湖(うみ)の彼方(かなた)へ渡(わた)り給(たま)ひしに、 2病(や)める人々(ひとびと)に爲(な)し給(たま)へる奇蹟(きせき)を見(み)て、群衆(ぐんしゆう)夥(おびただ)しく從(したが)ひければ、 3山(やま)に引退(ひきしりぞ)きて、弟子(でし)等(たち)と共(とも)に其處(そこ)に坐(ざ)し居(ゐ)給(たま)へり。 4時(とき)はユデア人(じん)の過越(すぎこし)の祭日(さいじつ)近(ちか)き頃(ころ)なりき。 5イエズス目(め)を翹(あ)げて、無數(むすう)の群衆(ぐんしゆう)の我(わが)許(もと)に來(きた)るを見(み)給(たま)ひしかば、フィリッポに曰(のたま)ひけるは、此(この)人々(ひとびと)の食(しよく)すべき麪(ぱん)を我(われ)等(ら)何處(いづこ)より買(か)ふべきか、と。 6斯(か)く曰(のたま)へるは、彼(かれ)を試(こころ)み給(たま)はん爲(ため)なりき、蓋(けだし)自(みづか)らは其(その)爲(な)さんとする所(ところ)を知(し)り給(たま)へるなり。 7フィリッポ答(こた)へけるは、二百デナリオの麪(ぱん)は、各(おのおの)些少(いささか)づつを受(う)くるも、此(この)人々(ひとびと)には足(た)らざるなり、と。 8弟子(でし)の一人(ひとり)なる、シモン、ペトロの兄弟(きやうだい)アンデレア、イエズスに向(むか)ひて、 9茲(ここ)に一人(ひとり)の童子(わらべ)あり、大麥(おほむぎ)の麪(ぱん)五(いつつ)と魚(さかな)二(ふたつ)とを有(も)てり、然(さ)れど斯(か)く夥(おびただ)しき人(ひと)の中(うち)に、其(その)が何(なに)になるぞ、と云(い)ひしかば、 10イエズス、人々(ひとびと)を坐(ざ)せしめよ、と曰(のたま)ひ、此處(このところ)に草(くさ)多(おほ)かりければ、男子(だんし)等(ら)坐(ざ)したるに、其(その)數(かず)五千人(にん)許(ばかり)なりき。 11イエズス軈(やが)て麪(ぱん)を取(と)り、謝(しや)し給(たま)ひて後(のち)、坐(ざ)せる人々(ひとびと)に分(わか)ち、魚(さかな)をも彼等(かれら)の欲(ほつ)するに任(まか)せて分(わか)ち給(たま)へり。 12人々(ひとびと)滿腹(まんぷく)せし時(とき)、イエズス弟子(でし)等(たち)に向(むか)ひ、殘(のこ)れる屑(くず)を遺(すた)らざる樣(やう)に拾(ひろ)へ、と曰(のたま)ひしかば、 13食(しよく)せし人々(ひとびと)の餘(あま)したる五(いつつ)の大麥(おほむぎ)の麪(ぱん)の屑(くず)を拾(ひろ)ひて、十二の筐(かご)に滿(み)たせり。 14斯(かく)て人々(ひとびと)、イエズスの爲(な)し給(たま)ひたる奇蹟(きせき)を見(み)て、實(げ)に是(これ)ぞ此(この)世(よ)に來(きた)るべき預言(よげん)者(しや)なる、と云(い)ひしが、 15イエズス彼等(かれら)の將(まさ)に己(おのれ)を執(とら)へて王(わう)と爲(な)さんとするを曉(さと)り給(たま)ひしかば、復(また)獨(ひと)り山(やま)に逃(のが)れ給(たま)へり。 16日没(ひぐれ)に及(およ)び、弟子(でし)等(たち)湖(うみ)に下(くだ)りて、 17船(ふね)に乘(の)り、カファルナウムに向(むか)ひて湖(うみ)を渡(わた)るに、既(すで)に暗(くら)けれどもイエズス未(いま)だ彼等(かれら)の處(ところ)に來(きた)り給(たま)はず、 18湖(うみ)は大風(おほかぜ)吹(ふ)きて荒(あ)れ居(ゐ)たり。 19斯(かく)て約(およそ)四五十町(ちやう)も漕(こぎ)出(いだ)したる時(とき)、人々(ひとびと)イエズスの水(みづ)の上(うへ)を步(あゆ)みて船(ふね)に近(ちか)づき給(たま)ふを見(み)て怖(おそ)れしが、 20イエズス我(われ)なるぞ、怖(おそ)るること勿(なか)れ、と曰(のたま)ひしかば、 21彼等(かれら)之(これ)を船(ふね)に乘(の)せんとしたるに、船(ふね)は忽(たちま)ち之(ゆ)く所(ところ)の地(ち)に着(つ)けり。 22明日(あくるひ)に至(いた)りて、湖(うみ)の此方(こなた)に立(た)てる群衆(ぐんしゆう)、船(ふね)は一艘(いつそう)の外(ほか)あらざりしに、イエズス弟子(でし)等(たち)と共(とも)に其(その)船(ふね)に入(い)り給(たま)はずして、弟子(でし)等(たち)のみ往(ゆ)きし事(こと)を認(みと)めたり。 23折(おり)しも別(べつ)の船(ふね)等(ども)チベリアデより來(きた)り、主(しゆ)の謝(しや)し給(たま)ひて己(おのれ)等(ら)が麪(ぱん)を食(しよく)せし處(ところ)に近(ちか)く着(つ)きしかば、 24人々(ひとびと)イエズスと弟子(でし)等(たち)との其處(そこ)に在(あ)らざるを見(み)て其(その)船(ふね)に乘(の)り、イエズスを尋(たず)ねてカファルナウムに至(いた)れり。 25斯(かく)て彼等(かれら)湖(うみ)を渡(わた)り、イエズスを見付(みつ)けて、ラビ何時(いつ)此處(ここ)に來(きた)り給(たま)ひしぞ、と云(い)ひしかば、 26イエズス彼等(かれら)に答(こた)へて曰(のたま)ひけるは、誠(まこと)に實(まこと)に汝(なんぢ)等(ら)に告(つ)ぐ、汝(なんぢ)等(ら)が我(われ)を尋(たず)ぬるは、奇蹟(きせき)を見(み)し故(ゆゑ)に非(あら)ず、麪(ぱん)を食(しよく)して飽(あき)足(た)りし故(ゆゑ)なり。 27働(はたら)く事(こと)は朽(く)つる糧(かて)の爲(ため)にせずして、永遠(えいえん)の生命(せいめい)に至(いた)るまで存(そん)する糧(かて)、卽(すなは)ち人(ひと)の子(こ)が汝(なんぢ)等(ら)に與(あた)へんとする糧(かて)の爲(ため)にせよ、其(そ)は父(ちち)なる神(かみ)彼(かれ)を證(しよう)印(しる)し給(たま)ひたればなり、と。 28是(ここ)に於(おい)て人々(ひとびと)イエズスに向(むか)ひ、神(かみ)の業(わざ)を働(はたら)かん爲(ため)には、我(われ)等(ら)何(なに)を爲(な)すべきぞ、と云(い)ひしに、 29イエズス答(こた)へて曰(のたま)ひけるは、汝(なんぢ)等(ら)其(その)遣(つか)はし給(たま)ひし者(もの)を信(しん)ずるは、是(これ)神(かみ)の業(わざ)なり、と。 30是(ここ)に於(おい)て彼等(かれら)又(また)言(い)ひけるは、然(しか)らば我(われ)等(ら)をして見(み)て汝(なんぢ)を信(しん)ぜしめん爲(ため)に、如何(いか)なる徵(しるし)を爲(な)し何(なに)を行(おこな)ひ給(たま)ふぞ。 31我(われ)等(ら)が先祖(せんぞ)は荒野(あれの)にてマンナを食(しよく)せり、錄(かきしる)して「彼等(かれら)に天(てん)よりの麪(ぱん)を與(あた)へて食(しよく)せしめ給(たま)へり」とあるが如(ごと)し、と。 32其(その)時(とき)イエズス彼等(かれら)に曰(のたま)ひけるは、誠(まこと)に實(まこと)に汝(なんぢ)等(ら)に告(つ)ぐ、モイゼは天(てん)よりの麪(ぱん)を汝(なんぢ)等(ら)に與(あた)へず、我(わが)父(ちち)こそ天(てん)よりの眞(まこと)の麪(ぱん)を汝(なんぢ)等(ら)に賜(たま)ふなれ。 33蓋(けだし)神(かみ)の麪(ぱん)とは、天(てん)より降(くだ)りて世(よ)に生命(せいめい)を與(あた)ふるもの是(これ)なり、と。 34斯(かく)て人々(ひとびと)、主(しゆ)よ、此(この)麪(ぱん)を恒(つね)に我(われ)等(ら)に與(あた)へよ、と云(い)ひしかば、 35イエズス曰(のたま)ひけるは、我(われ)は生命(せいめい)の麪(ぱん)なり、我(われ)に來(きた)る人(ひと)は飢(う)ゑず、我(われ)を信(しん)ずる人(ひと)は、何時(いつ)も渴(かわ)かざるべし。 36然(しか)れども我(わ)が既(すで)に汝(なんぢ)等(ら)に告(つ)げし如(ごと)く、汝(なんぢ)等(ら)は我(われ)を見(み)たれども、猶(なほ)信(しん)ぜざるなり。 37總(すべ)て父(ちち)の我(われ)に賜(たま)ふ者(もの)は我(われ)に來(きた)らん、我(われ)に來(きた)る人(ひと)は我(われ)之(これ)を逐出(おひいだ)さじ、 38是(これ)我(わ)が天(てん)より降(くだ)りしは、我意(わがい)を成(な)さん爲(ため)に非(あら)ずして、我(われ)を遣(つか)はし給(たま)ひし者(もの)の思召(おぼしめし)を成(な)さん爲(ため)なればなり。 39然(さ)て我(われ)を遣(つか)はし給(たま)ひし父(ちち)の思召(おぼしめし)は、總(すべ)て我(われ)に賜(たま)ひし者(もの)を我(われ)毫(がう)も失(うしな)はずして、終(をはり)の日(ひ)に之(これ)を復活(ふくくわつ)せしむべき事(こと)是(これ)なり。 40又(また)我(われ)を遣(つか)はし給(たま)ひし我(わが)父(ちち)の思召(おぼしめし)は、總(すべ)て子(こ)を見(み)て之(これ)を信仰(しんかう)する人(ひと)は永遠(えいえん)の生命(せいめい)を得(え)ん事(こと)是(これ)なり。斯(かく)て我(われ)終(をはり)の日(ひ)に之(これ)を復活(ふくくわつ)せしむべし、と。 41是(ここ)に於(おい)てイエズスが、我(われ)は天(てん)より降(くだ)りたる麪(ぱん)なり、と曰(のたま)ひし爲(ため)に、ユデア人(じん)等(ら)彼(かれ)に就(つ)きて呟(つぶや)きつつ、 42是(これ)ヨゼフの子(こ)イエズスにして、其(その)父母(ちちはは)は我(われ)等(ら)が知(し)れる者(もの)ならずや。然(しか)るを如何(いかん)ぞ、我(われ)は天(てん)より降(くだ)れりと云(い)ふや、と云(い)ひければ、 43イエズス答(こた)へて曰(のたま)ひけるは、汝(なんぢ)等(ら)呟(つぶや)き合(あ)ふこと勿(なか)れ、 44我(われ)を遣(つか)はし給(たま)ひし父(ちち)の引(ひ)き給(たま)ふに非(あら)ずば、何人(なにびと)も我(われ)に來(きた)る事(こと)を得(え)ず、[來(きた)る人(ひと)は]我(われ)終(をはり)の日(ひ)に之(これ)を復活(ふくくわつ)せしめん。 45預言(よげん)者(しや)等(たち)[の書(しよ)]に錄(かきしる)して、「皆(みな)神(かみ)に敎(をし)へらるる者(もの)とならん」とあり。父(ちち)に聽(き)きて學(まな)べる人(ひと)は皆(みな)我(われ)に來(きた)る、 46父(ちち)を人(ひと)の見(み)奉(たてまつ)りしには非(あら)ず、惟(ただ)神(かみ)より成(な)る者(もの)のみ父(ちち)を見(み)奉(たてまつ)りたるなり。 47誠(まこと)に實(まこと)に汝(なんぢ)等(ら)に告(つ)ぐ、我(われ)を信(しん)ずる人(ひと)は永遠(えいえん)の生命(せいめい)を有(いう)す。 48我(われ)は生命(せいめい)の麪(ぱん)なり。 49汝(なんぢ)等(ら)の先祖(せんぞ)は、荒野(あれの)にマンナを食(しよく)して死(し)せしが、 50是(こ)は天(てん)より降(くだ)る麪(ぱん)にして、人(ひと)之(これ)を食(しよく)せば死(し)せざらん爲(ため)なり。 51我(われ)は天(てん)より降(くだ)りたる活(い)ける麪(ぱん)なり。人(ひと)若(もし)此(この)わが麪(ぱん)を食(しよく)せば永遠(えいえん)に活(い)くべし。[52]而(しか)して我(わ)が與(あた)へんとする麪(ぱん)は、此(この)世(よ)を活(い)かさん爲(ため)の我(わが)肉(にく)なり、と。 52[53]是(ここ)に於(おい)てユデア人(じん)等(ら)相(あひ)爭(あらそ)ひ、此(この)人(ひと)爭(いか)でか己(おの)が肉(にく)を我(われ)等(ら)に與(あた)へて食(しよく)せしむるを得(え)んや、と云(い)ひしかば、 53[54]イエズス曰(のたま)ひけるは、誠(まこと)に實(まこと)に汝(なんぢ)等(ら)に告(つ)ぐ、汝(なんぢ)等(ら)人(ひと)の子(こ)の肉(にく)を食(しよく)せず其(その)血(ち)を飲(の)まずば、汝(なんぢ)等(ら)の衷(うち)に生命(せいめい)を有(いう)せざるべし。 54[55]我(わが)肉(にく)を食(しよく)し我(わが)血(ち)を飲(の)む人(ひと)は永遠(えいえん)の生命(せいめい)を有(いう)す、而(しか)して我(われ)終(をはり)の日(ひ)に之(これ)を復活(ふくくわつ)せしむべし。 55[56]蓋(けだし)我(わが)肉(にく)は實(じつ)に食物(しょくもつ)なり。我(わが)血(ち)は實(じつ)に飲物(のみもの)なり。 56[57]我(わが)肉(にく)を食(しよく)し我(わが)血(ち)を飲(の)む人(ひと)は我(われ)に止(とどま)り、我(われ)も亦(また)之(これ)に止(とどま)る。 57[58]活(い)ける父(ちち)我(われ)を遣(つか)はし給(たま)ひて、我(わが)父(ちち)に由(よ)りて活(い)くる如(ごと)く、我(われ)を食(しよく)する人(ひと)も亦(また)我(われ)に由(よ)りて活(い)きん。 58[59]是(これ)ぞ天(てん)より降(くだ)りし麪(ぱん)なる、汝(なんぢ)等(ら)の先祖(せんぞ)がマンナを食(しよく)して然(しか)も死(し)せしが如(ごと)くならず、此(この)麪(ぱん)を食(しよく)する人(ひと)は永遠(えいえん)に活(い)くべし、と。 59[60]イエズスカファルナウムなる會堂(くわいどう)の内(うち)にて敎(をし)へつつ斯(か)く曰(のたま)ひしに、 60[61]弟子(でし)等(たち)の中(うち)には、之(これ)を聞(き)きて、此(この)談(ものがたり)は難(かた)し、誰(たれ)か之(これ)を聽(き)くことを得(え)ん、と謂(い)ふ者(もの)多(おほ)かりしが、 61[62]イエズス彼等(かれら)が之(これ)に就(つ)きて呟(つぶや)けるを自(みづか)ら知(し)りて曰(のたま)ひけるは、此(この)事(こと)汝(なんぢ)等(ら)を躓(つまづ)かしむるか、 62[63]然(さ)れば汝(なんぢ)等(ら)若(もし)人(ひと)の子(こ)が原(もと)居(を)りし處(ところ)に昇(のぼ)るを見(み)ば如何(いかん)、 63[64]活(い)かすものは靈(れい)にして、肉(にく)は益(えき)する所(ところ)なし、我(わ)が汝(なんぢ)等(ら)に語(かた)りし言(ことば)は靈(れい)なり生命(せいめい)なり。 64[65]然(しか)れども汝(なんぢ)等(ら)の中(うち)には信(しん)ぜざる者(もの)あり、と。是(これ)イエズス素(もと)より、信(しん)ぜざる人々(ひとびと)の誰(たれ)なるか、己(おのれ)を賣(う)るべき人(ひと)の誰(たれ)なるかを知(し)り居(ゐ)給(たま)へばなり。 65[66]斯(かく)て曰(のたま)ひけるは、然(さ)ればこそ我(われ)曾(かつ)て、人(ひと)は我(わが)父(ちち)より賜(たま)はりたるに非(あら)ずば我(われ)に來(きた)ることを得(え)ず、と汝(なんぢ)等(ら)に告(つ)げたるなれ、と。 66[67]此(この)後(のち)は、弟子(でし)等(たち)多(おほ)く退(しりぞ)きて、最早(もはや)イエズスと共(とも)に步(あゆ)まざりしかば、 67[68]イエズス十二人(にん)に向(むか)ひ、汝(なんぢ)等(ら)も去(さ)らんと欲(ほつ)するか、と曰(のたま)ひしに、 68[69]シモン、ペトロ答(こた)へけるは、主(しゆ)よ、我(われ)等(ら)誰(たれ)にか之(ゆ)かん、汝(なんぢ)こそ永遠(えいえん)の生命(せいめい)の言(ことば)を有(いう)し給(たま)ふなれ。 69[70]我(われ)等(ら)は汝(なんぢ)が神(かみ)の御子(おんこ)キリストなる事(こと)を信(しん)じ且(かつ)曉(さと)れり、と。 70[71]イエズス彼等(かれら)に答(こた)へ給(たま)ひけるは、我(われ)汝(なんぢ)等(ら)十二人(にん)を選(えら)みしに非(あら)ずや、然(しか)るに汝(なんぢ)等(ら)の一人(ひとり)は惡魔(あくま)なり、と。 71[72]是(こ)はシモンの子(こ)イスカリオテのユダを曰(のたま)へるものにて、彼(かれ)は十二人(にん)の一人(ひとり)ながら、イエズスを賣(う)るべき者(もの)なればなり。

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第7章

1ユデア人(じん)が殺(ころ)さんと謀(はか)れるに因(よ)り、イエズス其(その)後(のち)はユデアを巡(めぐ)ることを好(この)み給(たま)はず、ガリレアを巡(めぐ)り給(たま)ひしが、 2ユデア人(じん)の幕屋(まくや)の祝日(しゆくじつ)近(ちか)づきければ、 3兄弟等(きやうだいたち)イエズスに向(むか)ひ、汝(なんぢ)の行(おこな)へる業(わざ)を弟子(でし)等(たち)に見(み)せん爲(ため)、此處(ここ)を去(さ)りてユデアに往(ゆ)け、 4蓋(けだし)公(おおやけ)に知(し)れん事(こと)を求(もと)めながら、而(しか)も窃(ひそか)に事(こと)を爲(な)す人(ひと)はあらず、斯(かか)る事(こと)を爲(な)す上(うへ)は己(おのれ)を世(よ)を顯(あらは)せかし、と云(い)へり。 5是(これ)其(その)兄弟等(きやうだいたち)も之(これ)を信(しん)ぜざりし故(ゆゑ)なり。 6然(さ)ればイエズス彼等(かれら)に曰(のたま)ひけるは、汝(なんぢ)等(ら)の時(とき)は恒(つね)に備(そな)はれども、我(わが)時(とき)は未(いま)だ至(いた)らず、 7世(よ)は汝(なんぢ)等(ら)を憎(にく)む能(あた)はざるに我(われ)をば憎(にく)めり、其(そ)は我(われ)之(これ)に就(つ)きて、其(その)所業(しわざ)の惡(あし)きことを證(しよう)すればなり、 8汝(なんぢ)等(ら)は此(この)祭日(さいじつ)に上(のぼ)れ、我(わが)時(とき)未(いま)だ滿(み)たざれば、我(われ)は此(この)祭日(さいじつ)に上(のぼ)らず、と。 9斯(か)く曰(のたま)ひてガリレアに留(とどま)り給(たま)ひしが、 10兄弟等(きやうだいたち)の上(のぼ)りたる後(のち)、自(みづか)らも顯(あらは)ならず忍(しの)びたる樣(やう)にて祭日(さいじつ)に上(のぼ)り給(たま)へり。 11然(さ)れば祭日(さいじつ)に當(あた)りて、ユデア人(じん)、彼(かれ)は何處(いづこ)に居(を)るぞとて之(これ)を探(さが)し、 12又(また)群衆(ぐんしゆう)の中(うち)に之(これ)に就(つ)きて囁(ささや)く者(もの)多(おほ)かりき。卽(すなは)ち或(ある)人(ひと)は彼(かれ)は善人(ぜんにん)なりと謂(い)ひ、或(ある)人(ひと)は否(いな)人民(じんみん)を惑(まど)はすのみと謂(い)ひ居(ゐ)たり、 13然(さ)れど孰(いづれ)もユデア人(じん)の懼(おそ)ろしさに、彼(かれ)に就(つ)きて顯(あらは)に語(かた)る人(ひと)なかりき。 14斯(かく)て祭日(さいじつ)の半(なかば)に、イエズス[神(しん)]殿(でん)に上(のぼ)りて敎(をし)へ給(たま)ひければ、 15ユデア人(じん)驚嘆(きやうたん)して、彼(かの)曾(かつ)て學(まな)ばざるに如何(いか)にして文字(もんじ)を知(し)れるぞ、と云(い)ひ居(ゐ)たるを、 16イエズス彼等(かれら)に答(こた)へて曰(のたま)ひけるは、我(わが)敎(をしへ)は我(われ)のに非(あら)ず、我(われ)を遣(つか)はし給(たま)ひし者(もの)の[敎(をしへ)]なり。 17其(その)思召(おぼしめし)を肯(あへ)て爲(な)さん人(ひと)は、此(この)敎(をしへ)が神(かみ)よりせるか又(また)は我(わ)が私(わたくし)を以(もつ)て言(ものい)へるかを曉(さと)らん。 18己(おの)が私(わたくし)を以(もつ)て語(かた)る人(ひと)は己(おのれ)の光榮(くわうえい)を求(もと)むれども、己(おのれ)を遣(つか)はしし者(もの)の光榮(くわうえい)を求(もと)むる人(ひと)は、眞實(しんじつ)にして衷(うち)に不義(ふぎ)ある事(こと)なし。 19モイゼは律法(りつぱふ)を汝(なんぢ)等(ら)に授(さづ)けしに、汝(なんぢ)等(ら)の中(うち)に之(これ)を行(おこな)ふ者(もの)なきは何(なん)ぞや、 20汝(なんぢ)等(ら)如何(いかん)ぞ我(われ)を殺(ころ)さんとは謀(はか)る、と。群衆(ぐんしゆう)答(こた)へて、汝(なんぢ)は惡魔(あくま)に憑(つ)かれたり、誰(たれ)か汝(なんぢ)を殺(ころ)さんとはする、と云(い)ひしかば、 21イエズス答(こた)へて曰(のたま)ひけるは、我(われ)一(ひとつ)の業(わざ)を爲(な)ししに汝(なんぢ)等(ら)皆(みな)之(これ)を訝(いぶか)れり、 22夫(それ)モイゼ割禮(かつれい)を汝(なんぢ)等(ら)に授(さづ)けたれば、――モイゼより出(いで)しに非(あら)ずして先祖(せんぞ)より出(い)でたるものなるに、――汝(なんぢ)等(ら)安息日(あんそくじつ)にも人(ひと)に割禮(かつれい)を行(おこな)ひ、 23モイゼの律法(りつぱふ)を破(やぶ)らじとて、人(ひと)は安息日(あんそくじつ)にも割禮(かつれい)を受(う)くるに、我(わ)が安息日(あんそくじつ)に人(ひと)の全身(ぜんしん)を醫(いや)したればとて、汝(なんぢ)等(ら)の我(われ)を憤(いきどほ)るは何(なん)ぞや。 24外見(ぐわいけん)によりて是非(ぜひ)すること無(な)く、正(ただ)しき判斷(はんだん)によりて是非(ぜひ)を定(さだ)めよ、と。 25是(ここ)に於(おい)てエルザレムの或(ある)人々(ひとびと)言(い)ひけるは、是(これ)人々(ひとびと)が殺(ころ)さんと謀(はか)れる者(もの)に非(あら)ずや、 26看(み)よ公然(こうぜん)と談話(だんわ)すれども人(ひと)は之(これ)に何(なに)をも言(い)はず。司(つかさ)等(たち)は彼(かれ)がキリストたる事(こと)を眞(まこと)に認(みと)めたるか、 27然(さ)りながら我(われ)等(ら)は此(この)人(ひと)の何處(いづこ)の者(もの)なるかを知(し)れり、キリストの來(きた)る時(とき)には其(その)何處(いづこ)よりせるかを知(し)る人(ひと)あらじ、と。 28然(しか)るにイエズス神殿(しんでん)にて呼(よば)はりつつ敎(をし)へて曰(のたま)ひけるは、汝(なんぢ)等(ら)は我(われ)を知(し)り、亦(また)我(わ)が何處(いづこ)より來(きた)れるかを知(し)れり、然(しか)れども我(われ)は己(おのれ)によりて來(きた)りたるには非(あら)ず、我(われ)を遣(つか)はし給(たま)ひし者(もの)は眞實(しんじつ)にて在(ましま)す、汝(なんぢ)等(ら)は之(これ)を知(し)らず、 29我(われ)は之(これ)を知(し)れり、其(そ)は我(われ)彼(かれ)より出(い)でて、彼(かれ)我(われ)を遣(つか)はし給(たま)ひたればなり、と。 30是(ここ)に於(おい)て彼等(かれら)イエズスを捕(とら)へんと謀(はか)れども、誰(たれ)も手(て)を掛(か)くる者(もの)なかりき、其(そ)は彼(かれ)が時(とき)未(いま)だ至(いた)らざればなり。 31然(さ)れど人民(じんみん)の中(うち)には之(これ)を信(しん)じたる者(もの)多(おほ)く、キリスト來(きた)ればとて豈(あに)此(この)人(ひと)の爲(な)すより多(おほ)くの奇蹟(きせき)を爲(な)さんや、と云(い)ひ居(ゐ)たり。 32人民(じんみん)がイエズスに就(つ)きて斯(か)く囁(ささや)ける由(よし)ファリザイ人(じん)の耳(みみ)に入(い)りしかば、司祭(しさい)長(ちやう)とファリザイ人(じん)とは、下役(したやく)等(ども)を遣(つか)はしてイエズスを捕(とら)へしめんとせしを、 33イエズス彼等(かれら)に曰(のたま)ひけるは、我(われ)尙(なほ)暫(しばら)く汝(なんぢ)等(ら)と共(とも)に居(をり)て、然(さ)て我(われ)を遣(つかは)し給(たまひ)し者(もの)の御許(おんもと)に之(ゆ)かんとす、 34汝(なんぢ)等(ら)我(われ)を尋(たず)ぬべけれど而(しか)も我(われ)に遇(あ)はじ、我(わ)が居(を)る處(ところ)には汝(なんぢ)等(ら)來(きた)る事(こと)能(あた)はず、と。 35是(ここ)に於(おい)てユデア人(じん)等(ら)語(かたり)合(あ)ひけるは、我(われ)等(ら)彼(かれ)に遇(あ)はじとて、彼(かれ)は何處(いづこ)に往(ゆ)かんとするぞ、異邦(いはう)人(じん)の中(うち)に散在(さんざい)せる同邦(どうはう)人(じん)の許(もと)に往(ゆ)きて、異邦(いはう)人(じん)を敎(をし)へんとするか、 36其(その)言(ことば)に、汝(なんぢ)等(ら)我(われ)を尋(たず)ぬべけれど而(しか)も我(われ)に遇(あ)はじ、我(わ)が居(を)る處(ところ)には汝(なんぢ)等(ら)來(きた)る事(こと)能(あた)はず、と云(い)ひしは何事(なにごと)ぞや、と。 37祭(まつり)の終(はて)の日(ひ)、卽(すなは)ち其(その)大(だい)祭日(さいじつ)に、イエズス立(た)ちて呼(よば)はりつつ曰(のたま)ひけるは、渴(かわ)ける人(ひと)あらば我(わが)許(もと)に來(きた)りて飲(の)め、 38我(われ)を信(しん)ずる人(ひと)は、聖書(せいしよ)に云(い)へる如(ごと)く、活(い)ける水(みづ)の川(かわ)其(その)腹(はら)より流出(ながれい)づべし、と。 39斯(か)く曰(のたま)ひしは、己(おのれ)を信(しん)ずる人々(ひとびと)に賜(たま)はるべき[聖(せい)]靈(れい)の事(こと)なりき、其(そ)はイエズス未(いま)だ光榮(くわうえい)を受(う)け給(たま)はざるにより、[聖(せい)]靈(れい)は未(いま)だ賜(たま)はざりしが故(ゆゑ)なり。 40斯(かく)て彼(かの)群衆(ぐんしゆう)の中(うち)に、是(これ)等(ら)の言(ことば)を聞(き)きて、是(これ)眞(まこと)に彼(かの)預言(よげん)者(しや)なり、と謂(い)ふ人(ひと)あり、 41是(これ)キリストなり、と謂(い)ふ人(ひと)もありき。然(さ)れど或(ある)人(ひと)は、キリストはガリレアより出(い)づべき者(もの)なるか、 42聖書(せいしよ)にキリストはダヴィドの裔(すゑ)より、又(また)ダヴィドの居(ゐ)たりしベトレヘムの町(まち)より出(い)づ、と云(い)へるに非(あら)ずや、と云(い)ひつつ、 43イエズスに就(つ)きて群衆(ぐんしゆう)の中(うち)に諍論(いさかひ)を生(しやう)じたり。 44中(なか)にはイエズスを捕(とら)へんと欲(ほつ)する者(もの)ありたれど、誰(たれ)も手(て)を掛(かけ)くる者(もの)なかりき。 45然(さ)れど下役(したやく)等(ども)は、司祭(しさい)長(ちやう)とファリザイ人(じん)との許(もと)に還(かへ)りしに、何(なん)ぞ彼(かれ)を引(ひき)來(きた)らざる、と云(い)はれて、 46下役(したやく)等(ども)、此(この)人(ひと)の如(ごと)く語(かた)りし人(ひと)は未(いま)だ曾(かつ)てあらず、と答(こた)へしかば、 47ファリザイ人(じん)答(こた)へけるは、汝(なんぢ)等(ら)も亦(また)惑(まど)はされしか、 48長(かしら)及(およ)びファリザイ人(じん)の中(うち)に、一人(ひとり)だも彼(かれ)を信(しん)じたる者(もの)ありや、 49然(さ)れど律法(りつぱふ)を知(し)らざる彼(かの)群衆(ぐんしゆう)は詛(のろ)はれたる者(もの)なり、と。 50曾(かつ)て夜(よる)イエズスに至(いた)りし彼(かの)ニコデモは、其(その)中(うち)の一人(ひとり)なりしが、彼等(かれら)に向(むか)ひて、 51我(わが)律法(りつぱふ)は、先(まづ)其(その)人(ひと)にも聽(きき)糺(ただ)さず、其(その)爲(な)す所(ところ)をも知(し)らずして、之(これ)を罪(つみ)に定(さだ)むるものなるか、と云(い)ひしかば、 52彼等(かれら)答(こた)へて云(い)ひけるは、汝(なんぢ)も亦(また)ガリレア人(じん)なるか、聖書(せいしよ)を探(さぐ)り見(み)よ、然(さ)て預言(よげん)者(しや)はガリレアより起(おこ)るものに非(あら)ずと曉(さと)れ、と。 53斯(かく)て各(おのおの)自宅(じたく)に歸(かへ)れり。

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第8章

1イエズス、橄欖(かんらん)山(ざん)に往(ゆ)き、 2黎明(よあけ)に復(また)[神(しん)]殿(でん)に至(いた)り給(たま)ひしに、人民(じんみん)皆(みな)御許(おんもと)に來(きた)りければ、坐(ざ)して之(これ)を敎(をし)へ居(ゐ)給(たま)ひしが、 3律法(りつぱふ)學士(がくし)、ファリザイ人(じん)等(ら)、姦淫(かんいん)せる時(とき)捕(とら)へられたる一人(ひとり)の婦(をんな)を引(ひき)來(きた)りて之(これ)を眞中(まんなか)に立(た)たせ、 4イエズスに云(い)ひけるは、師(し)よ、此(この)婦(をんな)は今(いま)姦淫(かんいん)せる處(ところ)を捕(とら)へられたり、 5モイゼは律法(りつぱふ)に於(おい)て斯(かか)る者(もの)に石(いし)を擲(なげう)つ事(こと)を我(われ)等(ら)に命(めい)じたるが、汝(なんぢ)は之(これ)を何(なん)と謂(い)ふぞ、と。 6斯(か)く云(い)へるは、イエズスを試(こころ)みて、訟(うつた)ふる條件(かど)を得(え)ん爲(ため)なりしが、イエズスは身(み)を屈(かが)め、指(ゆび)もて地(ち)に物(もの)を書(か)き居(ゐ)給(たま)へり。 7然(しか)るに彼等(かれら)問(と)ひて止(や)まざりしかば、イエズス立上(たちあが)り、汝(なんぢ)等(ら)の中(うち)罪(つみ)なき人(ひと)は、先(さき)に石(いし)を彼(かれ)に擲(なげう)つべし、と曰(のたま)ひ、 8再(ふたた)び身(み)を屈(かが)めて地(ち)に物書(ものか)き居(ゐ)給(たま)へるに、 9彼等(かれら)聞(き)きて、年長(としより)を初(はじめ)として一人(ひとり)々々(ひとり)に立去(たちさ)り、唯(ただ)イエズスと眞中(まんなか)に立(た)てる婦(をんな)とのみ遺(のこ)りしかば、 10イエズス立上(たちあが)りて之(これ)に曰(のたま)ひけるは、婦(をんな)よ、汝(なんぢ)を訟(うつた)へ居(ゐ)たりし人々(ひとびと)は何處(いづこ)に居(を)るぞ、誰(たれ)も汝(なんぢ)を罪(つみ)に定(さだ)めざりしか、と。 11婦(をんな)、主(しゆ)よ誰(たれ)も、と云(い)ひしかば、イエズス曰(のたま)ひけるは、我(われ)も汝(なんぢ)を罪(つみ)に定(さだ)めじ、往(ゆ)け、此(この)後(のち)復(また)罪(つみ)を犯(おか)すこと勿(なか)れ、と。 12然(さ)てイエズス再(ふたた)び人々(ひとびと)に語(かた)りて、我(われ)は世(よ)の光(ひかり)なり、我(われ)に從(したが)ふ人(ひと)は暗黑(くらやみ)を步(あゆ)まず、却(かえつ)て生命(せいめい)の光(ひかり)を得(う)べし、と曰(のたま)ひければ、 13ファリザイ人(じん)之(これ)に謂(い)ひけるは、汝(なんぢ)は自(みづか)ら己(おのれ)を證明(しようめい)す、汝(なんぢ)の證明(しようめい)は眞實(しんじつ)ならず。 14イエズス答(こた)へて曰(のたま)ひけるは、我(われ)は己(おのれ)を證明(しようめい)すれども、我(わが)證明(しようめい)は眞實(しんじつ)なり、是(これ)我(わ)が何處(いづこ)より來(きた)りて何處(いづこ)に往(ゆ)くかを知(し)ればなり。然(さ)れど汝(なんぢ)等(ら)は、我(わ)が何處(いづこ)より來(きた)りて何處(いづこ)に往(ゆ)くかを知(し)らず、 15汝(なんぢ)等(ら)は肉親(にくしん)によりて是非(ぜひ)し、我(われ)は誰(たれ)をも是非(ぜひ)せず、 16若(もし)是非(ぜひ)する事(こと)あれば、我(わ)が是非(ぜひ)する所(ところ)は眞實(しんじつ)なり、其(そ)は我(われ)獨(ひとり)に非(あら)ずして我(われ)と我(われ)を遣(つか)はし給(たま)ひし父(ちち)となればなり。 17汝(なんぢ)等(ら)の律法(りつぱふ)に錄(かきしる)して、「二人(ふたり)の證(しよう)は眞實(しんじつ)なり」とあり、 18我(われ)は己(おのれ)を證(しよう)し、我(われ)を遣(つか)はし給(たま)ひし父(ちち)も亦(また)我(われ)を證(しよう)し給(たま)ふなり、と。 19彼等(かれら)乃(すなは)ちイエズスに向(むか)ひ、汝(なんぢ)の父(ちち)何處(いづこ)にか在(あ)る、と云(い)ひしかば、イエズス答(こた)へ給(たま)ひけるは、汝(なんぢ)等(ら)は我(われ)をも我(わが)父(ちち)をも知(し)らず、若(もし)我(われ)を知(し)りたらば必(かなら)ず我(わが)父(ちち)をも知(し)れるならん、と。 20イエズスが斯(か)く語(かた)り給(たま)ひしは、[神(しん)]殿(でん)の内(うち)、賽錢(さいせん)箱(ばこ)の傍(かたはら)にて敎(をし)へつつありし時(とき)なれども、誰(たれ)も手(て)を掛(か)くる者(もの)なかりき、其(そ)は彼(かれ)の時(とき)未(いま)だ至(いた)らざればなり。 21然(さ)ればイエズス再(ふたた)び彼等(かれら)に向(むか)ひ、我(われ)は往(ゆ)く、汝(なんぢ)等(ら)我(われ)を尋(たず)ぬべけれども、己(おの)が罪(つみ)の中(うち)に死(し)せん、我(わ)が往(ゆ)く處(ところ)には汝(なんぢ)等(ら)來(きた)る能(あた)はず、と曰(のたま)ひしかば、 22ユデア人(じん)、彼(かれ)は我(わ)が往(ゆ)く處(ところ)には汝(なんぢ)等(ら)來(きた)る能(あた)はずと云(い)ひしが、自殺(じさつ)せんとするか、と云(い)ひけるに、 23イエズス曰(のたま)ひけるは、汝(なんぢ)等(ら)は下(した)よりせるに、我(われ)は上(うへ)よりせり、汝(なんぢ)等(ら)は此(この)世(よ)の者(もの)なるに、我(われ)は此(この)世(よ)の者(もの)に非(あら)ず、 24我(われ)是(これ)によりて、汝(なんぢ)等(ら)己(おの)が罪(つみ)の中(うち)に死(し)せんと云(い)へり、蓋(けだし)汝(なんぢ)等(ら)、若(もし)我(わ)が其(それ)なる事(こと)を信(しん)ぜずば、己(おの)が罪(つみ)の中(うち)に死(し)すべし、と。 25彼等(かれら)、汝(なんぢ)は誰(たれ)なるぞ、と云(い)ひしかば、イエズス曰(のたま)ひけるは、我(われ)は卽(すなは)ち素(もと)より汝(なんぢ)等(ら)に告(つ)ぐる所(ところ)の者(もの)なり。 26我(われ)汝(なんぢ)等(ら)に就(つ)きて云(い)ふべき事(こと)、審(さば)くべき事(こと)多(おほ)し、然(さ)りながら我(われ)を遣(つか)はし給(たま)ひし者(もの)は眞實(しんじつ)にて在(ましま)し、我(わ)が世(よ)に在(あ)りて語(かた)る所(ところ)は彼(かれ)より聞(き)きしものなり、と。 27斯(かく)ても彼等(かれら)は、イエズスが神(かみ)を我(わが)父(ちち)と稱(しよう)し給(たま)へることを曉(さと)らざりき。 28然(さ)ればイエズス彼等(かれら)に曰(のたま)ひけるは、汝(なんぢ)等(ら)人(ひと)の子(こ)を擧(あ)げたらん時(とき)、我(わ)が其(それ)なる事(こと)を曉(さと)り、又(また)我(わ)が私(わたくし)には何事(なにごと)をも爲(な)さず、父(ちち)の敎(をし)へ給(たま)へる儘(まま)に、此(この)等(ら)の事(こと)を語(かた)るを曉(さと)らん。 29我(われ)を遣(つか)はし給(たま)ひし者(もの)は我(われ)と共(とも)に在(ましま)して、我(われ)を孤(ひとり)ならしめ給(たま)はず、其(そ)は我(わ)が恒(つね)に御意(みこころ)に適(かな)へる事(こと)を爲(な)せばなり、と。 30斯(か)く語(かた)り給(たま)へるに、信仰(しんかう)する人(ひと)多(おほ)かりければ、 31イエズス己(おのれ)を信(しん)じたるユデア人(じん)に向(むか)ひ、汝(なんぢ)等(ら)若(もし)我(わが)言(ことば)に止(とどま)らば實(まこと)に我(わが)弟子(でし)にして、且(かつ)眞理(しんり)を曉(さと)り、 32眞理(しんり)は汝(なんぢ)等(ら)を自由(じいう)ならしめん、と曰(のたま)ひしかば、 33彼等(かれら)答(こた)へけるは、我(われ)等(ら)はアブラハムの子孫(しそん)にして未(いま)だ曾(かつ)て誰(たれ)にも奴隷(どれい)たりし事(こと)なし、何(なん)ぞ汝(なんぢ)等(ら)自由(じいう)なるべしと言(い)ふや、と。 34イエズス彼等(かれら)に答(こた)へ給(たま)ひけるは、誠(まこと)に實(まこと)に汝(なんぢ)等(ら)に告(つ)ぐ、總(すべ)て罪(つみ)を犯(おか)す人(ひと)は罪(つみ)の奴隷(どれい)なり、 35奴隷(どれい)は限(かぎり)なく家(いへ)に止(とどま)る者(もの)に非(あら)ず、子(こ)こそ限(かぎり)なく止(とどま)るなれ、 36然(さ)れば子(こ)若(もし)汝(なんぢ)等(ら)を自由(じいう)ならしめば、汝(なんぢ)等(ら)實(じつ)に自由(じいう)成(な)るべし。 37汝(なんぢ)等(ら)がアブラハムの子孫(しそん)なる事(こと)は我(われ)之(これ)を知(し)れり、然(さ)れども我(わが)言(ことば)汝(なんぢ)等(ら)の中(うち)に容(い)れられざるによりて、汝(なんぢ)等(ら)我(われ)を殺(ころ)さんとす。 38我(われ)は我(わが)父(ちち)に就(つ)きて見(み)し所(ところ)を語(かた)り、汝(なんぢ)等(ら)は己(おの)が父(ちち)に就(つ)きて見(み)し所(ところ)を行(おこな)ふなり、と。 39彼等(かれら)答(こた)へて、我(われ)等(ら)の父(ちち)はアブラハムなり、と云(い)ひしかば、イエズス彼等(かれら)に曰(のたま)ひけるは、汝(なんぢ)等(ら)若(もし)アブラハムの子等(こども)ならばアブラハムの業(わざ)を爲(な)せ、 40然(しか)るに汝(なんぢ)等(ら)は今(いま)、神(かみ)より聞(き)きたる眞理(しんり)を汝(なんぢ)等(ら)に告(つ)ぐる人(ひと)たる我(われ)を殺(ころ)さんと謀(はか)る、是(これ)アブラハムの爲(な)さざる所(ところ)、 41汝(なんぢ)等(ら)は己(おの)が父(ちち)の業(わざ)を爲(な)すなり、と。是(ここ)に於(おい)て彼等(かれら)イエズスに云(い)ひけるは、我(われ)等(ら)は私通(しつう)によりて生(うま)れし者(もの)に非(あら)ず、我(われ)等(ら)に獨(どく)一(いつ)の父(ちち)卽(すなは)ち神(かみ)あり、と。 42イエズス乃(すなは)ち彼等(かれら)に曰(のたま)ひけるは、神(かみ)若(もし)汝(なんぢ)等(ら)の父(ちち)ならば汝(なんぢ)等(ら)は必(かなら)ず我(われ)を愛(あい)するならん、其(そ)は我(われ)神(かみ)より出來(いできた)りたればなり、卽(すなは)ち我(われ)は私(わたくし)に來(きた)りしに非(あら)ず、神(かみ)こそ我(われ)を遣(つか)はし給(たま)ひしなれ。 43汝(なんぢ)等(ら)我(わが)談(ものがたり)を弁(わきま)へざるは何故(なにゆゑ)ぞ、是(これ)我(わ)が語(かた)る所(ところ)を聞(き)き得(え)ざる故(ゆゑ)なり。 44汝(なんぢ)等(ら)は惡魔(あくま)なる父(ちち)より出(い)でて敢(あへ)て己(おの)が父(ちち)の望(のぞみ)を行(おこな)ふ、彼(かれ)は初(はじめ)より殺人(さつじん)者(しや)にして眞理(しんり)に立(た)たざりき、眞理(しんり)は彼(か)の中(うち)に在(あ)らざればなり、彼(かれ)は僞(いつはり)を云(い)ふ時(とき)己(おのれ)より語(かた)る、其(そ)は僞者(いつはりもの)にして而(しか)も僞(いつはり)の父(ちち)なればなり。 45我(われ)眞理(しんり)を說(と)けども汝(なんぢ)等(ら)之(これ)を信(しん)ぜず、 46汝(なんぢ)等(ら)の中(うち)誰(たれ)か我(われ)に罪(つみ)ある事(こと)を證(しよう)せん。我(われ)汝(なんぢ)等(ら)に眞理(しんり)を說(と)くも我(われ)を信(しん)ぜざるは何故(なにゆゑ)ぞ、 47神(かみ)よりの者(もの)は神(かみ)の御言(おんことば)を聽(き)く、汝(なんぢ)等(ら)の聽(き)かざるは神(かみ)よりの者(もの)ならざるによれり、と。 48斯(かく)てユデア人(じん)答(こた)へてイエズスに謂(い)ひけるは、我(われ)等(ら)が、汝(なんぢ)はサマリア人(じん)にして惡魔(あくま)に憑(つ)かれたる者(もの)なり、と云(い)へるは宜(うべ)ならずや。 49イエズス答(こた)へけるは、我(われ)惡魔(あくま)に憑(つ)かれず、却(かえつ)て我(わが)父(ちち)を尊(たふと)べるに、汝(なんぢ)等(ら)は我(われ)を侮辱(ぶじよく)す。 50但(ただし)我(われ)は己(おのれ)の光榮(くわうえい)を求(もと)めず、之(これ)を求(もと)め且(かつ)審判(しんぱん)し給(たま)ふ者(もの)は別(べつ)に在(あ)り。 51誠(まこと)に實(まこと)に汝(なんぢ)等(ら)に告(つ)ぐ、人(ひと)若(もし)我(わが)言(ことば)を守(まも)らば永遠(えいえん)に死(し)を見(み)ざるべし、と。 52是(ここ)に於(おい)てユデア人(じん)云(い)ひけるは、我(われ)等(ら)汝(なんぢ)が惡魔(あくま)に憑(つ)かれたるを今(いま)こそは曉(さと)りたれ、アブラハムも死(し)し、預言(よげん)者(しや)等(たち)も死(し)せり、然(しか)るを汝(なんぢ)、人(ひと)若(もし)我(わが)言(ことば)を守(まも)らば永遠(えいえん)に死(し)を味(あじは)はじと云(い)ふ。 53汝(なんぢ)は我(われ)等(ら)の父(ちち)アブラハムよりも大(おほ)いなる者(もの)なるか、彼(かれ)も死(し)し預言(よげん)者(しや)も死(し)したるに、汝(なんぢ)は己(おのれ)を誰(たれ)なりとするぞ。 54イエズス答(こた)へ給(たま)ひけるは、我(われ)若(もし)自(みづか)ら己(おのれ)に光榮(くわうえい)を歸(き)せば、我(わが)光榮(くわうえい)は皆無(かいむ)成(な)るべし、我(われ)に光榮(くわうえい)を歸(き)する者(もの)は我(わが)父(ちち)なり。卽(すなは)ち汝(なんぢ)等(ら)が己(おのれ)の神(かみ)と稱(しよう)する者(もの)なり。 55汝(なんぢ)等(ら)は彼(かれ)を知(し)らざれども我(われ)は彼(かれ)を知(し)れり、我(われ)若(もし)彼(かれ)を知(し)らずと云(い)はば、汝(なんぢ)等(ら)と均(ひと)しく僞者(いつはりもの)たるべし、然(さ)れども我(われ)は彼(かれ)を知(し)り且(かつ)其(その)御言(おんことば)を守(まも)る。 56汝(なんぢ)等(ら)の父(ちち)アブラハムは、我(わが)日(ひ)を見(み)んと樂(たの)しみしが、見(み)て喜(よろこ)べり、と。 57是(ここ)に於(おい)てユデア人(じん)イエズスに向(むか)ひ、汝(なんぢ)未(いま)だ五十歲(さい)ならざるに、而(しか)もアブラハムを見(み)たりしや、と云(い)ひたるに、 58イエズス曰(のたま)ひけるは、誠(まこと)に實(まこと)に汝(なんぢ)等(ら)に告(つ)ぐ、我(われ)はアブラハムの生(うま)るるに先(さきだ)ちて存(そん)す、と。 59是(ここ)に於(おい)て人々(ひとびと)石(いし)を取(と)りてイエズスに擲(なげう)たんとしけるに、イエズス身(み)を隱(かく)して[神(しん)]殿(でん)より出(い)で給(たま)へり。

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第9章

1イエズス通(とお)りかかりに、一人(ひとり)の生(うま)れながらの瞽者(めしひ)を見(み)給(たま)ひしかば、 2弟子(でし)等(たち)、ラビ此(この)人(ひと)の瞽者(めしひ)に生(うま)れしは誰(たれ)の罪(つみ)ぞ、己(おのれ)の罪(つみ)か兩親(ふたおや)の罪(つみ)か、と問(と)ひたるに、 3イエズス答(こた)へ給(たま)ひけるは、此(この)人(ひと)も其(その)親(おや)も罪(つみ)を犯(おか)ししに非(あら)ず、彼(かれ)が身(み)の上(うへ)に神(かみ)の業(わざ)の顯(あらは)れん爲(ため)なり。 4我(われ)を遣(つか)はし給(たま)ひし者(もの)の業(わざ)を我(われ)晝(ひる)の間(あひだ)に爲(な)さざるべからず、誰(たれ)も業(わざ)を爲(な)す能(あた)はざる夜(よる)は將(まさ)に來(きた)らんとす、 5我(われ)世(よ)に在(あ)る間(あひだ)は世(よ)の光(ひかり)なり、と。 6斯(か)く曰(のたま)ひて、イエズス地(ち)に唾(つばき)し、唾(つばき)を以(もつ)て泥(どろ)を造(つく)り、之(これ)を彼(かれ)の目(め)に塗(ぬ)りて、 7曰(のたま)ひけるは、シロエの池(いけ)に至(いた)りて洗(あら)へ、と。シロエとは遣(つか)はされたるものと譯(やく)せらる。彼(かれ)卽(すなは)ち往(ゆ)きて洗(あら)ひしに、目明(めあ)きて歸(かへ)れり。 8斯(かく)て隣人(りんじん)及(およ)び曾(かつ)て彼(かれ)が乞食(こつじき)せるを見(み)し人々(ひとびと)は、是(これ)坐(すは)りて乞食(こつじき)し居(ゐ)たりし者(もの)ならずや、と云(い)へば、或(ある)人(ひと)は其(それ)なりと言(い)ひ、 9或(ある)人(ひと)は否(いな)其(それ)に似(に)たる人(ひと)なりと言(い)ふを彼(かれ)は、我(われ)其(それ)なりと云(い)ひ居(ゐ)たり。 10然(さ)れば彼等(かれら)、汝(なんぢ)の目(め)は如何(いか)にして明(あ)きたるぞ、と言(い)へるに、 11彼(かれ)答(こた)へけるは、彼(かの)イエズスと稱(しよう)する人(ひと)、泥(どろ)を造(つく)りて我(わが)目(め)に塗(ぬ)り、シロエの池(いけ)に至(いた)りて洗(あら)へと云(い)ひしかば、我(われ)往(ゆ)きて洗(あら)ひて、然(さ)て見(み)ゆるなり、と。 12人々(ひとびと)、其(その)人(ひと)何處(いづこ)に居(を)るぞと云(い)ひしに彼(かれ)、我(われ)は之(これ)を知(し)らず、と云(い)へり。 13彼等(かれら)其(その)瞽者(めしひ)なりし人(ひと)をファリザイ人(じん)の許(もと)に伴(ともな)ひ行(ゆ)きしが、 14イエズスの泥(どろ)を造(つく)りて其(その)目(め)を明(あ)け給(たま)ひしは、安息日(あんそくじつ)なりければ、 15ファリザイ人(じん)更(さら)に、如何(いか)にして見(み)ゆるに至(いた)りしぞ、と問(と)へるを彼(かの)答(こた)へて、彼(かの)人(ひと)わが目(め)に泥(どろ)を塗(ぬ)り、我(われ)之(これ)を洗(あら)ひたれば見(み)ゆるなり、と云(い)ひしかば、 16ファリザイ人(じん)の或(ある)者(もの)は、安息日(あんそくじつ)を守(まも)らざる彼(かの)人(ひと)は神(かみ)よりの者(もの)に非(あら)ずと云(い)ひ、或(ある)者(もの)は、罪人(つみびと)なる者(もの)爭(いか)でか斯(かか)る奇蹟(きせき)を行(おこな)ふを得(え)んや、と云(い)ひて彼等(かれら)の間(あひだ)に諍論(いさかひ)ありき。 17然(さ)れば重(かさ)ねて瞽者(めしひ)なりし人(ひと)に、汝(なんぢ)は其(その)目(め)を明(あ)けし人(ひと)を何(なん)と謂(い)ふぞ、と云(い)へば、彼(かれ)は、預言(よげん)者(しや)なり、と云(い)へり。 18ユデア人(じん)は、彼(かれ)が曾(かつ)て瞽者(めしひ)にして、見(み)ゆる樣(やう)になれるを信(しん)ぜざれば、遂(つい)に彼(かの)目明(めあ)きし人(ひと)の兩親(ふたおや)を呼(よ)び、 19問(と)ひて云(い)ひけるは、瞽者(めしひ)に生(うま)れしと汝(なんぢ)等(ら)が云(い)へる其(その)子(こ)は是(これ)なるか、然(しか)らば如何(いか)にして今(いま)見(み)ゆるぞ、と。 20兩親(りやうしん)答(こた)へて、彼(かれ)が我(わが)子(こ)なる事(こと)と、瞽者(めしひ)に生(うま)れし事(こと)とは、我(われ)等(ら)之(これ)を知(し)る、 21然(さ)れど如何(いか)にして今(いま)見(み)ゆるかを知(し)らず、又(また)其(その)目(め)を明(あ)けし者(もの)の誰(たれ)なるかは、我(われ)等(ら)は知(し)らざるなり、彼(かれ)に問(と)へ、彼(かの)年長(とした)けたれば自(みづか)ら己(おの)が事(こと)を語(かた)るべし、と云(い)へり。 22兩親(ふたおや)の斯(か)く云(い)ひしは、ユデア人(じん)を懼(おそ)れたる故(ゆゑ)にして、彼等(かれら)が、イエズスをキリストなりと宣言(せんげん)する人(ひと)あらば、之(これ)を會堂(くわいどう)より逐出(おひいだ)すべし、と言(いひ)合(あは)せたるに因(よ)れり、 23彼(かれ)年長(とした)けたれば之(これ)に問(と)へ、と兩親(ふたおや)の云(い)ひしは之(これ)が爲(ため)なり。 24是(ここ)に於(おい)て彼等(かれら)、再(ふたた)び彼(かの)瞽者(めしひ)なりし人(ひと)を呼出(よびいだ)して、汝(なんぢ)神(かみ)に光榮(くわうえい)を歸(き)せよ、我(われ)等(ら)は彼(かの)人(ひと)の罪人(つみびと)なる事(こと)を知(し)れり、と云(い)ひしかば、 25彼(かれ)云(い)ひけるは、彼(かれ)が罪人(つみびと)なりやは我(われ)之(これ)を知(し)らず、我(わ)が知(し)る所(ところ)は一(ひとつ)、卽(すなは)ち瞽者(めしひ)なりしに今(いま)見(み)ゆる事(こと)是(これ)なり、と。 26其(その)時(とき)彼等(かれら)又(また)、彼(かの)人(ひと)汝(なんぢ)に何(なに)を爲(な)ししぞ、如何(いか)にして汝(なんぢ)の目(め)を明(あ)けしぞ、と云(い)ひしに、 27彼(かれ)、我(われ)既(すで)に汝(なんぢ)等(ら)に告(つ)げて汝(なんぢ)等(ら)之(これ)を聞(き)けり、何(なに)爲(すれ)ぞ復(また)聞(き)かんとはする、汝(なんぢ)等(ら)も其(その)弟子(でし)と成(な)らん事(こと)を欲(ほつ)するか、と答(こた)へしかば、 28彼等(かれら)之(これ)を詛(のろ)ひて云(い)ひけるは、汝(なんぢ)は彼(か)の弟子(でし)にてあれ、我(われ)等(ら)はモイゼの弟子(でし)なり、 29我(われ)等(ら)は神(かみ)がモイゼに語(かた)り給(たま)ひし事(こと)を知(し)れど、彼(かの)人(ひと)の何處(いづこ)よりせるかを知(し)らず、と。 30瞽者(めしひ)なりし人(ひと)答(こた)へて、汝(なんぢ)等(ら)が其(その)何處(いづこ)よりせるかを知(し)らざるこそ怪(かい)しけれ、彼(かれ)我(わが)目(め)を明(あ)けしものを。 31我(われ)等(ら)は知(し)る、神(かみ)は罪人(つみびと)に聽(き)き給(たま)はず、然(さ)れど神(かみ)に奉事(ほうじ)して御旨(みむね)を行(おこな)ふ人(ひと)あれば之(これ)に聽(き)き給(たま)ふことを。 32開闢(かいびやく)以來(いらい)生(うま)れながらなる瞽者(めしひ)の目(め)を明(あ)けし人(ひと)ある事(こと)を聞(き)かず、 33彼(かの)人(ひと)若(もし)神(かみ)より出(い)でたるに非(あら)ずば何事(なにごと)をも爲(な)し得(え)ざりしならん、と云(い)ひしかば、 34ファリザイ人(じん)答(こた)へて、汝(なんぢ)は全(まつた)く罪(つみ)の中(うち)に生(うま)れたるに、猶(なほ)我(われ)等(ら)を敎(をし)ふるか、と云(い)ひて之(これ)を逐(おひ)出(い)だせり。 35イエズス其(その)逐(おひ)出(い)だされし事(こと)を聞(き)き、之(これ)に出(で)遇(あ)ひ給(たま)ひし時(とき)、汝(なんぢ)神(かみ)の子(こ)を信仰(しんかう)するか、と曰(のたま)ひしに、 36彼(かれ)答(こた)へて、主(しゆ)よ、我(わ)が之(これ)を信仰(しんかう)すべき者(もの)は誰(たれ)ぞ、と云(い)ひしかば、 37イエズス曰(のたま)ひけるは、汝(なんぢ)それを見(み)たり、汝(なんぢ)と語(かた)る者(もの)卽(すなは)ち是(これ)なり、と。 38彼(かれ)、主(しゆ)よ、我(われ)は信(しん)ず、と云(い)ひて平伏(ひれふ)しつつイエズスを禮拜(れいはい)し奉(たてまつ)れり。 39イエズス曰(のたま)ひけるは、我(われ)審判(しんぱん)の爲(ため)に此(この)世(よ)に來(きた)れり、卽(すなは)ち目(め)見(み)えざる人(ひと)は見(み)え、見(み)ゆる人(ひと)は瞽者(めしひ)と成(な)るべし、と。 40ファリザイ人(じん)の中(うち)イエズスと共(とも)に在(あ)りし者(もの)之(これ)を聞(き)きて、我(われ)等(ら)も瞽者(めしひ)なるか、と云(い)ひしかば、 41イエズス彼等(かれら)に曰(のたま)ひけるは、汝(なんぢ)等(ら)瞽者(めしひ)ならば罪(つみ)なかるべし、然(さ)れど今(いま)自(みづか)ら見(み)ゆと云(い)ふに由(よ)りて、汝(なんぢ)等(ら)の罪(つみ)は遺(のこ)るなり。

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第10章

1誠(まこと)に實(まこと)に汝(なんぢ)等(ら)に告(つ)ぐ、羊(ひつじ)の檻(おり)に入(い)るに、門(もん)よりせずして他(た)の處(ところ)より越(こ)ゆるは、盜人(ぬすびと)なり强盜(がうたう)なり、 2門(もん)より入(い)るは羊(ひつじ)の牧者(ぼくしや)なり。 3門番(もんばん)は彼(かれ)に戶(と)を開(ひら)き、羊(ひつじ)は其(その)聲(こゑ)を聽(き)き、彼(かれ)亦(また)己(おの)が羊(ひつじ)を一々(いちいち)に名指(なざ)して引出(ひきいだ)す、 4斯(かく)て其(その)羊(ひつじ)を出(いだ)せば、彼(かの)先(さきだ)ちて往(ゆ)き羊(ひつじ)之(これ)に從(したが)ふ、其(その)聲(こゑ)を知(し)ればなり、 5然(しか)れども他人(たにん)には從(したが)はず、却(かえつ)て之(これ)を避(さ)く、他人(たにん)の聲(こゑ)を知(し)らざればなり、と。 6イエズス此(この)喩(たとへ)を彼等(かれら)に曰(のたま)ひしかど、彼等(かれら)は其(その)語(かた)り給(たま)ふ所(ところ)の何(なん)たるを曉(さと)らざりき。 7然(さ)ればイエズス再(ふたた)び彼等(かれら)に曰(のたま)ひけるは、誠(まこと)に實(まこと)に汝(なんぢ)等(ら)に告(つ)ぐ、我(われ)は羊(ひつじ)の門(もん)なり、 8已(すで)に來(きた)りし人(ひと)は皆(みな)盜人(ぬすびと)、强盜(がうたう)にして、羊(ひつじ)之(これ)に聽從(ききしたが)はざりき。 9我(われ)は門(もん)なり、人(ひと)若(もし)我(われ)に由(よ)りて入(い)らば救(すく)はれ、出入(いでいり)して牧場(まきば)を得(う)べし。 10盜人(ぬすびと)の來(きた)るは盜(ぬす)み、殺(ころ)し、亡(ほろぼ)さんとするに外(ほか)ならざれども、 11我(わ)が來(きた)れるは羊(ひつじ)が生命(せいめい)を得(え)、而(しか)も尙(なほ)豐(ゆたか)に得(え)ん爲(ため)なり。我(われ)は善(よ)き牧者(ぼくしや)なり、善(よ)き牧者(ぼくしや)は其(その)羊(ひつじ)の爲(ため)に生命(いのち)を棄(す)つ、 12然(さ)れども牧者(ぼくしや)に非(あら)ずして羊(ひつじ)吾(わが)物(もの)に非(あら)ざる被雇人(やとはれびと)は、狼(おほかみ)の來(きた)るを見(み)れば羊(ひつじ)を棄(す)てて逃(に)げ、狼(おほかみ)は羊(ひつじ)を奪(うば)ひ且(かつ)追(おひ)散(ちら)す。 13被雇人(やとはれびと)の逃(に)ぐるは、被雇人(やとはれびと)にして羊(ひつじ)を勞(いたは)らざる故(ゆゑ)なり。 14我(われ)は善(よ)き牧者(ぼくしや)にして我(わが)羊(ひつじ)を知(し)り、我(わが)羊(ひつじ)亦(また)我(われ)を知(し)る、 15恰(あたか)も父(ちち)我(われ)を知(し)り給(たま)ひ、我(われ)亦(また)父(ちち)を知(し)り奉(たてまつ)るが如(ごと)し、斯(かく)て我(われ)は我(わが)羊(ひつじ)の爲(ため)に生命(いのち)を棄(す)つ、 16我(われ)は又(また)此(この)檻(をり)に屬(ぞく)せざる他(た)の羊(ひつじ)を有(も)てり、彼等(かれら)をも引(ひき)來(きた)らざるべからず、然(さ)て彼等(かれら)我(わが)聲(こゑ)を聞(き)き、斯(かく)て一(ひとつ)の檻(をり)、一(ひとつ)の牧者(ぼくしや)となるべし。 17父(ちち)の我(われ)を愛(あい)し給(たま)へるは、之(これ)を再(ふたた)び取(と)らんが爲(ため)に我(わが)生命(いのち)を棄(す)つるに因(よ)る、 18誰(たれ)も之(これ)を我(われ)より奪(うば)ふ者(もの)はあらず、我(われ)こそ自(みづか)ら之(これ)を棄(す)つるなれ。我(われ)は之(これ)を棄(す)つるの權(けん)を有(いう)し、又(また)再(ふたた)び之(これ)を取(と)るの權(けん)を有(いう)す、是(これ)我(わが)父(ちち)より受(う)けたる命(めい)なり、と。 19是(これ)等(ら)の談(ものがたり)の爲(ため)に、ユデア人(じん)の中(うち)に復(また)諍論(いさかひ)起(おこ)れり、 20其(その)中(うち)には、彼(かれ)は惡魔(あくま)に憑(つ)かれて狂(くる)へるなり、汝(なんぢ)等(ら)何(なん)ぞ之(これ)に聽(き)くや、と云(い)ふ人(ひと)多(おほ)かりしが、 21他(た)の人(ひと)は、是(これ)惡魔(あくま)に憑(つ)かれたる者(もの)の言(ことば)に非(あら)ず、惡魔(あくま)豈(あに)瞽者(めしひ)の目(め)を明(あ)くことを得(え)んや、と云(い)ひ居(ゐ)たり。 22然(さ)てエルザレムに奉殿(ほうでん)記念祭(きねんさい)行(おこな)はれて、時(とき)は冬(ふゆ)なりしが、 23イエズス[神(しん)]殿(でん)に在(あ)りてサロモンの廊(らう)を步(あゆ)み居(ゐ)給(たま)ふに、 24ユデア人(じん)之(これ)を取(とり)圍みて、汝(なんぢ)何時(いつ)まで我(われ)等(ら)の心(こころ)を疑惑(ぎわく)せしむるぞ、汝(なんぢ)若(もし)キリストならば、明白(あからさま)に我(われ)等(ら)に告(つ)げよ、と云(い)ひければ、 25イエズス彼等(かれら)に答(こた)へ給(たま)ひけるは、我(われ)汝(なんぢ)等(ら)に語(かた)れども汝(なんぢ)等(ら)信(しん)ぜざるなり、我(わ)が父(ちち)の御名(みな)を以(もつ)て行(おこな)へる業(わざ)、是(これ)ぞ我(われ)を證明(しようめい)するものなるに、 26汝(なんぢ)等(ら)尙(なほ)之(これ)を信(しん)ぜず、是(これ)我(わが)羊(ひつじ)の數(かず)に入(い)らざればなり。 27我(わが)羊(ひつじ)は我(わが)聲(こゑ)を聽(き)き、我(われ)彼等(かれら)を知(し)り、彼等(かれら)我(われ)に從(したが)ふ、 28斯(かく)て我(われ)永遠(えいえん)の生命(せいめい)を彼等(かれら)に與(あた)ふ、彼等(かれら)長久(とこしなへ)に亡(ほろ)びず、誰(たれ)も彼等(かれら)を我(わが)手(て)より奪(うば)はじ、 29之(これ)を我(われ)に賜(たま)ひたる我(わが)父(ちち)は、一切(いつさい)に優(すぐ)れて偉大(ゐだい)に在(ましま)し、誰(たれ)も我(わが)父(ちち)の御手(みて)より之(これ)を奪(うば)ひ得(う)る者(もの)なし、 30我(われ)と父(ちち)とは一(ひとつ)なり、と。 31是(ここ)に於(おい)てユデア人(じん)石(いし)を取(と)りてイエズスに擲(なげう)たんとせしかば、 32イエズス彼等(かれら)に曰(のたま)ひけるは、我(われ)わが父(ちち)に由(よ)れる善業(ぜんげふ)を多(おほ)く汝(なんぢ)等(ら)に示(しめ)ししが、汝(なんぢ)等(ら)其(その)孰(いづれ)の爲(ため)に我(われ)に石(いし)を擲(なげう)たんとはするぞ。 33ユデア人(じん)答(こた)へけるは、我(われ)等(ら)が汝(なんぢ)に石(いし)を擲(なげう)つは善業(ぜんげふ)の爲(ため)に非(あら)ず、冒涜(ばうとく)の爲(ため)、且(かつ)汝(なんぢ)が人(ひと)にてありながら己(おのれ)を神(かみ)とする故(ゆゑ)なり。 34イエズス彼等(かれら)に答(こた)へ給(たま)ひけるは、汝(なんぢ)等(ら)の律法(りつぱふ)に錄(かきしる)して「我(われ)言(い)へらく、汝(なんぢ)等(ら)は神(かみ)なり」とあるに非(あら)ずや、 35斯(か)く神(かみ)の言(ことば)を告(つ)げられたる人々(ひとびと)を神(かみ)と呼(よ)びたるに、而(しか)も聖書(せいしよ)は廢(はい)すべからず、我(われ)は神(かみ)の子(こ)なりと言(い)ひたればとて、 36汝(なんぢ)等(ら)は、父(ちち)の聖成(せいせい)して世(よ)に遣(つか)はし給(たま)ひし者(もの)に向(むか)ひて、汝(なんぢ)は冒涜(ばうとく)すと謂(い)ふか、 37我(われ)もし我(わが)父(ちち)の業(わざ)を爲(な)さずば我(われ)を信(しん)ずること勿(なか)れ、 38然(さ)れど我(われ)もし之(これ)を爲(な)さば、敢(あへ)て我(われ)を信(しん)ぜずとも業(わざ)を信(しん)ぜよ、然(さ)らば父(ちち)の我(われ)に在(いま)し我(われ)の父(ちち)に居(を)る事(こと)を曉(さと)りて信(しん)ずるに至(いた)らん、と。 39是(ここ)に於(おい)て彼等(かれら)イエズスを捕(とら)へんと謀(はか)れるを、彼等(かれら)の手(て)を遁(のが)れて、 40ヨルダン[河(かは)]の彼方(かなた)、ヨハネが初(はじめ)に洗(せん)しつつありし處(ところ)に至(いた)り、其處(そこ)に留(とどま)り給(たま)ひしに、 41多(おほ)くの人(ひと)御許(おんもと)に來(きた)りて、ヨハネは何(なん)の奇蹟(きせき)をも行(おこな)はざりしかど、 42此(この)人(ひと)に就(つ)きて告(つ)げし事(こと)は悉(ことごと)く眞(まこと)なりき、と云(い)ひつつイエズスを信仰(しんかう)せる者(もの)多(おほ)かりき。

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第11章

1然(さ)てマリアと其(その)姉妹(しまい)マルタとの里(さと)なるベタニアに、ラザルと云(い)へる人(ひと)病(や)み居(を)りしが、 2マリアは卽(すなは)ち香油(かうゆ)を主(しゆ)に注(そそ)ぎ、御(おん)足(あし)を己(おの)が髮(かみの)毛(け)にて拭(ぬぐ)ひし婦(をんな)にして、病(や)めるラザルは其(その)兄弟(きやうだい)なり。 3然(さ)れば彼(かれ)が姉妹(しまい)等(ら)、人(ひと)をイエズスの御許(おんもと)に遣(つか)はし、主(しゆ)よ汝(なんぢ)の愛(あい)し給(たま)ふ人(ひと)病(や)めり、と言(い)はしめしに、 4イエズス聞(き)きて曰(のたま)ひけるは、此(この)病(やまひ)は死(し)に至(いた)るものに非(あら)ず、神(かみ)の光榮(くわうえい)の爲(ため)、神(かみ)の子(こ)が之(これ)に由(よ)りて光榮(くわうえい)を得(え)ん爲(ため)なり、と。 5イエズスはマルタと其(その)姉妹(しまい)マリアとラザルとを愛(あい)し居(ゐ)給(たま)ひしが、 6ラザルの病(や)めるを聞(き)き、尙(なほ)同(おな)じ處(ところ)に留(とどま)ること二日(ふつか)にして、 7遂(つい)に弟子(でし)等(たち)に向(むか)ひ、我(われ)等(ら)復(また)ユデアへ趣(おもむ)かん、と曰(のたま)ひしかば、 8弟子(でし)等(たち)云(い)ひけるは、ラビ、唯今(ただいま)ユデア人(じん)が汝(なんぢ)に石(いし)を擲(なげう)たんとしたりしに、復(また)も彼處(かしこ)へ往(ゆ)き給(たま)ふか。 9イエズス答(こた)へて曰(のたま)ひけるは、一日(にち)に十二時(じ)あるに非(あら)ずや、人(ひと)晝(ひる)步(あゆ)む時(とき)は、此(この)世(よ)の光(ひかり)を見(み)る故(ゆゑ)に躓(つまづ)かざれども、 10夜(よる)步(あゆ)む時(とき)は、身(み)に光(ひかり)あらざる故(ゆゑ)に躓(つまづ)くなり、と。 11斯(か)く曰(のたま)ひて後(のち)又(また)、我(われ)等(ら)が親友(しんいう)ラザルは眠(ねむ)れり、然(さ)れど我(われ)往(ゆ)きて之(これ)を眠(ねむり)より喚起(よびおこ)さん、と曰(のたま)ひしかば、 12弟子(でし)等(たち)、主(しゆ)と、眠(ねむ)れるならば彼(かれ)は痊(い)ゆべきなり、と云(い)へり。 13但(ただし)イエズスの曰(のたま)ひしは彼(かれ)が死(し)の事(こと)なりしを、弟子(でし)等(たち)は眠(ねむ)りて臥(ふ)せることを曰(のたま)ひしならんと思(おも)ひたりければ、 14イエズス明(あきら)かに曰(のたま)ひけるは、ラザルは死(し)せり、 15我(われ)は汝(なんぢ)等(ら)の爲(ため)、卽(すなは)ち汝(なんぢ)等(ら)を信(しん)ぜしめん爲(ため)に、我(わ)が彼處(かしこ)に在(あ)らざりしことを喜(よろこ)ぶ、卒(い)ざ彼(かれ)が許(もと)に往(ゆ)かん、と。 16然(さ)ればチヂモと呼(よ)ばれたるトマ、其(その)相弟子(あいでし)に謂(い)ひけるは、將(い)ざ我(われ)等(ら)も往(ゆ)きて彼(かれ)と共(とも)に死(し)なん、と。 17斯(かく)てイエズス至(いた)りて見(み)給(たま)ひしに、ラザルは墓(はか)に在(あ)る事(こと)既(すで)に四日(よつか)なりき。 18然(しか)るにベタニアはエルザレムに近(ちか)くして、廿五町(ちやう)許(ばかり)を隔(へだ)てたれば、 19數多(あまた)のユデア人(じん)、マルタとマリアとを其(その)兄弟(きやうだい)の事(こと)に就(つ)きて弔(とむら)はん爲(ため)に來(きた)りてありき。 20マルタはイエズス來(きた)り給(たま)ふと聞(き)くや、卽(すなは)ち出(いで)迎(むか)へしが、マリアは家(いへ)の内(うち)に坐(ざ)し居(ゐ)たり。 21マルタイエズスに云(い)ひけるは、主(しゆ)よ、若(もし)此處(ここ)に在(いま)ししならば、我(わが)兄弟(きやうだい)は死(し)なざりしものを、 22然(さ)れど神(かみ)に何事(なにごと)を求(もと)め給(たま)ふとも神(かみ)之(これ)を汝(なんぢ)に賜(たま)ふべしとは、今(いま)も我(わ)が知(し)れる所(ところ)なり、と。 23イエズス、汝(なんぢ)の兄弟(きやうだい)は復活(ふくくわつ)すべし、と曰(のたま)ひしかば、 24マルタ云(い)ひけるは、我(われ)は彼(かれ)が終(をはり)の日(ひ)、復活(ふくくわつ)の時(とき)に復活(ふくくわつ)すべきことを知(し)れり、と。 25イエズス、我(われ)は復活(ふくくわつ)なり、生命(せいめい)なり、我(われ)を信(しん)ずる人(ひと)は死(し)すとも活(い)くべし、 26又(また)活(い)きて我(われ)を信(しん)ずる人(ひと)は、凡(すべ)て永遠(えいえん)に死(し)する事(こと)なし、汝(なんぢ)之(これ)を信(しん)ずるか、と曰(のたま)ひしに、 27マルタ云(い)ひけるは、主(しゆ)よ、然(しか)り、我(われ)は汝(なんぢ)が活(い)ける神(かみ)の御子(おんこ)キリストの此(この)世(よ)の來(きた)り給(たま)ひたる者(もの)なるを信(しん)ず、と。 28斯(か)く云(い)ひて後(のち)、往(ゆ)きて其(その)姉妹(しまい)マリアを呼(よ)び*(ささや)きて、師(し)茲(ここ)に在(いま)して汝(なんぢ)を召(め)し給(たま)ふ、と云(い)ひしに、 29彼(かれ)之(これ)を聞(き)くや、直(ただち)に立(た)ちてイエズスの許(もと)に至(いた)れり、 30卽(すなは)ちイエズス未(いま)だ里(さと)に入(い)り給(たま)はずして、尙(なほ)マルタが出(いで)迎(むか)へし處(ところ)に居(ゐ)給(たま)ひしなり。 31然(さ)ればマリアと共(とも)に家(いへ)に在(あ)りて之(これ)を弔(とむら)ひ居(ゐ)たりしユデア人(じん)、彼(かれ)が速(すみやか)に立(た)ちて出(いで)しを見(み)、彼(かれ)は泣(な)かんとて墓(はか)に往(ゆ)くぞ、と云(い)ひつつ後(あと)に隨(したが)ひしが、 32マリアはイエズスの居(ゐ)給(たま)ふ處(ところ)に至(いた)り、之(これ)を見(み)るや御(おん)足下(あしもと)に平伏(ひれふ)して、主(しゆ)よ、若(もし)此處(ここ)に在(ましま)ししならば、我(わが)兄弟(きやうだい)は死(し)なざりしものを、と云(い)ひければ、 33イエズス彼(かれ)が泣(な)き居(を)り、伴(ともな)ひ來(きた)れるユデア人(じん)も泣(な)き居(を)れるを見(み)、胸中(きようちゆう)感激(かんげき)して御心(おんこころ)を騷(さわ)がしめ給(たま)ひ、 34汝(なんぢ)等(ら)何處(いづこ)に彼(かれ)を置(お)きたるぞ、と曰(のたま)ひしに、彼等(かれら)は、主(しゆ)よ、來(きた)り見(み)給(たま)へ、と云(い)ひければ、 35イエズス淚(なみだ)を流(なが)し給(たま)へり。 36然(さ)ればユデア人(じん)、看(み)よ彼(かれ)を愛(あい)し給(たま)ひし事(こと)の如何許(いかばかり)なるを、と云(い)ひしが、 37又(また)其(その)中(うち)に或(ある)人々(ひとびと)、彼(かれ)は生(うま)れながらなる瞽者(めしひ)の目(め)を明(あ)けしに、此(この)人(ひと)を死(し)せざらしむるを得(え)ざりしか、と云(い)ひければ、 38イエズス復(また)心中(しんちゆう)感激(かんげき)しつつ墓(はか)に至(いた)り給(たま)へり。墓(はか)は洞(ほら)にして、之(これ)に石(いし)を覆(おほ)ひてありしが、 39イエズス、石(いし)を取(とり)除(の)けよ、と曰(のたま)へば死人(しにん)の姉妹(しまい)マルタ云(い)ひけるは、主(しゆ)よ、最早(もはや)四日(よつか)目(め)なれば彼(かれ)は既(すで)に臭(くさ)きなり、と。 40イエズス曰(のたま)ひけるは、汝(なんぢ)若(もし)信(しん)ぜば神(かみ)の光榮(くわうえい)を見(み)るべし、と我(われ)汝(なんぢ)に告(つ)げしに非(あら)ずや、と。 41斯(かく)て石(いし)を取(とり)除(の)けしに、イエズス目(め)を翹(あ)げて曰(のたま)ひけるは、父(ちち)よ、我(われ)に聽(き)き給(たま)ひしことを謝(しや)し奉(たてまつ)る。 42何時(いつ)も我(われ)に聽(き)き給(たま)ふ事(こと)は、我(われ)素(もと)より之(これ)を知(し)れども、汝(なんぢ)の我(われ)を遣(つか)はし給(たま)ひし事(こと)を彼等(かれら)に信(しん)ぜしめんとて、立(たち)會(あ)へる人々(ひとびと)の爲(ため)に之(これ)を言(い)へるなり、と。 43斯(か)く曰(のたま)ひ終(をは)りて聲(こゑ)高(たか)く、ラザル出來(いできた)れ、と呼(よば)はり給(たま)ひしに、 44死(し)したりし者(もの)、忽(たちま)ち手足(てあし)を布(ぬの)に卷(ま)かれたる儘(まま)に出來(いできた)り、其(その)顏(かほ)は尙(なほ)汗(あせ)拭(ふき)に包(つつ)まれたれば、イエズス人々(ひとびと)に、之(これ)を解(と)きて往(ゆ)かしめよ、と曰(のたま)へり。 45然(さ)ればマリアとマルタとの許(もと)に來合(きあは)せて、イエズスの爲(な)し給(たま)ひし事(こと)を見(み)しユデア人(じん)の中(うち)には、之(これ)を信(しん)じたる者(もの)多(おほ)かりしが、 46中(なか)にはファリザイ人(じん)の許(もと)に至(いた)りて、イエズスの爲(な)し給(たま)ひし事(こと)を告(つ)ぐる者(もの)ありしかば、 47司祭(しさい)長(ちやう)、ファリザイ人(じん)等(ら)、議會(ぎくわい)を召集(せうしふ)して、斯(この)人(ひと)數多(あまた)の奇蹟(きせき)を爲(な)すを、我(われ)等(ら)は如何(いか)にすべきぞ、 48若(もし)其(その)儘(まま)に恕(ゆる)し置(お)かば、皆(みな)彼(かれ)を信仰(しんかう)すべく、又(また)ロマ人(じん)來(きた)りて我(われ)等(ら)の土地(とち)と國民(こくみん)とを亡(ほろ)ぼすべし、と云(い)ひたるに、 49其(その)中(うち)の一人(ひとり)カイファと呼(よ)ばるる者(もの)、其(その)年(とし)の大司祭(だいしさい)なりけるが、彼等(かれら)に謂(い)ひけるは、汝(なんぢ)等(ら)は事(こと)を解(かい)せず、 50又(また)一人(いちにん)人民(じんみん)の爲(ため)に死(し)して全(ぜん)國民(こくみん)の亡(ほろ)びざるは汝(なんぢ)等(ら)に利(り)ある事(こと)を思(おも)はざるなり、と。 51彼(かれ)は己(おのれ)より之(これ)を言(い)ひしに非(あら)ず、其(その)年(とし)の大司祭(だいしさい)なれば、イエズスが國民(こくみん)の爲(ため)に死(し)し給(たま)ふべき事(こと)を預言(よげん)したるなり、 52卽(すなは)ち啻(ただ)に此(この)國民(こくみん)の爲(ため)のみならず、散亂(ちりみだ)れたる神(かみ)の子等(こども)を一(ひとつ)に集(あつ)めんが爲(ため)なりき。 53然(さ)れば此(この)日(ひ)より、彼等(かれら)イエズスを殺(ころ)さんと謀(はか)りしかば、 54イエズス最早(もはや)陽(あらは)にユデア人(じん)の中(うち)を步(あゆ)み給(たま)はず、荒野(あれの)に接(つづ)ける地方(ちはう)に往(ゆ)き、エフレムと云(い)へる町(まち)に至(いた)りて、弟子(でし)等(たち)と共(とも)に其處(そこ)に留(とどま)り居(ゐ)給(たま)へり。 55斯(かく)てユデア人(じん)の過越(すぎこしの)祭(まつり)近(ちか)づきければ、之(これ)に先(さきだ)ちて身(み)を潔(きよ)めん爲(ため)に、地方(ちはう)よりエルザレムに上(のぼ)れる人(ひと)多(おほ)かりしが、 56彼等(かれら)イエズスを探(さが)しつつ[神(しん)]殿(でん)に立(た)ちて、汝(なんぢ)等(ら)如何(いか)に思(おも)ふぞ、彼(かれ)は此(この)祭(まつり)に來(きた)らざるか、と語(かたり)合(あ)へり。 57司祭(しさい)長(ちやう)ファリザイ人(じん)等(ら)は、イエズスを捕(とら)ふべきにより、之(これ)が在所(ありか)を知(し)れる人(ひと)あらば申出(まうしい)づべし、と豫(かね)て命令(めいれい)を出(いだ)したりしなり。

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第12章

1過越(すぎこしの)祭(まつり)の六日(むいか)前(まへ)、イエズスベタニアに至(いた)り給(たま)ひしに、是(これ)ラザルの死(し)したりしを復活(ふくくわつ)せしめ給(たま)ひし處(ところ)なれば、 2或(ある)人々(ひとびと)イエズスの爲(ため)に晚餐(ばんさん)を設(まう)け、マルタ給仕(きふじ)しけるが、ラザルはイエズスと共(とも)に食卓(しよくたく)に就(つ)ける者(もの)の一人(ひとり)なりき。 3然(しか)るにマリアは價(あたひ)高(たか)き純粹(じゆんすゐ)のナルドの香油(かうゆ)一(いつ)斤(きん)を取(と)りてイエズスの御(おん)足(あし)に注(そそ)ぎ、御(おん)足(あし)を己(おの)が髮(かみの)毛(け)もて拭(ぬぐ)ひしかば、香油(かうゆ)の薰(かをり)家(いへ)に滿(み)てり。 4其(その)時(とき)弟子(でし)の一人(ひとり)、イエズスを賣(う)るべきイスカリオテのユダ、 5何故(なにゆゑ)に此(この)香油(かうゆ)を三百デナリオに賣(う)りて貧者(ひんしや)に施(ほどこ)さざりしぞ、と云(い)へり。 6但(ただ)し斯(か)く云(い)ひしは貧者(ひんしや)を慮(おもんぱか)れる故(ゆゑ)に非(あら)ず、己(おのれ)盜人(ぬすびと)にして、財嚢(かねぶくろ)を預(あづか)り、中(うち)に入(い)れらるる物(もの)を取(と)れる故(ゆゑ)なり。 7然(しか)るにイエズス曰(のたま)ひけるは、此(この)女(をんな)を措(さしお)け、我(わが)葬(はうむり)の日(ひ)の爲(ため)に此(この)香油(かうゆ)を貯(たくは)へたるなり、 8其(そ)は貧者(ひんしや)は恒(つね)に汝(なんぢ)等(ら)と共(とも)に居(を)れども、我(われ)は恒(つね)に居(を)らざればなり、と。 9斯(かく)てユデア人(じん)の大(だい)群衆(ぐんしゆう)、イエズスの此處(ここ)に居(ゐ)給(たま)ふを知(し)り、獨(ひと)りイエズスの爲(ため)のみならず、死者(ししや)の中(うち)より復活(ふくくわつ)せしめ給(たま)ひしラザルを見(み)んとて來(きた)りしが、 10司祭長(しさいちやう)等(ら)はラザルをも殺(ころ)さんと思(おも)へり、 11是(こ)は彼(かれ)の爲(ため)に、去(さ)りてイエズスを信仰(しんかう)する者(もの)、ユデア人(じん)の中(うち)に多(おほ)ければなり。 12翌日(あくるひ)、祭日(さいじつ)の爲(ため)に來(きた)りし夥(おびただ)しき群衆(ぐんしゆう)、イエズスエルザレムに來(きた)り給(たま)ふ由(よし)を聞(き)きて、 13梭櫚(しゆろ)の葉(は)を執(と)りて出(いで)迎(むか)へ、ホザンナ、主(しゆ)の御名(みな)によりて來(きた)るイスラエルの王(わう)祝(しゆく)せられ給(たま)へかし、と呼(よば)はり居(を)りしが、 14イエズスは小(こ)驢馬(ろば)を得(え)て之(これ)に乘(の)り給(たま)へり、錄(かきしる)して 15シオンの女(むすめ)よ、懼(おそ)るること勿(なか)れ、看(み)よ、汝(なんぢ)の王(わう)は牝(め)驢馬(ろば)の子(こ)に乘(の)りて來(きた)る」とあるが如(ごと)し。 16弟子(でし)等(たち)初(はじめ)は此(これ)等(ら)の事(こと)を曉(さと)らざりしが、光榮(くわうえい)を得(え)給(たま)ひて後(のち)、其(その)イエズスに就(つ)きて錄(かきしる)されたりし事(こと)と自(みづか)ら御(おん)爲(ため)に爲(な)し事(こと)とを思(おもひ)出(いだ)せり。 17然(さ)てイエズスがラザルを墓(はか)より呼出(よびいだ)して、死者(ししや)の中(うち)より復活(ふくくわつ)せしめ給(たま)ひし時(とき)彼(かれ)と共(とも)に居合(ゐあは)せたり夥(おびただ)しき人々(ひとびと)證明(しようめい)し、 18群衆(ぐんしゆう)も亦(また)、イエズスが此(この)奇蹟(きせき)を爲(な)し給(たま)ひしを聞(き)きて出(いで)迎(むか)へしかば、 19ファリザイ人(じん)語(かたり)合(あ)ひけるは、汝(なんぢ)等(ら)何(なん)の效驗(ききめ)もなきを見(み)ずや、世(よ)既(すで)に擧(こぞ)りて彼(かれ)に從(したが)へり、と。 20然(しか)るに祭日(さいじつ)に禮拜(れいはい)せんとて上(のぼ)りたる人々(ひとびと)の中(うち)に異邦(いはう)人(じん)もありしが、 21此(この)人々(ひとびと)ガリレアのベッサイダ生(うま)れなるフィリッポに近(ちか)づき、之(これ)に乞(こ)ひて、君(きみ)よ、我(われ)等(ら)はイエズスに謁(まみ)えん事(こと)を欲(ほつ)す、と云(い)ひしかば、 22フィリッポ來(きた)りてアンデレアに告(つ)げ、アンデレアとフィリッポと又(また)イエズスに告(つ)げしに、 23イエズス答(こた)へて曰(のたま)ひけるは、人(ひと)の子(こ)が光榮(くわうえい)を得(う)べき時(とき)來(きた)れり。 24誠(まこと)に實(まこと)に汝(なんぢ)等(ら)に告(つ)ぐ、麥(むぎ)の粒(つぶ)地(ち)に墮(お)ちて、若(もし)死(し)せざれば、 25唯(ただ)一(ひとつ)にして止(とどま)るも、若(もし)死(し)すれば多(おほ)くの實(み)を結(むす)ぶ。己(おの)が生命(せいめい)を愛(あい)する人(ひと)は之(これ)を失(うしな)ひ、此(この)世(よ)にて生命(せいめい)を憎(にく)む人(ひと)は、之(これ)を保(たも)ちて永遠(えいえん)の生命(せいめい)に至(いた)るべし、 26人(ひと)若(もし)我(われ)に事(つか)へば我(われ)に從(したが)ふべし、而(しか)して我(わ)が居(を)る處(ところ)には、我(われ)に事(つか)ふる人(ひと)も亦(また)居(を)るべし、人(ひと)若(もし)我(われ)に事(つか)へば、我(わが)父(ちち)之(これ)に榮譽(えいよ)を賜(たま)はん。 27今(いま)や我(わが)心(こころ)騷(さわ)げり、我(われ)何(なに)をか云(い)はん、父(ちち)よ、我(われ)を救(すく)ひて此(この)時(とき)を免(まぬか)れしめ給(たま)へ、然(さ)りながら、我(われ)は之(これ)が爲(ため)にこそ此(この)時(とき)に至(いた)れるなれ、 28父(ちち)よ、御名(みな)に光榮(くわうえい)あらしめ給(たま)へ、と。其(その)時(とき)聲(こゑ)天(てん)より來(きた)りて曰(いは)く、我(われ)既(すで)に光榮(くわうえい)あらしめたり、更(さら)に光榮(くわうえい)あらしめん、と。 29是(ここ)に於(おい)て立(た)ちて之(これ)を聞(き)きたる群衆(ぐんしゆう)は、雷(いかづち)鳴(な)れりと云(い)ひ、或(ある)人々(ひとびと)は、天使(てんし)彼(かれ)に言(い)ひたるなり、と云(い)へり。 30イエズス答(こた)へて曰(のたま)ひけるは、此(この)聲(こゑ)の來(きた)りしは我(わ)が爲(ため)に非(あら)ずして汝(なんぢ)等(ら)の爲(ため)なり。 31今(いま)は世(よ)の審判(しんぱん)なり、此(この)世(よ)の長(かしら)、今(いま)逐出(おひいだ)されんとす、 32我(われ)地(ち)より上(あ)げられたらん時(とき)は、萬民(ばんみん)を我(われ)に引(ひき)寄(よ)せん、と。 33斯(か)く曰(のたま)へるは、如何(いか)なる死(しに)狀(ざま)を以(もつ)て死(し)すべきかを示(しめ)し給(たま)はんとてなるに、 34群衆(ぐんしゆう)之(これ)に答(こた)へけるは、キリストは永遠(えいえん)に存(そん)すとこそ、我(われ)等(ら)は律法(りつぱふ)より聞(き)けるものを、汝(なんぢ)何(なん)ぞ人(ひと)の子(こ)上(あ)げられるべしと云(い)ふや、人(ひと)の子(こ)とは是(これ)誰(たれ)なるぞ、と。 35イエズス卽(すなは)ち彼等(かれら)に曰(のたま)ひけるは、光(ひかり)は尙(なほ)暫(しばら)く汝(なんぢ)等(ら)の中(うち)に在(あ)り、汝(なんぢ)等(ら)光(ひかり)を有(いう)する間(ま)に步(あゆ)みて、闇(やみ)に追付(おひつ)かるな。闇(やみ)に步(あゆ)む人(ひと)は行先(ゆくさき)を知(し)らず、 36汝(なんぢ)等(ら)光(ひかり)を有(いう)する間(ま)に、光(ひかり)の子(こ)と成(な)らん爲(ため)に光(ひかり)を信(しん)ぜよ、と。斯(か)く曰(のたま)ひて後(のち)、イエズス去(さ)りて身(み)を彼等(かれら)より匿(かく)し給(たま)へり。 37斯(か)ばかり夥(おびただ)しき奇蹟(きせき)を彼等(かれら)の前(まへ)に爲(な)し給(たま)ひたれど、彼等(かれら)尙(なほ)イエズスを信(しん)ぜざりき。 38是(これ)預言(よげん)者(しや)イザヤの言(ことば)の成就(じやうじゆ)せん爲(ため)なり、曰(いは)く「主(しゆ)よ、誰(たれ)か我(われ)等(ら)に聽(き)きて信(しん)じたるぞ、主(しゆ)の御(み)腕(うで)は誰(たれ)に顯(あらは)れたるぞ」と。 39彼等(かれら)の信(しん)じ得(え)ざりしはイザヤの又(また)云(い)ひし事(こと)によれり、 40曰(いは)く「彼等(かれら)目(め)にて見(み)ず、心(こころ)にて曉(さと)らず、飜(ひるがへ)りて我(われ)に醫(いや)されざらん爲(ため)に、神(かみ)彼等(かれら)の目(め)を矇(くら)まし、彼等(かれら)の心(こころ)を頑固(かたくな)にし給(たま)へり」と。 41イザヤが斯(か)く云(い)ひしは、彼(かれ)の光榮(くわうえい)を見(み)て、彼(かれ)に就(つ)きて語(かた)りし時(とき)なり。 42然(しか)れども、重立(おもだ)ちたる人々(ひとびと)の中(うち)にも、イエズスを信仰(しんかう)せる者(もの)多(おほ)かりしが、ファリザイ人(じん)を憚(はばか)り、會堂(くわいどう)より遂(おひ)出(いだ)されじとて、之(これ)を公言(こうげん)せざりき。 43卽(すなは)ち彼等(かれら)は神(かみ)の光榮(くわうえい)よりも人(ひと)の光榮(くわうえい)を好(この)みしなり。 44イエズス呼(よば)はりて曰(のたま)ひけるは、我(われ)を信(しん)ずる人(ひと)は、我(われ)を信(しん)ずるに非(あら)ずして、我(われ)を遣(つか)はし給(たま)ひし者(もの)を信(しん)ずるなり。 45又(また)我(われ)を見(み)る人(ひと)は、我(われ)を遣(つか)はし給(たま)ひし者(もの)を見(み)るなり。 46我(われ)は光(ひかり)として世(よ)に來(きた)れり、是(これ)總(すべ)て我(われ)を信(しん)ずる人(ひと)が暗(やみ)に止(とどま)らざらん爲(ため)なり。 47人(ひと)若(もし)我(わが)言(ことば)を聽(き)きて守(まも)らざれば、我(われ)は之(これ)を審(さば)かず、我(わ)が來(きた)りしは世(よ)を審(さば)かん爲(ため)に非(あら)ずして、世(よ)を救(すく)はん爲(ため)なればなり。 48我(われ)を輕(かろ)んじて我(わが)言(ことば)を受(う)けざる人(ひと)には、之(これ)を審(さば)く者(もの)あり、卽(すなは)ち我(わ)が語(かた)りし言(ことば)其(その)物(もの)、終(をはり)の日(ひ)に於(おい)て之(これ)を審(さば)くべし。 49蓋(けだし)我(われ)は己(おのれ)より語(かた)りしに非(あら)ず、我(われ)を遣(つか)はし給(たま)ひし父(ちち)自(みづか)ら、我(わ)が言(い)ふべき事(こと)語(かた)るべき事(こと)を我(われ)に命(めい)じ給(たま)ひしなり、 50我(われ)は其(その)命令(めいれい)が永遠(えいえん)の生命(せいめい)たる事(こと)を知(し)る、然(さ)れば我(わ)が語(かた)るは、父(ちち)の我(われ)に曰(のたま)ひし儘(まま)に之(これ)を語(かた)るなり、と。

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第13章

1過越(すぎこし)の祭日(さいじつ)の前(まへ)、イエズス己(おの)が時(とき)、卽(すなは)ち此(この)世(よ)より父(ちち)に移(うつ)るべき時(とき)來(きた)れるを知(し)り給(たま)ひて、豫(かね)ても世(よ)に在(あ)る己(おの)が[弟子(でし)]を愛(あい)し給(たま)ひしが、極(きよく)まで之(これ)を愛(あい)し給(たま)へり。 2然(さ)て晚餐(ばんさん)の終(は)つるに臨(のぞ)み、惡魔(あくま)既(すで)にイエズスを付(わた)さん事(こと)を、シモンの子(こ)イスカリオテのユダの心(こころ)に入(い)れしかば、 3イエズス父(ちち)より萬事(ばんじ)を己(おの)が手(て)に賜(たま)はりたる事(こと)と、己(おの)が神(かみ)より出(い)でて神(かみ)に至(いた)る事(こと)とを知(し)り給(たま)ひ、 4晚餐(ばんさん)より起(たち)上(あが)りて上衣(うはぎ)を脱(ぬ)ぎ、布(ぬの)片(きれ)を取(と)りて腰(こし)に帶(お)び、 5軈(やが)て水(みづ)を銅盤(かなだらひ)に盛(も)り、弟子(でし)等(たち)の足(あし)を洗(あら)ひて、其(その)帶(お)びたる布(ぬの)片(きれ)もて之(これ)を拭(ぬぐ)ひ始(はじ)め給(たま)へり。 6斯(かく)てシモン、ペトロに至(いた)り給(たま)ふや、ペトロ、主(しゆ)よ、我(わが)足(あし)を洗(あら)ひ給(たま)ふか、と云(い)ひしに、 7イエズス答(こた)へて、我(わ)が爲(な)す所(ところ)汝(なんぢ)今(いま)は知(し)らざれども、後(のち)には之(これ)を知(し)るべし、と曰(のたま)ひければ、 8ペトロ云(い)ひけるは、我(わが)足(あし)を洗(あら)ひ給(たま)ふ事(こと)決(けつ)してあるべからず、と。イエズス我(われ)若(もし)汝(なんぢ)を洗(あら)はずば、我(われ)と一致(いつち)する所(ところ)あらじ、と答(こた)へ給(たま)ひしかば、 9シモン、ペトロ、主(しゆ)よ、我(わが)足(あし)のみならず、手(て)をも頭(かうべ)をも、と云(い)ひしが、 10イエズス曰(のたま)ひけるは、既(すで)に身(み)を洗(あら)ひたる人(ひと)は全身(ぜんしん)潔(きよ)くして、足(あし)の外(ほか)洗(あら)ふを要(えう)せず、汝(なんぢ)等(ら)も潔(きよ)けれど總(すべ)てには非(あら)ず、と。 11蓋(けだし)己(おのれ)を付(わた)す者(もの)の誰(たれ)なるを知(し)り給(たま)ひて、汝(なんぢ)等(ら)悉(ことごと)く潔(きよ)きには非(あら)ずと曰(のたま)ひしなり。 12然(さ)て彼等(かれら)の足(あし)を洗(あら)ひ終(をは)りて上衣(うはぎ)を取(と)り、復(また)席(せき)に着(つ)きて彼等(かれら)に曰(のたま)ひけるは、我(わ)が汝(なんぢ)等(ら)に爲(な)しし事(こと)の何(なん)たるを知(し)るや。 13汝(なんぢ)等(ら)は我(われ)を師(し)又(また)は主(しゆ)と呼(よ)ぶ、其(その)言(い)ふことや宜(よ)し、我(われ)は其(その)なればなり。 14然(しか)るに主(しゆ)たり師(し)たる我(われ)にして汝(なんぢ)等(ら)の足(あし)を洗(あら)ひたれば、汝(なんぢ)等(ら)も亦(また)互(たがひ)に足(あし)を洗(あら)はざるべからず。 15蓋(けだし)我(われ)汝(なんぢ)等(ら)に例(れい)を示(しめ)したるは、我(わ)が汝(なんぢ)等(ら)に爲(な)しし如(ごと)く、汝(なんぢ)等(ら)にも爲(な)さしめん爲(ため)なり。 16誠(まこと)に實(まこと)に汝(なんぢ)等(ら)に告(つ)ぐ、僕(しもべ)は其(その)主(しゆ)よりも大(おほ)いならず、使徒(しと)は之(これ)を遣(つか)はしし者(もの)よりも大(おほ)いならず、 17汝(なんぢ)等(ら)是(これ)等(ら)の事(こと)を知(し)りて之(これ)を行(おこな)はば福(さいはひ)なるべし。 18我(われ)は汝(なんぢ)等(ら)の凡(すべ)てを指(さ)して云(い)ふに非(あら)ず、曾(かつ)て選(えら)みたる人々(ひとびと)を知(し)れり。然(しか)れども聖書(せいしよ)に「我(われ)と共(とも)に麪(ぱん)を食(しよく)する人(ひと)我(われ)に向(むか)ひて其(その)踵(くびす)を擧(あ)げたり」とある事(こと)の成就(じやうじゆ)せん爲(ため)なり。 19我(われ)今(いま)事(こと)の成(な)るに先(さきだ)ちて汝(なんぢ)等(ら)に告(つ)ぐるは、其(その)成(な)りたらん時(とき)、汝(なんぢ)等(ら)をして我(わ)が其(それ)なることを信(しん)ぜしめん爲(ため)なり。 20誠(まこと)に實(まこと)に汝(なんぢ)等(ら)に告(つ)ぐ、我(わ)が遣(つか)はす者(もの)を承(う)くる人(ひと)は我(われ)を承(う)け、我(われ)を承(う)くる人(ひと)は我(われ)を遣(つか)はし給(たま)ひしものを承(う)くるなり、と。 21イエズス之(これ)を曰(のたま)ひ終(をは)りて御心(みこころ)騷(さわ)ぎ、證明(しようめい)して、誠(まこと)に實(まこと)に汝(なんぢ)等(ら)に告(つ)ぐ、汝(なんぢ)等(ら)の中(うち)一人(ひとり)我(われ)を付(わた)さんとす、と曰(のたま)ひければ、 22弟子(でし)等(たち)、誰(たれ)を指(さ)して曰(のたま)へるぞと訝(いぶか)りて、互(たがひ)に顏(かほ)を見合(みあは)せたりしが、 23イエズスの愛(あい)し給(たま)へる一人(ひとり)の弟子(でし)、御(おん)懷(ふところ)の邊(あた)りに倚(より)懸(かか)り居(ゐ)たるに、 24シモン、ペトロ、腮(あご)もて示(しめ)しつつ、曰(のたま)へるは誰(たれ)の事(こと)ぞ、と云(い)ひければ、 25彼(かれ)御(おん)胸(むね)に倚(より)懸(かか)りて、主(しゆ)よ誰(たれ)なるか、と云(い)ひしかば、 26イエズス答(こた)へて曰(のたま)ひけるは、我(わ)が麪(ぱん)を浸(ひた)して與(あた)ふる者(もの)卽(すなは)ち其(それ)なり、と。斯(かく)て麪(ぱん)を浸(ひた)して、シモンの子(こ)イスカリオテのユダに與(あた)へ給(たま)ひしに、 27此(この)一片(いつぺん)を取(と)るやサタン彼(かれ)に入(い)れり。然(さ)てイエズス之(これ)に向(むか)ひて、其(その)爲(な)す所(ところ)を速(すみやか)に爲(な)せ、と曰(のたま)ひしかど、 28食卓(しよくたく)に就(つ)けるものは一人(ひとり)として、何(なん)の爲(ため)に之(これ)を曰(のたま)ひしかを知(し)らず、 29中(なか)にはユダが財嚢(かねぶくろ)を持(も)てるによりて、祭日(さいじつ)の爲(ため)に我(われ)等(ら)が要(えう)する物(もの)を買(か)へ、或(あるひ)は貧者(ひんしや)に何(なに)かを施(ほどこ)せ、とイエズスの曰(のたま)へるならん、と思(おも)ふ人々(ひとびと)もありき。 30ユダは彼(かの)一片(ひときれ)を受(う)くるや直(ただち)に出(いで)行(ゆ)きしが、時(とき)は既(すで)に夜(よる)なりき。 31ユダが出(い)でし後(のち)、イエズス曰(のたま)ひけるは、今(いま)や人(ひと)の子(こ)光榮(くわうえい)を得(え)、神(かみ)も彼(かれ)に於(おい)て光榮(くわうえい)を得(え)給(たま)へり、 32神(かみ)彼(かれ)に於(おい)て光榮(くわうえい)を得(え)給(たま)ひたれば、神(かみ)亦(また)己(おのれ)に於(おい)て光榮(くわうえい)を彼(かれ)に得(え)させ、而(しか)も直(ただち)に得(え)させ給(たま)ふべし。 33小子(せうし)よ、我(われ)は尙(なほ)暫(しばら)く汝(なんぢ)等(ら)と共(とも)に在(あ)り、汝(なんぢ)等(ら)將(まさ)に我(われ)を尋(たず)ぬべけれども、曾(かつ)てユデア人(じん)に向(むか)ひて、我(わ)が往(ゆ)く處(ところ)には汝(なんぢ)等(ら)來(きた)る能(あた)はずと言(い)ひし如(ごと)く、今(いま)は汝(なんぢ)等(ら)にも亦(また)然(しか)言(い)ふ。 34我(われ)は新(あたら)しき掟(おきて)を汝(なんぢ)等(ら)に與(あた)ふ、卽(すなは)ち汝(なんぢ)等(ら)相(あひ)愛(あい)すべし、我(わ)が汝(なんぢ)等(ら)を愛(あい)せし如(ごと)く、汝(なんぢ)等(ら)も相(あひ)愛(あい)すべし、 35汝(なんぢ)等(ら)相(あひ)愛(あい)せば、人(ひと)皆(みな)之(これ)によりて汝(なんぢ)等(ら)の我(わが)弟子(でし)たる事(こと)を認(みと)めん、と。 36シモン、ペトロ、主(しゆ)よ、何處(いづこ)に往(ゆ)き給(たま)ふぞ、と云(い)ひしにイエズス答(こた)へ給(たま)ひけるは、我(わ)が往(ゆ)く處(ところ)に汝(なんぢ)今(いま)は從(したが)ふ能(あた)はず、後(のち)に從(したが)はん、と。 37ペトロ又(また)、我(われ)今(いま)は汝(なんぢ)に從(したが)ふ能(あた)はざるは何(なん)ぞや、我(われ)は汝(なんぢ)の爲(ため)に生命(いのち)をも棄(す)てんとす、と云(い)ひしかば、 38イエズス之(これ)に答(こた)へ給(たま)ひけるは、汝(なんぢ)は我(わ)が爲(ため)に生命(いのち)をも棄(す)てんとするか、誠(まこと)に實(まこと)に汝(なんぢ)に告(つ)ぐ、汝(なんぢ)が三(み)度(たび)我(われ)を否(いな)む迄(まで)は鷄(にはとり)鳴(うた)はざるべし。

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第14章

1汝(なんぢ)等(ら)の心(こころ)騷(さわ)ぐべからず、神(かみ)を信(しん)ずれば我(われ)をも信(しん)ぜよ。 2我(わが)父(ちち)の家(いへ)に住(すみ)所(ところ)多(おほ)し、然(しか)らずば我(われ)既(すで)に汝(なんぢ)等(ら)に告(つ)げしならん、其(そ)は至(いた)りて汝(なんぢ)等(ら)の爲(ため)に處(ところ)を備(そな)へんとすればなり。 3至(いた)りて汝(なんぢ)等(ら)の爲(ため)に處(ところ)を備(そな)へたる後(のち)、再(ふたた)び來(きた)りて汝(なんぢ)等(ら)を携(たづさ)へ、我(わ)が居(を)る處(ところ)に汝(なんぢ)等(ら)をも居(を)らしめん。 4汝(なんぢ)等(ら)は我(わ)が往(ゆ)く處(ところ)を知(し)り、又(また)其(その)道(みち)をも知(し)れり、と。 5トマ云(い)ひけるは、主(しゆ)よ、我(われ)等(ら)は其(その)往(ゆ)き給(たま)ふ處(ところ)を知(し)らず、爭(いか)でか其(その)道(みち)を知(し)る事(こと)を得(え)ん、と。 6イエズス之(これ)に曰(のたま)ひけるは、我(われ)は道(みち)なり、眞理(しんり)なり、生命(せいめい)なり、我(われ)に由(よ)らずしては父(ちち)に至(いた)る者(もの)はあらず。 7汝(なんぢ)等(ら)若(もし)我(われ)を知(し)りたらば、必(かなら)ず我(わが)父(ちち)をも知(し)りたらん、今(いま)より汝(なんぢ)等(ら)之(これ)を知(し)らん、而(しか)も既(すで)に之(これ)を見(み)たり、と。 8フィリッポ之(これ)に向(むか)ひ、主(しゆ)よ、父(ちち)を我(われ)等(ら)に示(しめ)し給(たま)へ、然(しか)らば我(われ)等(ら)事足(ことたり)るべし、と云(い)へるを、 9イエズス曰(のたま)ひけるは、我(われ)斯(かく)も久(ひさ)しく汝(なんぢ)等(ら)と共(とも)に居(を)れるに、汝(なんぢ)等(ら)尙(なほ)我(われ)を知(し)らざるか、フィリッポよ、我(われ)を見(み)る人(ひと)は父(ちち)をも見(み)るなり、何(なん)ぞ父(ちち)を我(われ)等(ら)に示(しめ)せと云(い)ふや、 10我(われ)父(ちち)に居(を)り父(ちち)我(われ)に在(いま)す、とは汝(なんぢ)等(ら)信(しん)ぜざるか、我(わ)が汝(なんぢ)等(ら)に語(かた)る言(ことば)は己(おのれ)より語(かた)るに非(あら)ず、父(ちち)こそ我(われ)に在(ましま)して自(みづか)ら業(わざ)を爲(な)し給(たま)ふなれ。 11汝(なんぢ)等(ら)は、我(わ)れ父(ちち)に居(を)り父(ちち)我(われ)に在(いま)すと信(しん)ぜざるか、 12然(しか)らば業(わざ)其(その)物(もの)の爲(ため)に信(しん)ぜよ。誠(まこと)に實(まこと)に汝(なんぢ)等(ら)に告(つ)ぐ、我(われ)を信(しん)ずる人(ひと)は自(みづか)ら亦(また)我(わ)が爲(な)す業(わざ)をも爲(な)し、而(しか)も之(これ)より大(おほ)いなる者(もの)を爲(な)さん、其(そ)は我(われ)父(ちち)の許(もと)に之(ゆ)けばなり。 13汝(なんぢ)等(ら)が我(わが)名(な)に由(よ)りて(父(ちち)に)求(もと)むる所(ところ)は、何事(なにごと)も我(われ)之(これ)を爲(な)さん、是(これ)父(ちち)が子(こ)に於(おい)て光榮(くわうえい)を歸(き)せられ給(たま)はん爲(ため)なり。 14汝(なんぢ)等(ら)我(わが)名(な)によりて何(なに)をか我(われ)に求(もと)めば、我(われ)之(これ)を爲(な)さん。 15汝(なんぢ)等(ら)若(もし)我(われ)を愛(あい)せば我(わが)命(めい)を守(まも)れ、 16而(しか)して我(われ)は父(ちち)に請(こ)ひ、父(ちち)は他(た)の弁護(べんご)者(しや)を汝(なんぢ)等(ら)に賜(たま)ひて、永遠(えいえん)に汝(なんぢ)等(ら)と共(とも)に止(とどま)らしめ給(たま)はん。 17是(これ)卽(すなは)ち眞理(しんり)の靈(れい)にして、世(よ)は之(これ)を見(み)ず且(かつ)知(し)らざるに由(よ)りて、之(これ)を承(う)くるに能(あた)はず、然(しか)れども汝(なんぢ)等(ら)は之(これ)を知(し)らん、其(そ)は汝(なんぢ)等(ら)と共(とも)に止(とどま)りて、汝(なんぢ)等(ら)の中(うち)に居(ゐ)給(たま)ふべければなり。 18我(われ)汝(なんぢ)等(ら)を孤兒(みなしご)として遺(のこ)さじ、將(まさ)に汝(なんぢ)等(ら)に來(きた)らんとす。 19今(いま)暫時(しばし)にして、世(よ)は最早(もはや)我(われ)を見(み)ざるべし、然(さ)れど汝(なんぢ)等(ら)は我(われ)を見(み)る、其(そ)は我(われ)は活(い)き居(を)りて汝(なんぢ)等(ら)も亦(また)活(い)くべければなり。 20汝(なんぢ)等(ら)彼(かの)日(ひ)に、我(われ)わが父(ちち)に居(を)り、汝(なんぢ)等(ら)我(われ)に居(を)り、我(われ)汝(なんぢ)等(ら)に居(を)る事(こと)を曉(さと)らん。 21我(わが)命令(めいれい)を有(いう)して之(これ)を守(まも)る者(もの)は、是(これ)我(われ)を愛(あい)する者(もの)なり、我(われ)を愛(あい)する者(もの)は我(わが)父(ちち)に愛(あい)せらるべく、我(われ)も之(これ)を愛(あい)して之(これ)に己(おのれ)を顯(あらは)すべし、と。 22彼(かの)イスカリオテに非(あら)ざるユダ、イエズスに謂(い)ひけるは、主(しゆ)よ何(なに)爲(すれ)ぞ、己(おのれ)を我(われ)等(ら)に顯(あらは)して世(よ)に顯(あらは)し給(たま)はざるや。 23イエズス答(こた)へて曰(のたま)ひけるは、人(ひと)若(もし)我(われ)を愛(あい)せば、我(わが)言(ことば)を守(まも)らん、斯(かく)て我(わが)父(ちち)は彼(かれ)を愛(あい)し給(たま)ひ、我(われ)等(ら)彼(かれ)に至(いた)りて其(その)内(うち)に住(す)まん、 24我(われ)を愛(あい)せざる者(もの)は我(わが)言(ことば)を守(まも)らず、而(しか)して汝(なんぢ)等(ら)の聞(き)きしは我(わが)言(ことば)に非(あら)ずして、我(われ)を遣(つかは)し給(たま)ひし父(ちち)のなり。 25我(われ)尙(なほ)汝(なんぢ)等(ら)と共(とも)に居(を)りて是(これ)等(ら)の事(こと)を汝(なんぢ)等(ら)に語(かた)りしが、 26父(ちち)の我(わが)名(な)に由(よ)りて遣(つか)はし給(たま)ふべき弁護(べんご)者(しや)たる聖靈(せいれい)は、我(わ)が汝(なんぢ)等(ら)に謂(い)ひし總(すべ)ての事(こと)を敎(をし)へ、且(かつ)思(おもひ)出(い)でしめ給(たま)ふべし。 27我(われ)は平安(へいあん)を汝(なんぢ)等(ら)に遺(のこ)し、我(わが)平安(へいあん)を汝(なんぢ)等(ら)に與(あた)ふ、我(わ)が之(これ)を與(あた)ふるは、世(よ)の與(あた)ふる如(ごと)くには非(あら)ず、汝(なんぢ)等(ら)の心(こころ)騷(さわ)ぐべからず、又(また)怖(おそ)るべからず、 28曾(かつ)て我(われ)往(ゆ)きて復(また)汝(なんぢ)等(ら)に來(きた)らんとと云(い)ひしは、汝(なんぢ)等(ら)が聞(き)ける所(ところ)なり、汝(なんぢ)等(ら)我(われ)を愛(あい)するならば、必(かなら)ず我(わ)が父(ちち)の許(もと)に歸(かへ)るを喜(よろこ)ぶならん、父(ちち)は我(われ)より更(さら)に大(おほ)いに在(ましま)せばなり。 29今(いま)事(こと)の成(な)るに先(さき)だちて我(わ)が汝(なんぢ)等(ら)に告(つ)げたるは、其(その)成(な)りて後(のち)汝(なんぢ)等(ら)に信(しん)ぜしめん爲(ため)なり。 30最早(もはや)多(おほ)く汝(なんぢ)等(ら)に語(かた)らじ、蓋(けだし)此(この)世(よ)の長(かしら)來(きた)る、彼(かれ)は我(われ)に何(なん)の權(けん)をも有(いう)せず。 31然(さ)れど我(わ)が父(ちち)を愛(あい)して父(ちち)の我(われ)に命(めい)じ給(たま)ひし如(ごと)く行(おこな)ふ事(こと)を世(よ)の知(し)らん爲(ため)に、立(た)て、將(いざ)此處(ここ)より去(さ)らん。

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第15章

1我(われ)は眞(しん)の葡萄(ぶだうの)樹(き)にして、我(わが)父(ちち)は栽培(さいばい)者(しや)なり、 2我(われ)に在(あ)る枝(えだ)の果(み)を結(むす)ばざる者(もの)は、父(ちち)悉(ことごと)く之(これ)を伐(きり)去(さ)り、果(み)を結(むす)ぶ者(もの)は、尙(なほ)多(おほ)く果(み)を結(むす)ばしめん爲(ため)に、悉(ことごと)く之(これ)を切(きり)透(す)かし給(たま)ふべし。 3我(わ)が汝(なんぢ)等(ら)に語(かた)りたる言(ことば)に由(よ)りて汝(なんぢ)等(ら)は既(すで)に潔(きよ)きなり。 4我(われ)に止(とどま)れ、我(われ)も亦(また)汝(なんぢ)等(ら)に止(とどま)るべし。枝(えだ)が葡萄(ぶだうの)樹(き)に止(とどま)るに非(あら)ずば自(みづか)ら果(み)を結(むす)ぶこと能(あた)はざる如(ごと)く、汝(なんぢ)等(ら)も我(われ)に止(とどま)るに非(あら)ずば能(あた)はじ。 5我(われ)は葡萄(ぶだうの)樹(き)にして汝(なんぢ)等(ら)は枝(えだ)なり、我(われ)に止(とどま)り我(わ)が之(これ)に止(とどま)る人(ひと)、是(これ)多(おほ)くの果(み)を結(むす)ぶ者(もの)なり、蓋(けだし)我(われ)を離(はな)れては、汝(なんぢ)等(ら)何事(なにごと)をも爲(な)す能(あた)はず。 6人(ひと)若(もし)我(われ)に止(とどま)らずば枝(えだ)の如(ごと)く棄(す)てられて枯(か)れ、然(さ)て拾(ひろ)はれ、火(ひ)に投入(なげい)れられて焚(や)けん。 7汝(なんぢ)等(ら)若(もし)我(われ)に止(とどま)り、我(わが)言(ことば)汝(なんぢ)等(ら)に止(とどま)らば、欲(ほつ)する所(ところ)を願(ねが)はんに叶(かな)へらるべし。 8我(わが)父(ちち)の據(よ)りて以(もつ)て光榮(くわうえい)を得(え)給(たま)ふは、汝(なんぢ)等(ら)が夥(おびただ)しき果(み)を結(むす)びて我(わが)弟子(でし)と成(な)らん事(こと)是(これ)なり。 9父(ちち)の我(われ)を愛(あい)し給(たま)へる如(ごと)く、我(われ)も亦(また)汝(なんぢ)等(ら)を愛(あい)せり、汝(なんぢ)等(ら)我(わが)愛(あい)に止(とどま)れ。 10若(もし)我(わが)命(めい)を守(まも)らば汝(なんぢ)等(ら)我(わが)愛(あい)に止(とどま)る事(こと)、我(われ)も我(わが)父(ちち)の命(めい)を守(まも)りて其(その)愛(あい)に止(とどま)るが如(ごと)くなるべし。 11是(これ)等(ら)の事(こと)を汝(なんぢ)等(ら)に語(かた)れるは、我(わが)喜(よろこび)汝(なんぢ)等(ら)の衷(うち)に在(あ)りて、汝(なんぢ)等(ら)が喜(よろこび)の全(まつた)うせられん爲(ため)なり。 12汝(なんぢ)等(ら)相(あひ)愛(あい)すること、我(わ)が汝(なんぢ)等(ら)を愛(あい)せしが如(ごと)くせよ、是(これ)我(わが)命(めい)なり。 13誰(たれ)も其(その)友(とも)の爲(ため)に生命(いのち)を棄(す)つるより大(おほ)いなる愛(あい)を有(も)てる者(もの)はあらず。 14汝(なんぢ)等(ら)若(もし)我(わ)が命(めい)ずる所(ところ)を行(おこな)はば是(これ)我(わが)友(とも)なり。 15我(われ)最早(もはや)汝(なんぢ)等(ら)を僕(しもべ)と呼(よ)ばじ、僕(しもべ)は其(その)主(しゆ)の爲(な)す所(ところ)を知(し)らざればなり。然(さ)て我(われ)は汝(なんぢ)等(ら)を友(とも)と呼(よ)べり、是(これ)總(すべ)て我(わが)父(ちち)より聞(き)きし事(こと)を悉(ことごと)く汝(なんぢ)等(ら)に知(し)らせたればなり。 16汝(なんぢ)等(ら)が我(われ)を選(えら)みたるに非(あら)ず、我(われ)こそ汝(なんぢ)等(ら)を選(えら)みて立(た)てたるなれ、是(これ)汝(なんぢ)等(ら)が往(ゆ)きて果(み)を結(むす)び其(その)果(み)永(なが)く存(そん)して、我(わが)名(な)によりて父(ちち)に何事(なにごと)を願(ねが)ふも、父(ちち)が汝(なんぢ)等(ら)に之(これ)を賜(たま)はん爲(ため)なり。 17我(わ)が斯(か)く汝(なんぢ)等(ら)に命(めい)ずるは、汝(なんぢ)等(ら)が相(あひ)愛(あい)せん爲(ため)なり。 18世(よ)若(もし)汝(なんぢ)等(ら)を憎(にく)まば、汝(なんぢ)等(ら)より先(さき)に我(われ)を憎(にく)めりと知(し)れ。 19汝(なんぢ)等(ら)世(よ)のものなりしならば、世(よ)は己(おの)がものとして愛(あい)せしならん、然(さ)れども、世(よ)のものに非(あら)ずして、我(わ)が世(よ)より選出(えらみいだ)せる汝(なんぢ)等(ら)なれば、世(よ)は汝(なんぢ)等(ら)を憎(にく)むなり。 20僕(しもべ)は其(その)主(しゆ)より大(おほ)いならず、と我(わ)が曾(かつ)て汝(なんぢ)等(ら)に語(かた)りしを記憶(きおく)せよ、人(ひと)我(われ)を迫害(はくがい)したれば、亦(また)汝(なんぢ)等(ら)をも迫害(はくがい)せん、我(わが)言(ことば)を守(まも)りたれば、亦(また)汝(なんぢ)等(ら)の言(ことば)をも守(まも)らん、 21然(しか)れども此(この)凡(すべ)ての事(こと)は、彼等(かれら)我(わが)名(な)の爲(ため)に之(これ)を汝(なんぢ)等(ら)に爲(な)さん、是(これ)我(われ)を遣(つか)はし給(たま)ひし者(もの)を知(し)らざる故(ゆゑ)なり。 22若(もし)我(わ)が來(きた)りて彼等(かれら)に告(つ)ぐる事(こと)なかりせば、彼等(かれら)罪(つみ)なかりしならん。然(さ)れど今(いま)は其(その)罪(つみ)を推(かこ)*(つ)くるに所(ところ)なし。 23我(われ)を憎(にく)む人(ひと)は我(わが)父(ちち)をも憎(にく)むなり、 24若(もし)我(われ)彼等(かれら)の中(うち)に在(あ)りて、何人(なにびと)も曾(かつ)て爲(な)さざりし業(わざ)を行(おこな)はざりせば、彼等(かれら)罪(つみ)なかりしならん。然(さ)れど今(いま)は現(げん)に之(これ)を眼前(まのあたり)に見(み)て而(しか)も我(われ)と我(わが)父(ちち)とを憎(にく)みたるなり。 25但(ただ)し是(これ)彼等(かれら)の律法(りつぱふ)に錄(かきしる)して「彼等(かれら)謂(いはれ)なく我(われ)を憎(にく)めり」とある言(ことば)の成就(じやうじゆ)せん爲(ため)なり。 26斯(かく)て父(ちち)の許(もと)より我(わ)が遣(つか)はさんとする弁護(べんご)者(しや)、卽(すなは)ち父(ちち)より出(い)づる眞理(しんり)の靈(れい)來(きた)らば、我(われ)に就(つ)きて證明(しようめい)を爲(な)し給(たま)はん、 27汝(なんぢ)等(ら)も初(はじめ)より我(われ)に伴(ともな)へるに由(よ)りて亦(また)證明(しようめい)を爲(な)さん。

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第16章

1我(わ)が斯(か)く汝(なんぢ)等(ら)に語(かた)りしは、汝(なんぢ)等(ら)の躓(つまづ)かざらん爲(ため)なり。 2人々(ひとびと)汝(なんぢ)等(ら)を會堂(くわいどう)より逐出(おひいだ)さん、而(しか)も汝(なんぢ)等(ら)を殺(ころ)す人(ひと)凡(すべ)て自(みづか)ら神(かみ)に盡(つく)すと思(おも)ふ時(とき)來(きた)らん。 3人(ひと)の斯(かか)る事(こと)を汝(なんぢ)等(ら)に爲(な)さんとするは、父(ちち)をも我(われ)をも知(し)らざる故(ゆゑ)なり。 4但(ただ)し我(わ)が斯(か)く汝(なんぢ)等(ら)に語(かた)りたるは、時(とき)至(いた)らば汝(なんぢ)等(ら)をして、我(わ)が之(これ)を告(つ)げたるを思(おもひ)出(い)でしめんが爲(ため)なり。 5而(しか)も之(これ)を初(はじめ)より告(つ)げざりしは、汝(なんぢ)等(ら)と共(とも)に居(を)りし故(ゆゑ)なり、今(いま)我(われ)を遣(つか)はし給(たま)ひし者(もの)に至(いた)らんとするに、何處(いづこ)に至(いた)るぞと我(われ)に問(と)ふ者(もの)、汝(なんぢ)等(ら)の中(うち)に一人(ひとり)もあらず、 6然(さ)れど斯(か)く語(かた)りしに因(よ)りて、憂(うれひ)汝(なんぢ)等(ら)の心(こころ)に滿(み)てり。 7然(さ)りながら我(われ)實(じつ)を以(もつ)て汝(なんぢ)等(ら)に告(つ)ぐ、我(わ)が去(さ)るは汝(なんぢ)等(ら)に利(り)あり、我(われ)若(もし)去(さ)らずば弁護(べんご)者(しや)は汝(なんぢ)等(ら)に來(きた)るまじきを、去(さ)りなば我(われ)之(これ)を汝(なんぢ)等(ら)に遣(つか)はすべければなり。 8彼(かれ)來(きた)らば世(よ)を責(せ)めて、罪(つみ)と義(ぎ)と審判(しんぱん)とに就(つ)きて其(その)過(あやまち)を認(みと)めしめん。 9罪(つみ)に就(つ)きてとは、人々(ひとびと)我(われ)を信(しん)ぜざりし故(ゆゑ)なり。 10義(ぎ)に就(つ)きてとは、我(われ)父(ちち)の許(もと)に去(さ)りて汝(なんぢ)等(ら)最早(もはや)我(われ)を見(み)ざるべき故(ゆゑ)なり。 11審判(しんぱん)に就(つ)きてとは、此(この)世(よ)の長(かしら)既(すで)に審判(しんぱん)せられたる故(ゆゑ)なり。 12我(わ)が汝(なんぢ)等(ら)に云(い)ふべき事(こと)尙(なほ)多(おほ)けれども、汝(なんぢ)等(ら)今(いま)は之(これ)に得(え)堪(た)へず。 13彼(かの)眞理(しんり)の靈(れい)來(きた)らん時(とき)、一切(いつさい)の眞理(しんり)を汝(なんぢ)等(ら)に敎(をし)へ給(たま)はん。其(そ)は己(おのれ)より語(かた)るに非(あら)ずして、悉(ことごと)く其(その)聞(き)きたらん所(ところ)を語(かた)り、又(また)起(おこ)るべき事(こと)を汝(なんぢ)等(ら)に告(つ)げ給(たま)ふべければなり。 14彼(かれ)は我(われ)に光榮(くわうえい)あらしむべし、其(そ)は我(わ)がものを受取(うけと)りて汝(なんぢ)等(ら)に示(しめ)し給(たま)ふべければなり。 15凡(すべ)て父(ちち)の有(いう)し給(たま)ふものは悉(ことごと)く我(わが)ものなり、彼(かれ)は我(わが)ものを受取(うけと)りて汝(なんぢ)等(ら)に示(しめ)し給(たま)はんと云(い)へるは、之(これ)を以(もつ)てなり。 16暫(しばら)くにして汝(なんぢ)等(ら)最早(もはや)我(われ)を見(み)ざるべく、又(また)暫(しばら)くにして我(われ)を見(み)ん、是(これ)我(わが)父(ちち)に至(いた)ればなり、[と曰(のたま)へり]。 17是(ここ)に於(おい)て弟子(でし)の或(ある)人々(ひとびと)、暫(しばら)くにして汝(なんぢ)等(ら)我(われ)を見(み)ざるべく、又(また)暫(しばら)くにして我(われ)を見(み)ん、又(また)我(わが)父(ちち)に至(いた)ればなり、と曰(のたま)へるは何事(なにごと)ぞ、と語(かたり)合(あ)ひつつ、 18然(さ)て、暫(しばら)くにしてと曰(のたま)へるは何(なん)ぞや、我(われ)等(ら)は其(その)語(かた)り給(たま)ふ所(ところ)を知(し)らず、と云(い)ひ居(を)りしに、 19イエズス彼等(かれら)が己(おのれ)に問(と)はんと欲(ほつ)するを曉(さと)りて曰(のたま)ひけるは、汝(なんぢ)等(ら)は、暫(しばら)くにして汝(なんぢ)等(ら)を見(み)ざるべく、又(また)暫(しばら)くにして我(われ)を見(み)ん、と我(わ)が云(い)へるを僉議(せんぎ)し合(あ)へるか、 20誠(まこと)に實(まこと)に汝(なんぢ)等(ら)に告(つ)ぐ、汝(なんぢ)等(ら)は悲(かな)しみ且(かつ)泣(な)かんに世(よ)は喜(よろこ)ぶべく、汝(なんぢ)等(ら)は憂(うれ)ふべけれども、其(その)憂(うれひ)は變(かは)りて喜(よろこび)となるべし。 21婦(をんな)の産(う)まんとするや、我(わが)時期(じき)來(きた)れりとて憂(うれ)ふれども、既(すで)に子(こ)を産(う)み了(をは)れば、世(よ)に人(ひと)一人(ひとり)生(うま)れたる喜(よろこび)によりて、最早(もはや)苦痛(くつう)を覺(おぼ)ゆる事(こと)なし。 22汝(なんぢ)等(ら)も今(いま)は憂(うれひ)を懷(いだ)けども、我(われ)再(ふたた)び汝(なんぢ)等(ら)を見(み)ば、汝(なんぢ)等(ら)の心(こころ)は喜(よろこ)ぶべく、而(しか)も其(その)喜(よろこび)を汝(なんぢ)等(ら)より奪(うば)ふ者(もの)なかるべし。 23彼(かの)日(ひ)には、汝(なんぢ)等(ら)何事(なにごと)をも我(われ)に問(と)はざらん。誠(まこと)に實(まこと)に汝(なんぢ)等(ら)に告(つ)ぐ、汝(なんぢ)等(ら)もし我(わが)名(な)によりて父(ちち)に求(もと)むる所(ところ)あらば、父(ちち)は之(これ)を汝(なんぢ)等(ら)に賜(たま)ふべし。 24汝(なんぢ)等(ら)今(いま)までは、我(わが)名(な)によりて何(なに)をも求(もと)めざりしが、求(もと)めよ、然(さ)らば受(う)け得(え)て汝(なんぢ)等(ら)の喜(よろこび)全(まつた)かるべし。 25我(われ)喩(たとへ)を以(もつ)て斯(か)く汝(なんぢ)等(ら)に語(かた)りしかど、最早(もはや)喩(たとへ)を以(もつ)て語(かた)らずして明白(あからさま)に父(ちち)に就(つ)きて汝(なんぢ)等(ら)に告(つ)ぐべき時(とき)は來(きた)る、 26其(その)日(ひ)には汝(なんぢ)等(ら)我(わが)名(な)によりて求(もと)めん、而(しか)も我(われ)汝(なんぢ)等(ら)の爲(ため)に父(ちち)に祈(いの)らんとは云(い)はず、 27其(そ)は汝(なんぢ)等(ら)我(われ)を愛(あい)して、我(わ)が神(かみ)より出(い)でたるを信(しん)じたるが故(ゆゑ)に、父(ちち)自(みづか)ら汝(なんぢ)等(ら)を愛(あい)し給(たま)へばなり。 28我(われ)は父(ちち)より出(い)でて世(よ)に來(きた)りしが、復(また)世(よ)を離(はな)れて父(ちち)に至(いた)る、と曰(のたま)ひしかば、 29弟子(でし)等(たち)云(い)ひけるは、今(いま)は明白(あからさま)に語(かた)り給(たま)ひて豪(すこし)も喩(たとへ)を語(かた)り給(たま)はず。 30今(いま)にして我(われ)等(ら)は、汝(なんぢ)が萬事(ばんじ)を知(し)り給(たま)ひて、人(ひと)の問(と)ふを待(ま)ち給(たま)はざる事(こと)を知(し)り、是(これ)によりて汝(なんぢ)の神(かみ)より出(い)で給(たま)へる事(こと)を信(しん)ず、と。 31イエズス彼等(かれら)に答(こた)へ給(たま)ひけるは、汝(なんぢ)等(ら)は今(いま)信(しん)ずるか、 32看(み)よ時(とき)は來(きた)る、最早(もはや)來(きた)れり、汝(なんぢ)等(ら)は何(いず)れも己(おの)がじし散亂(ちりみだ)れて我(われ)を獨(ひと)り棄(すて)置(お)くに至(いた)らん。然(さ)れど我(われ)は獨(ひとり)に非(あら)ず、其(そ)は父(ちち)我(われ)と共(とも)に在(いま)せばなり。 33斯(か)く汝(なんぢ)等(ら)に語(かた)りたるは、汝(なんぢ)等(ら)が我(われ)に於(おい)て平安(へいあん)を得(え)ん爲(ため)なり。世(よ)に於(おい)ては汝(なんぢ)等(ら)難(なやみ)に遇(あ)はん、然(さ)れど賴(たの)もしかれ、我(われ)は世(よ)に勝(か)てり、と。

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第17章

1イエズス斯(か)く語(かた)り果(は)てて、目(め)を翹(あ)げ天(てん)を仰(あふ)ぎて曰(のたま)ひけるは、父(ちち)よ時(とき)來(きた)れり、御子(おんこ)をして汝(なんぢ)に光榮(くわうえい)あらしめん爲(ため)に、御子(おんこ)に光榮(くわうえい)あらしめ給(たま)へ、 2其(そ)は父(ちち)より賜(たま)はりし人々(ひとびと)に永遠(えいえん)の生命(せいめい)を與(あた)へしめんとて、之(これ)に萬民(ばんみん)の上(うへ)に權能(けんのう)を賜(たま)ひたればなり。 3抑(そもそも)永遠(えいえん)の生命(せいめい)は、唯一(ゆゐいつ)の眞(まこと)の神(かみ)にて在(ましま)す汝(なんぢ)と、其(その)遣(つか)はし給(たま)へるイエズス、キリストとを知(し)るに在(あ)り。 4我(われ)は地上(ちじやう)にて汝(なんぢ)に光榮(くわうえい)あらしめ、我(われ)に爲(な)さしめんとて賜(たま)ひし業(わざ)を全(まつた)うせり。 5父(ちち)よ、世界(せかい)の存在(そんざい)に前(さき)だちて我(わ)が汝(なんぢ)と共(とも)に有(いう)せし光榮(くわうえい)を以(もつ)て、今(いま)汝(なんぢ)と共(とも)に我(われ)に光榮(くわうえい)あらしめ給(たま)へ。 6我(われ)は、此(この)世(よ)より選(えら)みて我(われ)に賜(たま)ひし人々(ひとびと)に御名(みな)を顯(あらは)せり。彼等(かれら)汝(なんぢ)のものたりしに之(これ)を我(われ)に賜(たま)ひ、彼等(かれら)は汝(なんぢ)の言(ことば)を守(まも)り、 7我(われ)に賜(たま)ひし事(こと)悉(ことごと)く汝(なんぢ)より出(い)づることを今(いま)にして曉(さと)れり。 8蓋(けだし)我(われ)に賜(たま)ひし言(ことば)を我(われ)彼等(かれら)に授(さづ)け、彼等(かれら)は之(これ)を受(う)けて、深(ふか)く我(わ)が汝(なんぢ)より出(い)でたるを曉(さと)り、汝(なんぢ)の我(われ)に遣(つか)はし給(たま)ひしことを信(しん)ぜり。 9我(われ)彼等(かれら)の爲(ため)に祈(いの)る。我(わ)が祈(いの)るは世(よ)の爲(ため)に非(あら)ずして、我(われ)に賜(たま)ひたる人々(ひとびと)の爲(ため)なり、彼等(かれら)は汝(なんぢ)のものなればなり。 10我(わが)ものは悉(ことごと)く汝(なんぢ)のもの、汝(なんぢ)のものは我(わが)ものにして、我(われ)彼等(かれら)の中(うち)に光榮(くわうえい)を得(え)たり。 11我(われ)最早(もはや)世(よ)に居(を)らず、彼等(かれら)は世(よ)に居(を)り、我(われ)は汝(なんぢ)に至(いた)る。聖(せい)なる父(ちち)よ、我(われ)に賜(たま)ひたる人々(ひとびと)を御名(みな)を以(もつ)て護(まも)り給(たま)へ、是(これ)我(われ)等(ら)の如(ごと)く彼等(かれら)も一(いつ)ならん爲(ため)なり。 12我(われ)彼等(かれら)と共(とも)なりし間(あひだ)、御名(みな)を以(もつ)て彼等(かれら)を護(まも)り居(ゐ)たりしが、我(われ)に賜(たま)ひたる人々(ひとびと)を保(たも)ち、其(その)中(うち)の一人(ひとり)も失(う)せず、唯(ただ)聖書(せいしよ)の成就(じやうじゆ)せん爲(ため)に、亡(ほろび)の子(こ)の失(う)せたるのみ。 13今(いま)は我(われ)汝(なんぢ)に至(いた)る、世(よ)に在(あ)りて斯(か)く語(かた)るは、我(わが)喜(よろこび)を彼等(かれら)の身(み)に圓滿(えんまん)ならしめんが爲(ため)なり。 14我(われ)は御言(おんことば)を彼等(かれら)に授(さづ)け、世(よ)は彼等(かれら)を憎(にく)めり、是(こ)は我(われ)も世(よ)のものに非(あら)ざる如(ごと)く、彼等(かれら)は世(よ)のものに非(あら)ざればなり。 15我(わ)が祈(いの)るは彼等(かれら)を世(よ)より取去(とりさ)り給(たま)へとには非(あら)ず、彼等(かれら)を護(まも)りて惡(あく)を逃(のが)れしめ給(たま)へとなり。 16我(われ)も世(よ)のものに非(あら)ざる如(ごと)く、彼等(かれら)は世(よ)のものに非(あら)ず、 17願(ねがは)くは彼等(かれら)を眞理(しんり)の中(うち)に聖(せい)ならしめ給(たま)へ、御言(おんことば)は卽(すなは)ち眞理(しんり)なり、 18我(われ)を世(よ)に遣(つか)はし給(たま)ひし如(ごと)く、我(われ)も彼等(かれら)を世(よ)に遣(つか)はせり、 19且(かつ)彼等(かれら)をも眞理(しんり)の中(うち)に聖(せい)ならしめんとして、彼等(かれら)の爲(ため)に己(おのれ)を聖(せい)ならしむ。 20我(わ)が祈(いの)るは彼等(かれら)の爲(ため)のみならず、又(また)彼等(かれら)の言(ことば)によりて我(われ)を信(しん)ずる人々(ひとびと)の爲(ため)にして、 21彼等(かれら)が悉(ことごと)く一(いつ)ならん爲(ため)なり。父(ちち)よ、是(これ)汝(なんぢ)の我(われ)に在(いま)し我(わ)が汝(なんぢ)に居(を)るが如(ごと)く、彼等(かれら)も我(われ)等(ら)に居(を)りて一(いつ)ならん爲(ため)にして、汝(なんぢ)の我(われ)を遣(つか)はし給(たま)ひし事(こと)を世(よ)に信(しん)ぜしめんとてなり。 22我(われ)に賜(たま)ひし光榮(くわうえい)を我(われ)彼等(かれら)に與(あた)へたり、是(こ)は我(われ)等(ら)の一(いつ)なるが如(ごと)く、彼等(かれら)も一(いつ)ならん爲(ため)なり。 23我(われ)彼等(かれら)に居(を)り汝(なんぢ)我(われ)に在(いま)す、是(こ)は彼等(かれら)が一(いつ)に全(まつた)うせられん爲(ため)、又(また)汝(なんぢ)の我(われ)を遣(つか)はし給(たま)ひし事(こと)と、我(われ)を愛(あい)し給(たま)ひし如(ごと)く彼等(かれら)をも愛(あい)し給(たま)ひし事(こと)とを、世(よ)の曉(さと)らん爲(ため)なり。 24父(ちち)よ、願(ねがは)くは我(われ)に賜(たま)ひし人々(ひとびと)も、我(わ)が居(を)る處(ところ)に我(われ)と共(とも)ならん事(こと)を、是(これ)世界(せかい)開闢(かいびやく)以前(いぜん)より我(われ)を愛(あい)し給(たま)ひて我(われ)に賜(たま)ひたる我(わが)光榮(くわうえい)を、彼等(かれら)に見(み)せん爲(ため)なり。 25正(ただ)しき父(ちち)よ、世(よ)は汝(なんぢ)を知(し)らざれども我(われ)は汝(なんぢ)を知(し)り、彼等(かれら)も亦(また)汝(なんぢ)の我(われ)を遣(つか)はし給(たま)ひしことを知(し)れり。 26我(われ)は御名(みな)を彼等(かれら)に知(し)らせたり、又(また)知(し)らせんとす、是(これ)我(われ)を愛(あい)し給(たま)ひたる愛(あい)の彼等(かれら)に存(そん)して、我(われ)も彼等(かれら)に居(を)らん爲(ため)なり、[と曰(のたま)へり]。

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第18章

1イエズス斯(か)く曰(のたま)ひて、弟子(でし)等(たち)と共(とも)にセドロンの溪流(たにがは)の彼方(かなた)に出(い)で給(たま)ひしが、其處(そこ)に園(その)の在(あ)りけるに、弟子(でし)等(たち)を伴(ともな)ひて入(い)り給(たま)へり。 2イエズス屡(しばしば)弟子(でし)と共(とも)に此處(ここ)に集(あつま)り給(たま)ひければ、彼(かれ)を賣(う)れるユダも處(ところ)を知(し)り居(ゐ)たり。 3然(さ)ればユダは、一隊(いつたい)の兵卒(へいそつ)及(およ)び下役(したやく)等(ども)を大司祭(だいしさい)ファリザイ人(じん)より受(う)けて、提燈(ちやうちん)と炬火(たいまつ)と武器(ぶき)とを持(も)ちて此處(ここ)に來(きた)れり。 4イエズス我(わ)が身(み)に來(きた)るべき事(こと)を悉(ことごと)く知(し)り給(たま)ひて、進出(すすみい)でて彼等(かれら)に向(むか)ひ、誰(たれ)を尋(たず)ぬるぞ、と曰(のたま)ひしかば彼等(かれら)、ナザレトのイエズスを、と答(こた)へしに、 5イエズス、其(そ)は我(われ)なり、と曰(のたま)ひしが、彼(かれ)を付(わた)せるユダも彼等(かれら)と共(とも)に立(た)ち居(ゐ)たり。 6然(さ)てイエズスが我(われ)なりと曰(のたま)ふや、彼等(かれら)後退(あとずさり)して地(ち)に倒(たふ)れたり。 7イエズス乃(すなは)ち復(また)、汝(なんぢ)等(ら)誰(たれ)を尋(たず)ぬるぞ、と問(と)ひ給(たま)ひしに彼等(かれら)、ナザレトのイエズスを、云(い)ひたれば、 8イエズス答(こた)へ給(たま)ひけるは、我(われ)既(すで)に我(われ)なりと汝(なんぢ)等(ら)に告(つ)げたり、我(われ)を尋(たず)ぬるならば、此(この)人々(ひとびと)を容(ゆる)して去(さ)らしめよ、と。 9是(これ)曾(かつ)て、我(われ)に賜(たま)ひたる人々(ひとびと)を我(われ)一人(ひとり)も失(うしな)はざりき、と曰(のたま)ひし御言(おんことば)の成就(じやうじゆ)せん爲(ため)なり。 10時(とき)にシモン、ペトロ剣(つるぎ)を持(も)ちたりしかば、拔(ぬ)きて大司祭(だいしさい)の僕(しもべ)を擊(う)ち、其(その)右(みぎ)の耳(みみ)を切(きり)落(おと)ししが、其(その)僕(しもべ)の名(な)をマルクスと云(い)へり。 11然(さ)てイエズスペトロに曰(のたま)ひけるは、汝(なんぢ)の剣(つるぎ)を鞘(さや)に收(をさ)めよ、父(ちち)の我(われ)に賜(たま)ひたる杯(さかずき)は我(われ)之(これ)を飲(の)まざらんや、と。 12斯(かく)て兵隊(へいたい)、千夫長(せんぷちやう)、及(およ)びユデア人(じん)の下役(したやく)等(ども)、イエズスを捕(とら)へて之(これ)を縛(しば)り、 13先(まず)アンナの許(もと)に引行(ひきゆ)けり、是(これ)其(その)年(とし)の大司祭(だいしさい)たるカイファの舅(しうと)なるが故(ゆゑ)にして。 14カイファは曾(かつ)てユデア人(じん)に向(むか)ひて、一人(いちにん)が人民(じんみん)の爲(ため)に死(し)するは利(り)なり、との忠告(ちゆうこく)を與(あた)へたりし人(ひと)なり。 15然(しか)るにシモン、ペトロ及(およ)び他(た)の一人(ひとり)の弟子(でし)、イエズスの後(のち)に從(したが)ひたりしが、彼(かの)弟子(でし)は曾(かつ)て大司祭(だいしさい)に知(し)られたりければ、イエズスと共(とも)に大司祭(だいしさい)の庭(にわ)に入(い)りしも、 16ペトロは門(もん)の外(そと)に立(た)ちてありしに、彼(かの)大司祭(だいしさい)に知(し)られたりし弟子(でし)出(い)でて門番(もんばん)の婦(をんな)に語(かた)らいしかば、ペトロを内(うち)に入(い)れたり。 17斯(かく)て門番(もんばん)の婦(をんな)ペトロに向(むか)ひ、汝(なんぢ)も彼(かの)人(ひと)の弟子(でし)の一人(ひとり)ならずや、と云(い)ひしに彼(かれ)、然(しか)らずと云(い)へり。 18時(とき)しも寒(かん)かりければ、僕(しもべ)及(およ)び下役(したやく)等(ども)、炭火(すみび)の傍(そば)に立(た)ちて煬(あた)り居(を)るに、ペトロも立(たつ)交(まじ)りて煬(あた)り居(を)れり。 19然(さ)て大司祭(だいしさい)は其(その)弟子(でし)と敎(をしへ)とに就(つ)きてイエズスに問(と)ひしかば、 20イエズス之(これ)に答(こた)へ給(たま)ひけるは、我(われ)は白地(あからさま)に世(よ)に語(かた)り、何時(いつ)も凡(すべ)てのユデア人(じん)の相(あひ)集(あつ)まる會堂(くわいどう)及(およ)び[神(しん)]殿(でん)にて敎(をし)へ、何事(なにごと)をも密(ひそか)に語(かた)りし事(こと)なし、 21汝(なんぢ)何(なん)ぞ我(われ)に問(と)ふや、我(わ)が語(かた)りし所(ところ)を聽聞(ちやうもん)したる人々(ひとびと)に問(と)へ、彼等(かれら)こそ我(わ)が言(い)ひし所(ところ)を知(し)るなれ、と。 22斯(か)く曰(のたま)ひしかば、立合(たちあ)へる一人(ひとり)の下役(したやく)、手(て)にてイエズスの頰(ほほ)を打(う)ち、汝(なんぢ)大司祭(だいしさい)に答(こた)ふるに斯(かく)の如(ごと)きか、と云(い)ひしを、 23イエズス答(こた)へ給(たま)ひけるは、我(わ)が言(い)ひし事(こと)惡(あし)くば其(その)惡(あし)き所以(ゆゑん)を證(しよう)せよ、若(もし)善(よ)くば何(なに)爲(すれ)ぞ我(われ)を打(う)つや、と。 24斯(かく)てアンナはイエズスを縛(しば)りたる儘(まま)に、大司祭(だいしさい)カイファの許(もと)に送(おく)りたりき。 25然(さ)てシモン、ペトロ火(ひ)に煬(あた)りつつ立(た)てるに、人々(ひとびと)、汝(なんぢ)も彼(かれ)が弟子(でし)の一人(ひとり)ならずや、と云(い)ひしかばペトロ否(いな)みて、然(しか)らずと云(い)へり。 26又(また)一人(ひとり)、大司祭(だいしさい)の僕(しもべ)にしてペトロに耳(みみ)を切(せつ)落(お)とされし人(ひと)の親族(しんぞく)なる者(もの)、我(われ)汝(なんぢ)が園(その)にて彼(かれ)に伴(ともな)へるを見(み)たるに非(あら)ずや、と云(い)ふを、 27ペトロ又(また)否(いな)みたるに、鷄(にわとり)忽(たちま)ち鳴(うた)へり。 28斯(かく)て人々(ひとびと)、イエズスをカイファの許(もと)より官(くわん)廰(ちやう)に引(ひ)きしが、時(とき)は天明(よあけ)なりき。彼等(かれら)は汚(けが)れずして過越(すぎこし)の犧牲(いけにへ)を食(しよく)し得(え)ん爲(ため)に、其(その)身(み)は官廰(くわんちやう)に入(い)らざりしかば、 29ピラト彼等(かれら)の居(を)る所(ところ)に出(い)でて、汝(なんぢ)等(ら)彼(かの)人(ひと)に對(たい)して如何(いか)なる事(こと)を告訴(こくそ)するぞ、と云(い)ひしに、 30彼等(かれら)答(こた)へて、彼(かれ)若(もし)惡人(あくにん)ならずば我(われ)等(ら)之(これ)を汝(なんぢ)に付(わた)さざりしならん、と云(い)ひければ、 31ピラト彼等(かれら)に向(むか)ひ、汝(なんぢ)等(ら)之(これ)を引受(ひきう)けて汝(なんぢ)等(ら)が律法(りつぱふ)の儘(まま)に審(さば)け、と云(い)ひしにユデア人(じん)、我(われ)等(ら)は人(ひと)を殺(ころ)す事(こと)を允(ゆる)されず、と云(い)へり。 32是(これ)イエズスが曾(かつ)て、如何(いか)なる死(しに)狀(ざま)を以(もつ)て死(し)すべきかを、示(しめ)して曰(のたま)ひし御言(おんことば)の成就(じやうじゆ)せん爲(ため)なりき。 33是(ここ)に於(おい)てピラト再(ふたた)び官(くわん)廰(ちやう)に入(い)り、イエズスを呼出(よびいだ)して、汝(なんぢ)はユデア人(じん)の王(わう)なるか、と云(い)ひしに、 34イエズス答(こた)へ給(たま)ひけるは、汝(なんぢ)之(これ)を己(おのれ)より云(い)へるか、又(また)人(ひと)我(われ)に就(つ)きて汝(なんぢ)に告(つ)げたるか。 35ピラト答(こた)へけるは、我(われ)豈(あに)ユデア人(じん)ならんや、汝(なんぢ)の國民(こくみん)と大司祭(だいしさい)等(ら)と汝(なんぢ)を我(われ)に付(わた)したるが、汝(なんぢ)何(なに)を爲(な)したるぞ。 36イエズス答(こた)へ給(たま)ひけるは、我國(わがくに)は此(この)世(よ)のものに非(あら)ず、若(もし)我國(わがくに)此(この)世(よ)のものならば、我(われ)をユデア人(じん)に付(わた)されじとて、我(われ)臣(しん)僕(ぼく)は必(かなら)ず戰(たたか)ふならん、然(さ)れど今(いま)我國(わがくに)は茲(ここ)のものならず、と。 37斯(かく)てピラトイエズスに向(むか)ひ、然(しか)らば汝(なんぢ)は王(わう)なるか、と云(い)ひしにイエズス答(こた)へたまいけるは、汝(なんぢ)の云(い)へる[が如(ごと)し、]我(われ)は王(わう)なり、我(われ)之(これ)が爲(ため)に生(うま)れ、之(これ)が爲(ため)に世(よ)に來(きた)れり。卽(すなは)ち眞理(しんり)に證明(しようめい)を與(あた)へん爲(ため)なり、總(すべ)て眞理(しんり)に據(よ)れる人(ひと)は我(わが)聲(こゑ)を聽(き)く、と。 38ピラトイエズスに謂(い)ひけるは、眞理(しんり)とは何(なん)ぞや、と。斯(か)く云(い)ひて再(ふたた)びユデア人(じん)の所(ところ)に出(いで)行(ゆ)き、彼等(かれら)に云(い)ひけるは、我(われ)彼(かの)人(ひと)に何(なん)の罪(つみ)をも見出(みいだ)さず、 39但(ただ)し過越(すぎこしの)祭(まつり)に當(あた)りて、我(われ)汝(なんぢ)等(ら)に一人(ひとり)を赦(ゆる)すは汝(なんぢ)等(ら)の慣例(かんれい)なるが、然(しか)らばユデア人(じん)の王(わう)を我(われ)より赦(ゆる)されん事(こと)を欲(ほつ)するか、と。 40是(ここ)に於(おい)て彼等(かれら)復(また)一同(いちどう)に叫(さけ)びて、其(その)人(ひと)ならでバラバを、と云(い)へり、バラバは卽(すなは)ち强盜(がうたう)なりき。

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第19章

1其(その)時(とき)ピラトイエズスを捕(とら)へて之(これ)を鞭(むちう)ち、 2兵卒(へいそつ)等(ら)は茨(いばら)の冠(かんむり)を編(あ)みて御(おん)頭(かうべ)に冠(かむ)らせ、又(また)赤(あか)き上衣(うはぎ)を着(き)せ、 3然(さ)て御前(みまへ)に至(いた)りて、ユデア人(じん)の王(わう)よ、安(やす)かれ、と云(い)ひて手(て)を以(もつ)て御(おん)頰(ほほ)を打(う)ち居(ゐ)たり。 4斯(かく)てピラト復(また)出來(いできた)り、人々(ひとびと)に向(むか)ひて言(い)ひけるは、我(わ)が何(なん)の罪(つみ)をも彼(かれ)に見(み)出(いだ)さざる事(こと)を汝(なんぢ)等(ら)に知(し)らしめん爲(ため)に、看(み)よ彼(かれ)を汝(なんぢ)等(ら)の前(まへ)に引出(ひきいだ)すぞ、と。 5此(ここ)に於(おい)てイエズス、茨(いばら)の冠(かんむり)赤(あか)き上衣(うはぎ)にて出來(いできた)り給(たま)ひしかば、ピラト、看(み)よ人(ひと)を、と云(い)ひしに、 6大司祭(だいしさい)及(およ)び下役(したやく)等(ども)イエズスを見(み)るや叫(さけび)出(い)でて、十字架(じふじか)に釘(つ)けよ、十字架(じふじか)に釘(つ)けよ、と云(い)ひければピラト、汝(なんぢ)等(ら)自(みづか)ら之(これ)を執(と)りて十字架(じふじか)に釘(つ)けよ、我(われ)は何(なん)の罪(つみ)をも之(これ)に見(み)出(いだ)さざるを、と云(い)ひしに、 7ユデア人(じん)答(こた)へけるは、我(われ)等(ら)に律法(りつぱふ)あり、其(その)律法(りつぱふ)によりて彼(かれ)は死(し)せざるべからず、其(そ)は、己(おのれ)を神(かみ)の子(こ)としたればなり、と。 8ピラト此(この)言(ことば)を聞(き)きて、益(ますます)懼(おそ)れ、 9復(また)官(くわん)廰(ちやう)に入(い)りてイエズスに向(むか)ひ、汝(なんぢ)は何處(いづこ)の者(もの)ぞ、と云(い)ひしかど、イエズス答(こた)へ給(たま)はざれば、 10ピラト云(い)ひけるは、汝(なんぢ)我(われ)に言(ものい)はざるか、汝(なんぢ)を十字架(じふじか)に釘(つ)くるの權(けん)も、亦(また)免(ゆる)すの權(けん)も、我(われ)に在(あ)る事(こと)を知(し)らざるか、と。 11イエズス答(こた)へ給(たま)ひけるは、汝(なんぢ)上(うへ)より與(あた)へられたるに非(あら)ずば、我(われ)に對(たい)して何(なん)らの權(けん)あらんや。我(われ)を汝(なんぢ)に付(わた)したる者(もの)の罪(つみ)、是(ここ)に於(おい)てか更(さら)に大(おほ)いなり、と。 12是(これ)よりピラト復(また)イエズスを免(ゆる)さんと謀(はか)り居(ゐ)たれども、ユデア人(じん)叫(さけ)びて、汝(なんぢ)若(もし)此(この)人(ひと)を免(ゆる)さばセザルの忠(ちゆう)友(いう)に非(あら)ず、凡(すべ)て己(おのれ)を王(わう)とする人(ひと)はセザルに叛(そむ)く者(もの)なればなり、と云(い)ひければ、 13ピラト斯(かか)る言(ことば)を聞(き)きてイエズスを伴(つれ)出(いだ)し、切(きり)嵌(ばめ)の敷石(しきいし)、ヘブレオ語(ご)にてはガパタと云(い)へる處(ところ)にて、審判(しんぱん)席(せき)に就(つ)けり。 14恰(あたか)も過越(すぎこしの)祭(まつり)の用意(ようい)日(び)にして、十二時(じ)頃(ごろ)なりしが、ピラトユデア人(じん)に向(むか)ひ、看(み)よ汝(なんぢ)等(ら)の王(わう)を、と云(い)ひしに、 15彼等(かれら)、取(とり)除(の)けよ、取(とり)除(の)けよ、十字架(じふじか)に釘(つ)けよ、と叫(さけ)び居(ゐ)ければピラト彼等(かれら)に、我(われ)豈(あに)汝(なんぢ)等(ら)の王(わう)を十字架(じふじか)に釘(つ)けんや、と云(い)へるを大司祭(だいしさい)等(ら)、セザルの外(ほか)我(われ)等(ら)に王(わう)なし、と答(こた)へたり。 16斯(かく)てピラト、十字架(じふじか)に釘(つ)くる爲(ため)にイエズスを彼等(かれら)に付(わた)しければ、兵卒(へいそつ)等(ら)之(これ)を取(と)りて引出(ひきいだ)ししが、 17イエズス自(みづか)ら十字架(じふじか)を負(お)ひ、彼(かの)髑髏(されかうべ)、ヘブレオ語(ご)にてゴルゴタと云(い)へる處(ところ)に出(い)で給(たま)へり。 18彼等(かれら)此處(ここ)にて之(これ)を十字架(じふじか)に釘(つ)け、又(また)別(べつ)に二人(ふたり)を左右(さいう)に、イエズスをば中央(まんなか)にして磔(はりつ)けたり。 19然(しか)るにピラト亦(また)罪標(すてふだ)を書(か)きて十字架(じふじか)の上(うへ)に置(お)きしが、ユデア人(じん)の王(わう)ナザレトのイエズスと記(しる)されたりき。 20イエズスの十字架(じふじか)に釘(つ)けられ給(たま)ひし處(ところ)は市街(まち)に近(ちか)くして、罪標(すてふだ)はヘブレオとギリシアとラテンとの語(ことば)にて書(か)きたれば、ユデア人(じん)の中(うち)に之(これ)を讀(よ)みたる者(もの)多(おほ)し。 21然(さ)ればユデア人(じん)の大司祭(だいしさい)等(ら)ピラトに向(むか)ひ、ユデア人(じん)の王(わう)と書(か)かずして、ユデア人(じん)の王(わう)と自稱(じしよう)せし者(もの)と書(か)き給(たま)へ、と云(い)ひしをピラトは、 22我(わ)が書(か)きし所(ところ)は書(か)きし[儘(まま)なれ、]と答(こた)へたり。 23斯(かく)て兵卒(へいそつ)等(ら)、イエズスを十字架(じふじか)に釘(つ)けし後(のち)、其(その)衣服(いふく)と下衣(したぎ)とを受(う)け、衣服(いふく)は四(し)分(ぶん)して一人(ひとり)に一(いち)分(ぶん)づつ分(わか)ちしが、下衣(したぎ)は上(うへ)より一(ひと)つに織(お)りたる縫(ぬひ)目(め)なき物(もの)なりしかば、 24之(これ)を裂(さ)かずして、誰(たれ)のになるべきか鬮(くじ)引(びき)にせんと言(いひ)合(あ)へり。是(これ)聖書(せいしよ)に錄(かきしる)して「彼等(かれら)は互(たがひ)に我(わ)が衣服(いふく)を分(わか)ち、我(わが)下衣(したぎ)を鬮(くじ)引(びき)にせり」とある事(こと)の成就(じやうじゆ)せん爲(ため)にして、卽(すなは)ち兵卒(へいそつ)等(ら)は實(じつ)に此(この)事(こと)を爲(な)せるなり。 25然(さ)てイエズスの十字架(じふじか)の傍(かたはら)に、其(その)母(はは)と母(はは)の姉妹(しまい)、卽(すなは)ちクレオファの[妻(つま)]マリアと、マグダレナ、マリアと立(た)ちてありしが、 26イエズス其(その)母(はは)と愛(あい)せる弟子(でし)との立(た)てるを見(み)給(たま)ひて母(はは)に向(むか)ひ、婦人(ふじん)よ、是(これ)汝(なんぢ)の子(こ)なり、と曰(のたま)ひ、 27次(つぎ)に弟子(でし)に向(むか)ひて、是(これ)汝(なんぢ)の母(はは)なり、と曰(のたま)ひければ、此(この)時(とき)より其(その)弟子(でし)イエズスの母(はは)を我家(わがいへ)に引(ひき)取(と)りたり。 28軈(やが)てイエズス何事(なにごと)も成(な)り終(をは)れるを知(し)り給(たま)ひて、聖書(せいしよ)の成就(じやうじゆ)し果(は)てん爲(ため)に、我(われ)渴(かわ)くと曰(のたま)ひしが、 29其處(そこ)に醋(す)の滿(み)ちたる器(うつは)置(お)かれてありしに、兵卒(へいそつ)等(ら)海綿(かいめん)を醋(す)に浸(ひた)し、イソプに刺(さ)して其(その)口(くち)に差付(さしつ)けしかば、 30イエズス醋(す)を受(う)け給(たま)ひて、成(な)り終(をは)れりと曰(のたま)ひ、首(かうべ)を垂(た)れて息(いき)絕(た)え給(たま)へり。 31時(とき)は用意(ようい)日(び)にて大(だい)安息日(あんそくじつ)の前(まへ)なれば、安息日(あんそくじつ)に屍(しかばね)の十字架(じふじか)上(じやう)に遺(のこ)らざらん爲(ため)に、其(その)脛(はぎ)を折(を)りて取(とり)下(おろ)さん事(こと)を、ユデア人(じん)ピラトに願(ねが)ひしかば、 32兵卒(へいそつ)等(ら)來(きた)りて、先(さき)なる者(もの)及(およ)び共(とも)に十字架(じふじか)に釘(つ)けられたる他(た)の一人(ひとり)の脛(はぎ)を折(を)りしが、 33イエズスに至(いた)り、其(その)既(すで)に死(し)し給(たま)へるを見(み)て脛(はぎ)を折(を)らざりき。 34然(さ)れど兵卒(へいそつ)の一人(ひとり)鎗(やり)もて其(その)脇(わき)を披(ひら)きしかば、直(ただち)に血(ち)と水(みづ)と流出(ながれい)でたり。 35目擊(もくげき)せし人(ひと)之(これ)を證明(しようめい)せしが、其(その)證明(しようめい)は眞實(しんじつ)にして、彼(かれ)は其(その)云(い)ふ所(ところ)の眞實(しんじつ)なるを知(し)れり、是(これ)汝(なんぢ)等(ら)にも信(しん)ぜしめん爲(ため)なり。 36是(これ)等(ら)の事(こと)の成(な)りしは、聖書(せいしよ)に「汝(なんぢ)等(ら)其(その)骨(ほね)の一(ひとつ)も折(を)るべからず」とある事(こと)の成就(じやうじゆ)せん爲(ため)なり。 37更(さら)に又(また)聖書(せいしよ)に曰(いは)く「彼等(かれら)は其(その)貫(つらぬ)けるものを仰(あふ)ぎ見(み)ん」と。 38其(その)後(のち)アリマテアのヨゼフ、ユデア人(じん)を憚(はばか)りて密(ひそか)にはすれども、イエズスの弟子(でし)なれば、其(その)御(おん)屍(しかばね)を引(ひき)取(と)らん事(こと)をピラトに願(ねが)ひしに、ピラト許(ゆる)ししかば來(きた)りてイエズスの御(おん)屍(しかばね)を取(とり)下(おろ)せり。 39又(また)嚮(さき)に夜(よる)イエズスに至(いた)りしニコデモも、没藥(もつやく)と蘆(ろ)薈(くわい)との混合(あはせ)物(もの)を百(ひやく)斤(きん)許(ばかり)携(たづさ)へて來(きた)りしが、 40兩人(りやうにん)イエズスの御(おん)屍(しかばね)を受取(うけと)り、ユデア人(じん)の葬(はうむり)の習慣(ならひ)に從(したが)ひて香料(かうれう)と共(とも)に布(ぬの)にて之(これ)を捲(ま)けり。 41然(さ)てイエズスの十字架(じふじか)に釘(つ)けられ給(たま)ひし處(ところ)に園(その)ありて、園(その)の中(うち)に未(いま)だ誰(たれ)をも葬(ほうむ)らざる墓(はか)ありければ、 42彼等(かれら)はユデア人(じん)の用意(ようい)日(び)なるに因(よ)り、墓(はか)の手(て)近(ぢか)きに任(まか)せて、イエズスを其處(そこ)に斂(をさ)めたり。

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第20章

1週(しう)の第(だい)一(いち)日(じつ)、マグダレナ、マリア朝(あさ)爽(まだき)に墓(はか)に往(ゆ)き、墓(はか)より石(いし)の取(とり)除(の)けられたるを見(み)しかば、 2走(はし)りてシモン、ペトロ及(およ)びイエズスの愛(あい)し居(ゐ)給(たま)ひし今(いま)一人(ひとり)の弟子(でし)の許(もと)に至(いた)り、主(しゆ)を墓(はか)より取去(とりさ)りたる人(ひと)あり、何處(いづこ)に置(お)きたるか我(われ)等(ら)は之(これ)を知(し)らず、と云(い)ひければ、 3ペトロと彼(かの)一人(ひとり)の弟子(でし)出(い)でて墓(はか)に往(ゆ)けり。 4二人(ふたり)共(とも)に走(はし)り居(を)りしが、彼(かの)一人(ひとり)の弟子(でし)ペトロに走(はしり)勝(か)ちて先(まず)墓(はか)に着(つ)き、 5身(み)を屈(かが)めて、布(ぬの)の橫(よこた)はれるを見(み)しも、未(いま)だ内(うち)に入(い)らざる程(ほど)に、 6シモン、ペトロ後(あと)より來(きた)り、墓(はか)に入(い)りて見(み)れば布(ぬの)は橫(よこた)はりて、 7頭(かうべ)を覆(おほ)ひたりし汗(あせ)拭(ふき)は布(ぬの)と共(とも)に置(お)かれずして、卷(ま)きて別(べつ)の處(ところ)に在(あ)りき。 8其(その)時(とき)先(まず)墓(はか)に着(つ)きし彼(かの)一人(ひとり)の弟子(でし)も内(うち)に入(い)り、見(み)て信(しん)じたり。 9其(そ)は彼等(かれら)未(いま)だ、イエズスが死者(ししや)の中(うち)より復活(ふくくわつ)し給(たま)ふべし、との聖書(せいしよ)を知(し)らざりければなり。 10斯(かく)て兩人(ふたり)の弟子(でし)は己(おの)が家(いへ)に歸(かへ)れり。 11然(さ)れどマリアは墓(はか)の外(そと)に立(た)ちて泣(な)き居(を)りしが、泣(な)きつつ身(み)を屈(かが)めて墓(はか)を覗(のぞ)きしに、 12白衣(びやくえ)を着(き)たる二(ふたつ)の天使(てんし)、イエズスの御(おん)屍(しかばね)の置(お)かれたりし處(ところ)に、一(ひとつ)は頭(かしら)の方(かた)に、一(ひとつ)は足(あし)の方(かた)に坐(ざ)せるを見(み)たり。 13彼等(かれら)マリアに向(むか)ひ、婦(をんな)よ、何故(なにゆゑ)に泣(な)くぞ、と云(い)ひしかば、マリア云(い)ひけるは、我主(わがしゆ)を取去(とりさ)りたる人(ひと)ありて、何處(いづこ)に置(お)きたるか我(われ)之(これ)を知(し)らざる故(ゆゑ)なり、と。 14斯(か)く言(いひ)終(をは)りて後(うしろ)を回顧(ふりかへ)りしに、イエズスの立(た)ち給(たま)へるを見(み)たり。然(さ)れど其(その)イエズスなる事(こと)を知(し)らざりしが、 15イエズス之(これ)に、婦(をんな)よ、何故(なにゆゑ)に泣(な)くぞ、誰(たれ)を尋(たず)ぬるぞ、と曰(のたま)ひしかば、マリア園丁(えんてい)ならんと思(おも)ひて之(これ)に謂(い)ひけるは、君(きみ)よ、若(もし)汝(なんぢ)が彼(かれ)を取去(とりさ)りしならば、其(その)置(お)きたる處(ところ)を我(われ)に告(つ)げよ、我(われ)之(これ)を引(ひき)取(と)るべし、と。 16イエズス、マリアよ、と曰(のたま)ひければ彼(かれ)回顧(ふりかへ)りて、ラボニ、卽(すなは)ち師(し)よ、と云(い)へり。 17イエズスこれに向(むか)ひ、我(われ)未(いま)だ我(わが)父(ちち)に陟(のぼ)らざれば我(われ)に觸(ふ)るる事(こと)勿(なか)れ、但(ただし)先(まず)わが兄弟等(きやうだいら)に至(いた)りて、我(われ)は汝(なんぢ)等(ら)の父(ちち)なる我(わが)父(ちち)、汝(なんぢ)等(ら)の神(かみ)なる我(わが)神(かみ)に陟(のぼ)ると云(い)へ、と曰(のたま)ひければ、 18マグダレナ、マリア往(ゆ)きて、我(われ)主(しゆ)を見(み)たり、我(われ)に云々(しかじか)曰(のたま)へり、と弟子(でし)等(たち)に告(つ)げたり。 19斯(かく)て其(その)日(ひ)、卽(すなは)ち週(しう)の第(だい)一(いち)日(じつ)既(すで)に暮(く)れて、弟子(でし)等(たち)ユデア人(じん)の怖(おそろ)しさに戶(と)を閉(と)ぢて集(あつま)れる處(ところ)に、イエズス來(きた)りて其(その)中(なか)に立(た)ち曰(のたま)ひけるは、汝(なんぢ)等(ら)安(やす)かれ、と。斯(か)く曰(のたま)ひて、 20手(て)と脇(わき)とを彼等(かれら)に示(しめ)し給(たま)ひければ、弟子(でし)等(たち)主(しゆ)を見(み)て喜(よろこ)べり。 21イエズス復(また)曰(のたま)ひけるは、汝(なんぢ)等(ら)安(やす)かれ、父(ちち)の我(われ)を遣(つか)はし給(たま)ひし如(ごと)く、我(われ)も汝(なんぢ)等(ら)を遣(つかは)すなり、と。 22斯(か)く曰(のたま)ひて、息(いき)吹(ふき)掛(か)けて曰(のたま)ひけるは、聖靈(せいれい)を受(う)けよ、 23汝(なんぢ)等(ら)誰(たれ)の罪(つみ)を赦(ゆる)さんも其(その)罪(つみ)赦(ゆる)されん、誰(たれ)の罪(つみ)を止(とど)めんも其(その)罪(つみ)止(とど)められたるなりと。 24然(しか)るに十二人(にん)の一人(ひとり)にしてチヂモと呼(よ)ばるるトマは、イエズスの來(きた)り給(たま)ひし時(とき)彼等(かれら)と共(とも)に居(を)らざりしかば、 25他(た)の弟子(でし)等(たち)之(これ)に向(むか)ひ、我(われ)等(ら)は主(しゆ)を見(み)たり、と云(い)ひしに、彼(かれ)云(い)ひけるは、我(われ)は其(その)手(て)に釘(くぎ)の痕(あと)を見(み)て、其(その)釘(くぎ)の處(ところ)に我(わが)指(ゆび)を入(い)れ、其(その)脇(わき)に我(わが)手(て)を入(い)るるに非(あら)ずば信(しん)ぜじ、と。 26八日(やうか)の後(のち)、弟子(でし)等(たち)復(また)内(うち)にありてトマも共(とも)に居(を)りしが、戶(と)は閉(と)ぢたるにイエズス來(きた)りて眞中(まんなか)に立(た)ち給(たま)ひ、汝(なんぢ)等(ら)安(やす)かれ、と曰(のたま)ひて、 27軈(やが)てトマに曰(のたま)ひけるは、汝(なんぢ)指(ゆび)を茲(ここ)に入(い)れて我(わが)手(て)を見(み)よ、手(て)を伸(の)べて我(わが)脇(わき)に入(い)れよ、不(ふ)信者(しんじや)とならずして信者(しんじや)となれ、と。 28トマ答(こた)へて、我主(わがしゆ)よ、我(わが)神(かみ)よ、と云(い)ひしかば、 29イエズス之(これ)に曰(のたま)ひけるは、トマ汝(なんぢ)は我(われ)を見(み)しによりて信(しん)じたるが、見(み)ずして信(しん)ぜし人々(ひとびと)こそ福(さいはひ)なれ、と。 30此(この)外(ほか)にも尙(なほ)數多(あまた)の徵(しるし)を、イエズス弟子(でし)等(たち)の眼前(がんぜん)に爲(な)し給(たま)ひしかど本書(ほんしよ)には書(かき)載(の)せず。 31是(これ)等(ら)の事(こと)を書(かき)載(の)せられたるは、汝(なんぢ)等(ら)がイエズスの神(かみ)の御子(おんこ)キリストたる事(こと)を信(しん)ぜん爲(ため)、信(しん)じて御名(みな)によりて生命(せいめい)を得(え)ん爲(ため)なり。

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第21章

1其(その)後(のち)イエズス、又(また)チベリアデの湖邊(うみべ)にて己(おのれ)を弟子(でし)等(たち)に現(あらわ)し給(たま)ひしが、其(その)現(あらわ)し給(たま)ひし次第(しだい)は次(つぎ)の如(ごと)し。 2シモン、ペトロとチヂモと呼(よ)ばるるトマと、ガリレアのカナ生(うま)れなるナタナエルと、ゼベデオの子等(こら)と、尙(なほ)外(ほか)に二人(ふたり)の弟子(でし)共(ども)に在(あ)りけるに、 3シモン、ペトロ、我(われ)漁(れふ)に往(ゆ)く、と云(い)ひしかば彼等(かれら)、我(われ)等(ら)も共(とも)に往(ゆ)く、と云(い)ひて、皆(みな)出(いで)行(ゆ)きて船(ふね)に乘(の)りしに、其(その)夜(よ)は何(なに)をも獲(え)ざりき。 4然(さ)て天明(よあけ)に至(いた)りてイエズス濱(はま)に立(た)ち給(たま)へり、然(さ)りながら弟子(でし)等(たち)は其(その)イエズスなる事(こと)を認(みと)めざれば、 5イエズス彼等(かれら)に向(むか)ひ、子等(こども)よ肴(さかな)あるか、と曰(のたま)ひしに彼等(かれら)、無(な)しと答(こた)へたり。 6イエズス、網(あみ)を船(ふね)の右(みぎ)に下(おろ)せ、然(しか)らば獲物(えもの)あらん、と曰(のたま)ひければ、彼等(かれら)下(おろ)したるに、魚(さかな)夥(おびただ)しくして、網(あみ)を引(ひ)くこと能(あた)はざれば、 7イエズスの愛(あい)し給(たま)へる彼(かの)弟子(でし)ペトロに向(むか)ひて、主(しゆ)なり、と云(い)ひしをシモン、ペトロ、主(しゆ)なりと聞(き)くや、裸(はだか)なりければ上衣(うはぎ)を纏(まと)ひて湖(うみ)に飛入(とびい)り、 8他(た)の弟子(でし)等(たち)は魚(さかな)の滿(み)てる網(あみ)を引(ひ)きつつ船(ふね)にて來(きた)れり、陸(をか)を距(さ)る事(こと)遠(とほ)からず、凡(およ)そ五十間(けん)許(ばかり)なりければなり。 9陸(をか)に上(あが)りて見(み)れば既(すで)に炭火(すみび)ありて、其(その)上(うへ)に一(ひとつ)の魚(さかな)の乘(の)せられたるあり、又(また)麪(ぱん)ありき。 10イエズス彼等(かれら)に向(むか)ひ、汝(なんぢ)等(ら)が今(いま)獲(と)りたる魚(さかな)を持(もち)來(きた)れと曰(のたま)ひしかば、 11シモン、ペトロ乘(の)りて、大(おほい)なる魚(うを)百五十三尾(び)まで充滿(みちみち)たる網(あみ)を陸(をか)に引(ひき)來(きた)りしが、斯(か)くまで夥(おびただ)しかりしかど網(あみ)は裂(さ)けざりき。 12イエズス彼等(かれら)に、來(きた)りて食(しよく)せよ、と曰(のたま)ひしに、弟子(でし)等(たち)其(その)主(しゆ)なることを知(し)りて、汝(なんぢ)は誰(たれ)ぞと敢(あへ)て問(と)ふ者(もの)一人(ひとり)もなかりしが、 13イエズス近(ちか)づき給(たま)ひ、麪(ぱん)を取(と)りて彼等(かれら)に與(あた)へ、魚(さかな)も亦(また)同(おな)じ樣(やう)にし給(たま)へり。 14イエズスが死者(ししや)の中(うち)より復活(ふくくわつ)して、其(その)弟子(でし)等(たち)に現(あらは)れ給(たま)ひしは是(これ)にて既(すで)に三(み)度(たび)目(め)なりき。 15然(さ)て彼等(かれら)食(しよく)したるに、イエズスシモン、ペトロに曰(のたま)ひけるは、ヨハネの[子(こ)]シモン、汝(なんぢ)は此(この)人々(ひとびと)に優(まさ)りて我(われ)を愛(あい)するか、と。彼(かれ)、主(しゆ)よ、然(しか)り、我(わ)が汝(なんぢ)を愛(あい)するは汝(なんぢ)の知(し)り給(たま)ふ所(ところ)なり、と云(い)ひしかばイエズス、我(わが)羔(こひつじ)を牧(ぼく)せよ、と曰(のたま)へり。 16又(また)再(ふたた)び、ヨハネの[子(こ)]シモン、汝(なんぢ)は我(われ)を愛(あい)するか、と曰(のたま)ひしに、彼(かれ)、主(しゆ)よ、然(しか)り、我(わ)が汝(なんぢ)を愛(あい)するは汝(なんぢ)の知(し)り給(たま)ふ所(ところ)なり、と云(い)ひしかばイエズス我(わが)羔(こひつじ)を牧(ぼく)せよ、と曰(のたま)へり。 17三(み)度(たび)之(これ)に向(むか)ひて、ヨハネの[子(こ)]シモン、汝(なんぢ)は我(われ)を愛(あい)するか、と曰(のたま)ひしかば、ペトロは、我(われ)を愛(あい)するかと三(み)度(たび)まで言(い)はれたるを憂(うれ)ひしが、主(しゆ)よ、萬事(ばんじ)を知(し)り給(たま)へり、我(わ)が汝(なんぢ)を愛(あい)するは汝(なんぢ)の知(し)り給(たま)ふ所(ところ)なり、と云(い)ひしに、イエズス之(これ)に曰(のたま)ひけるは、我(わが)羊(ひつじ)を牧(ぼく)せよ。 18誠(まこと)に實(まこと)に汝(なんぢ)に告(つ)ぐ、汝(なんぢ)若(わか)かりし時(とき)、自(みづか)ら帶(おび)して好(この)む處(ところ)を步(あゆ)み居(ゐ)たりしが、老(お)いたらん後(のち)は手(て)を伸(の)べん、而(しか)して他(た)の者(もの)汝(なんぢ)に帶(おび)して、其(その)好(この)まざる處(ところ)に導(みちび)かん、と。 19是(これ)ペトロが如何(いか)なる死(し)を遂(と)げて神(かみ)に光榮(くわうえい)あらしむべきかを示(しめ)して曰(のたま)ひしなり。然(さ)て之(これ)を曰(のたま)ひ果(は)てて、我(われ)に從(したが)へ、とペトロが曰(のたま)ひしが、 20ペトロ回顧(ふりかへ)りてイエズスの愛(あい)し居(ゐ)給(たま)ひし彼(かの)弟子(でし)、卽(すなは)ち晚餐(ばんさん)の時(とき)イエズスの御(おん)胸(むね)に橫(よこた)はりて、主(しゆ)よ汝(なんぢ)を付(わた)す者(もの)は誰(たれ)なるぞ、と云(い)ひし弟子(でし)の從(したが)へるを見(み)たり。 21ペトロ之(これ)を見(み)てイエズスに向(むか)ひ、主(しゆ)よ、彼(かれ)は如何(いか)に、と云(い)ひしに、 22イエズスペトロに曰(のたま)ひけるは、我(わ)が來(きた)るまでに彼(かれ)の留(とどま)らん事(こと)を命(めい)ずとも、汝(なんぢ)に於(おい)て何(なに)かあらん、汝(なんぢ)は我(われ)に從(したが)へ、と。 23然(さ)れば彼(かの)弟子(でし)死(し)せずとの說(せつ)兄弟等(きやうだいたち)の中(うち)に傳(つた)はりしが、彼(かれ)死(し)せず、とイエズスのペトロに曰(のたま)ひしには非(あら)ず、唯(ただ)我(わ)が來(きた)るまで彼(かれ)の留(とどま)らん事(こと)を命(めい)ずとも、汝(なんぢ)に於(おい)て何(なに)かあらん、と曰(のたま)ひしのみ。 24此(これ)等(ら)の事(こと)に就(つ)きて證明(しようめい)し、此(これ)等(ら)の事(こと)を書(か)きし人(ひと)は、卽(すなは)ち彼(かの)弟子(でし)にして、我(われ)等(ら)は其(その)證明(しようめい)の眞實(しんじつ)なる事(こと)を知(し)る。 25然(さ)れどイエズスの爲(な)し給(たま)ひし事(こと)尙(なほ)此(この)他(ほか)にも夥(おびただ)しく、若(もし)之(これ)を一々(いちいち)書(かき)記(しる)さば、我(われ)思(おも)ふに書(かき)記(しる)すべき書籍(しよせき)は、世界(せかい)すらも載(のせ)盡(つく)すこと能(あた)はざるべし。

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出典:ラゲ訳『我主イエズスキリストの新約聖書』(公教会、1910年)。訳者エミール・ラゲ(1854–1929)。日本・米国ともにパブリックドメイン。本文はウィキソース「ヨハネ聖福音書1・2 (ラゲ訳)」より、文言を変えずに掲載しています(ふりがなはウィキソース収録のもの)。

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